第二十八話 八年遅れの社交界デビュー お兄ちゃんの欲目と押しつけられたチケット

「どういうつもりだ。なんで俺がお前の代わりに芝居なんて観に連れて行かなくちゃいけない」


 俺は人払いされた部屋でハロルドに詰め寄った。


「俺は家族と海でヴァカンスを楽しめて、ステファンはネリーネとデートが出来る。お互いにとって利益しかないだろう?」

「お前の妹と俺がデートするのが俺の利益になるって? もしかして、ハロルドは本気で俺がお前の妹を気に入っていると思っているのか?」

「さすがに現時点でネリーネを気に入っているとは思ってないさ。でも、ステファンは絶対にネリーネを気にいるはずだと確信している」


 自信満々にのたまうハロルドの顔を半目で見つめ返す。


「何を根拠にそんなこと言ってるんだ。お前だって、自分の妹が『社交界の毒花』と呼ばれていることくらい知ってるんだろ?」

「知ってるけどそれがなんだ? ただの噂だろ? 周りがそうやって好き勝手言っているだけだ。うちは事業が事業だからな。貸してくれないだとか返せないのに取り立てされただとか、うちだけ儲けてるだとか、恨みや妬みを向けられることばかりさ。社交界ではよくあるやっかみだ」

「噂と現実は違うっていうのか?」

「もちろん。うちのネリーネはこの世で一番可愛いさ」

「それは兄の欲目だろ。今日だって散々だ」


 俺はハロルドに夜会での出来事を説明する。モーガンが公衆の面前で大恥かいて退場した話でハロルドは腹を抱えて笑い出した。


「はははっ。悪い悪い。俺がこないだモーガンに腹をたてて妻に愚痴っていたのがネリーネの耳に入ってしまったのかな。でもモーガン相手に言い負かしたのはステファンだってスッキリしたろ? 俺も顔を真っ赤にして夜会を後にするモーガン見たかったよ」


 そりゃ……注目を浴びたのは困ったが、そういう気持ちが全くなかったかというと嘘になる。ハロルドは笑いすぎて涙が出たらしく目尻に溜まった涙を指で拭っている。


「いくら俺がモーガンに虐げられて育ったからって、もう大人だ。そんなことはとっくに割り切ってるさ。モーガンを言い負かしたくらいで惚れたりしない」


 そう口ではいいながら、内心は割り切れていない。モーガンではなく自分がマグナレイ侯爵に認められたと思うと胸のすく思いがした。どうせマグナレイ侯爵家の跡取りなるのは自分じゃないとしてもモーガンがマグナレイ侯爵の跡目を継がなければそれでいい。なんて思っているのも事実だ。


「そりゃそうだ。物怖じしないのはネリーネの良いところだけれど、可愛いところとは言い難いな。ネリーネが可愛いのはもっと違うところだ」

「……本当に可愛いところなんてあるのかよ」


 兄の欲目に俺は呆れた。


「ネリーネと一緒にいればステファンにもわかるさ」


 そう言ってハロルドは俺に芝居のチケットを押し付けていった。

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