第八十八話 生まれて初めての反撃4 傷ついた俺の宝物のために立ち向かう決意
「ステファン何してんだ。どけよ! おい俺が、お前と結婚してやるよ」
モーガンの声を聞いたネリーネの手に力が入る。
「モーガン! お前はそうやって俺から大切なものを奪ってきたが、今回は何があっても奪わせない! ネリーネと結婚するのは俺だ!」
ネリーネを腕の中に隠して俺は叫んだ。
俺の大切なネリーネをモーガンなんかに指一本触れさせるわけにはいかない。
「はぁ? 浅ましいな。侯爵家の跡取りになりたいからって『毒花令嬢』相手に気がある芝居か?」
ネリーネの身体がぴくりと跳ねた。
俺の大切なネリーネを傷つけて泣かせているくせに、モーガンのやつはまだ『毒花令嬢』だなんて言い続ける気か?
「ふざけるな! お前はネリーネを傷つけてるんだ。いいか、ネリーネは『毒花令嬢』なんかじゃない。この世で一番可愛い少女だ。ネリーネのことを何も知らないくせに! いいか? ネリーネは悲しくたって化粧をしてたら涙をこぼさないのに、お前の発言に傷ついて、こんなに化粧がぼろぼろになるまで泣いている。お前はどれだけ俺から大切なものを奪って壊せば気が済むんだ! これ以上ネリーネを傷つけるな! ネリーネに謝れよ!」
堰を切ったように叫ぶ俺にモーガンは吹き出した。
「人生で誰にも相手にされたことがない男の末路は悲惨だな。あの『毒花令嬢』相手に本気になってやがる。今お前の腕の中にいる女を見てみろ。けばい化粧が剥げて酷い顔だ」
「失言を撤回しろ! ネリーネは可愛いし、毒花令嬢なんかじゃないって言ってるだろ!」
腕の中でネリーネが動くのを感じる。
さっきまで泣きじゃくっていたはずのネリーネはぴたりと泣き止んで、俺を見上げていた。
「……ステファン様。私は別に『毒花令嬢』と呼ばれるのに慣れておりますから、そこの不遜な男にいくら言われようと傷ついたりしておりませんわ。それに化粧が剥がれて酷い顔なのも事実だわ」
「傷ついてないと言うなら、どうしてこんなに目を腫らして泣いていると言うんだ」
頬を濡らした黒い涙の痕跡はまるで雨垂れのようだ。
涙の跡を親指で拭うと俺の指も真っ黒になる。こんなに化粧が崩れるほど泣くなんて、理由があるに違いない。
ネリーネの涙で潤んだ真っ青な瞳が俺を見つめる。
「ステファン様のせいですわ」
「……俺のせい?」
ネリーネはこくりと頷く。
「わたくしは、侯爵夫人の器ではありませんの。ですから、こないだお会いした時にステファン様が侯爵家の跡取りになられると聞いて、お別れしなくちゃいけないと思いましたの」
泣き止んだはずの青い瞳からまた涙が溢れる。
「わたくしに侯爵夫人なんて務まらないのだから、ステファン様とお別れしなくちゃいけない。わかっているのに、ステファン様と結婚したい気持ちが、決意を鈍らせて……」
ネリーネの声が震える。
「ですからっ! あの男が、わたくしとの結婚がマグナレイ侯爵家の後継者となる条件だと言っているのを聞いて、侯爵夫人なんて務まらないとわかっているくせに、それであればステファン様とお別れしなくても済むかもしれない、そんな自分勝手なことを考えたりしてしまって! わたくしがこんな浅ましい女になったのはステファン様のせいですわっ!」
「ネリーネ!」
あぁ。俺の可愛いネリーネ。俺のために身を引こうとしながら、俺への想いで身動き取れずに苦しんでいたのか。なんていじらしいんだ。
泣いているネリーネを再び抱きしめる。
「何勝手に盛り上がってるんだよ。とりあえず侯爵家の跡取りになるにはこの女と結婚する必要があるらしいからな。結婚して跡を継いだ後にお前に払い下げてやるよ。心配すんな。白い結婚だ。こんな女抱けやしないさ」
嘲るような笑い声にモーガンへの怒りがぶり返す。
「誰がお前なんかに渡すか!」
俺はモーガンに立ち向かう。振りかぶった俺の拳はモーガンの左頬にあたる。
「あぁん? ステファンのくせに生意気なんだよ!」
普段殴り合いの喧嘩なんてした事がない俺は鳩尾を殴られて気絶してしまった。
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