第九十二話 事の顛末2 ただのしがない役人でも伯爵家のご令嬢を幸せにしたい

「違うんだネリーネ! 貴女との婚約の話ではない!」

「そっそうですわよね! いやですわ。わたくしったら心配性なものですから、つい取り乱してしまいまして」

「信じてくれ」


 俺はネリーネのもとに駆け寄りひざまづいた。

 扇子を閉じたネリーネが俺を見つめる。


「……もっ……物語の王子様みたいですわ……」


 この場にわが国の本物の王子様である王太子殿下がいらっしゃるにも関わらず、ネリーネはそんな可愛い独り言を漏らす。


 クソッ。可愛いすぎて困る。


 俺はたまらず小さな愛らしい手を取り握りしめる。胸元に輝くネリネの花のブローチが光を反射して輝いていた。


「本当に、私のためによろしいの?」


 皺くちゃな顔で睨みつけ、涙が溢れるのを我慢するネリーネに胸を撃ち抜かれる。


「もちろん」


 俺は力強くうなづいた。


「お前達の茶番はいつ終わるんだ」


 呆れた声に周りを見回すと、錚々たる面々から生暖かい視線が送られていた。

 視線に気がつくと居心地が悪い。


「失礼しました。えっと、その、ネリーネと結婚したいのです」

「婚約者なんだから、結婚するに決まっているだろう」

「そうではないのです。侯爵家の跡取りになるための条件としてネリーネと結婚をするのではなく、心からネリーネとの結婚を欲しているのです」


 マグナレイ侯爵の眉がピクリと動く。


「閣下がロザリンド夫人とお会いするための口実なら十分なほど役割は果たしたではありませんか。私は愛するネリーネを、自分が侯爵家の跡取りになるための道具として使うなんて我慢できません! 養子縁組の話を白紙にしていただけませんか? 俺は俺の力でネリーネを幸せにしたいんです!」

「ステファン。お前は何を言ってるんだ」


 眉間を押さえるマグナレイ侯爵を尻目に、お坊ちゃんが口笛を吹く。


「冷やかさないでください。俺は本気なんです!」


 俺は立ち上がり、今度はデスティモナ伯爵の元でひざまづいた。


「私は侯爵家の跡取りではありません。ただのしがない役人ですが、ネリーネと結婚させてもらえないでしょうか」


 そう言ってこうべを垂れる。


 頭の上からデスティモナ伯爵のため息が聞こえる。恐る恐る顔を上げると困惑した様子のデスティモナ伯爵と目があった。


「ステファン君。ちょっと待ってくれ」

「待てません! お願いします!」


 再び頭を下げる。


「ハロルドと投資先の視察から帰ってきたらこの大騒ぎで、何が何やら。ステファン君が侯爵家の跡取り? ネリーネとの結婚が条件? マグナレイ侯爵閣下と母が会うための口実? 一体どういうことだい?」


 困惑顔のデスティモナ伯爵からそう言われ、俺も困惑した。

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