第四章 毒花令嬢にズキュンするわけなんてない!

第三十話 生まれてはじめてのデート1 薄暗がりの桟敷席で毒花令嬢と過ごすひととき

 働き詰めでゆっくり休みたいのに、俺の休みは勝手に予定が埋まっていく。


 芝居の盛り上がりを他所に俺はため息をついて桟敷席のソファに深く腰掛けた。

 席からは舞台は前のめりにならないと見えやしない。最初は身を乗り出して観ようとしたが、どうせ俺が金を払って手に入れたチケットじゃないんだからと、観るのを諦めて劇場の中を観察する。


 舞台に向かって馬蹄の様に囲んで並ぶ桟敷席は周りを覗き見し放題だ。身なりの良い格好をした貴族や富裕層が舞台そっちのけで歓談している姿が目立つ。

 きっと恋人同士で来たのだろう。カーテンを閉めて目隠しされた席もある。何をしてるっていうんだ。ちゃんと舞台を観ろ。

 そんな中で舞台を観るフリをしながら、オペラグラスでチラチラとこちらを覗く奴らがいる。

 社交界で誰からも相手にされない毒花が男連れで現れたら、そりゃ興味を引くだろう。

 とりあえずまともな格好で来てよかった。とはいえ、何を着ていいか悩んで羽織った見合いの席でも着ていた一丁羅のジャケットは、満員の人々の熱気で暑くなり早々に脱いでしまったが。

 隣の毒花は相変わらず派手な服装で悪目立ちしていた。それでも周りの視線なんて気にせずに、前のめりで舞台に集中している。惚れた腫れたの乱痴気騒ぎの物語の何が面白いのかわからないが、登場人物達の独唱アリアが終わるたびに熱心に拍手をおくっていた。


 まぁ、黙って観ているならいいか。俺はそう思ってソファに身を委ねた。



 ***



 真っ暗な視界に慌てて目を開ける。目を開けても薄暗いままだ。やわらかいものに乗せられた頭を動かすとソファとは違う生地が頬に触れる。

 痛い。飾り物でもついたクッションなのか顔に食い込むものもある。肩には脱ぎ捨てたジャケットか上掛けのように掛けられていた。状況が分からず記憶を巻き戻す。


 確か……恋に破れた少女の叙情的な独唱アリアがあまりに耳心地が良く、目を瞑り耳を傾けていたのは覚えているがそこから先の記憶がない。楽団の奏でる音楽は金管楽器の音が華やかに響いて盛り上がりをみせ大団円フィナーレを迎えているようだった。


 芝居の途中で寝てしまったことに気がつき、俺は慌てて身体を起こす。


 ばるん!


 顔にやわらかい何かが勢いよくぶつかる。俺はぶつかった場所を手で押さえた。


「……やっと起きたのね。マナーを習わなかった貴方は、舞台の一つもまともに観られないのかしら?」


 そう毒花は嫌味を言い放ち、桟敷席用のドアに向かってカーテンを開けるように声をかける。

 入ってきた従業員がカーテンを開けると劇場内の大きなシャンデリアの光で桟敷席の中が一転明るくなる。俺が反射的に細めた目を開くと、カーテンをタッセルで纏めた従業員が俺の事を馬鹿にしたように一瞥して去っていくところだった。


「カーテンを閉めたのか? 余計なことを……」

「貴方が寝てしまったんだものしょうがないじゃない」


 そう言った毒花は不貞腐れているのか、こちらを見ようとしない。薄暗い中でぐっすり寝れたのはありがたいが、カーテンで閉じたら、きっと周りの観客はよからぬ想像をしたに違いない。だったら眠りこけてる姿を見られた方がマシだ。

 起き上がる時に肩からずり落ちたジャケットを拾うと、毒花のドレスが視界に入る。飾り物がたくさん付いたスカート……

 俺はある可能性に気が付きソファの周りを見まわす。やはり飾り物のついたクッションはどこにもない。


 つまり、俺は毒花の膝枕で寝ていたのか!

 ということは……さっき頬にぶつかったのは……


 俺はゴクリと喉を鳴らして毒花の胸元を見つめると、大音響の演奏とそれに負けないほどの役者達の大合唱を締めるシンバルの音が鳴り響く。劇場内には拍手喝采が巻き起こった。

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