最終章
第九十一話 事の顛末1 寝台に寝かせたのも先に抱きついたのも可愛い婚約者
落ち着いた俺はダニーの肩を借り、家族用のサロンに通される。
一歩踏み入れただけで異様な雰囲気に飲み込まれそうになる。
部屋の奥には奇矯な椅子に縄と鎖で縛り付けられ、馬用の轡を噛まされたモーガンがいた。まるでこれから執り行われる異国の儀式の生贄のようだ。
儀式の執行官よろしく不敵な笑みを浮かべたハロルドがモーガンの横に立っていた。
どういう事だ。
いなかったはずのハロルドがなぜか屋敷に戻っていることも気になるが、モーガンの様子が気になってしょうがない。
モーガンに殴りかかったのはいいが思い切り殴り返されて気を失い、あげくミアに抱き上げられてネリーネのベッドで寝かされていたなどと聞かされた男の沽券に関わる大失態も、哀れなモーガンの前には霧散する。
「デスティモナ伯爵達の不在を狙って屋敷に侵入して大の男二人で大騒ぎするなんてみっともない」
腕を組んでソファに座るクソジジイは呆れた様子を隠さないが、俺はとんだとばっちりだ。
「わたしは大騒ぎなど起こしておりません。デスティモナ家の迎えが来たので応じて馳せ参じただけです」
モーガンの何か言いたそうな唸り声が聞こえるがクソジジイは意に介さない。
「うら若きお嬢さんの寝台に忍び込み、自分の胸に引き込んでいただろう。それが騒ぎじゃなくてなんだというんだ。この目でしかと見たぞ」
ハロルドの非難する視線を感じる。
クソジジイ! 事情を知っているくせに話を切り取って、本当に騒ぎにしようとしていやがる。
どういう腹づもりだ。
「違いますわ。ステファン様をわたくしの寝台に寝かせたのはわたくしですし、先に抱きついたのもわたくしですわ」
素直か! ネリーネの発言は俺への助け舟にはならない。毅然と言い放ったネリーネに今度は視線が集中する。
視線に気がついたネリーネは視線の主たちを見回す。
過去には貴族院の議長や宰相まで務め今でも国内の貴族に影響力があるマグナレイ侯爵。
国内最大の資産家で投資家で、総資産は国庫を超えるとの噂もあるデスティモナ伯爵とその跡継ぎ。
社交界の薔薇と呼ばれ、国内の女性実業家と投資家との架け橋として未だに第一線にいる、デスティモナ伯爵家の大奥様。
すでに国政にも関わっている将来の君主であられる王太子殿下。
その懐刀で王太子殿下の婚約者の兄であり未来の宰相と名高いトワイン侯爵家の跡継ぎ。
なぜか勢揃いでお茶を飲んでいた。
国の重大事を決断する密談でも開かれるような錚々たる面々から向けられた視線に、真っ赤になった顔を扇子の中に隠す。扇子にあんなに顔を押し付けたらせっかく直した化粧もまた剥げるのではないか。
じっと見ていた俺と目が合うと耳や首筋まで真っ赤に染めて身悶えた。
あぁ。可愛い! 可愛い! 可愛い!
そうだ。ネリーネとの結婚についてクソジジイに話をつけなくては。
「閣下。その、ネリーネとの結婚についてなのですが、あのですね。……えっと、一旦白紙に戻していただきたいのです!」
俺の叫びに部屋の空気が不穏な雰囲気をまとう。錚々たる面々から発される冷ややかな視線に気圧され、全身から汗が噴き出る。
「……わたくしとの結婚を白紙にしたい……」
そう呟いたネリーネの瞳が潤んでいくのを見ながら、俺は失言に気がついた。
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