第三十一話 生まれてはじめてのデート2 大劇場大脱出
アンコールの歓声が鳴り止まない中、俺は慌てて立ち上がる。
「さぁ、もう終わったことだしさっさと出るぞ」
誰にも会わないうちに早く劇場を出なくては。
観劇中に毒花が男と桟敷席のカーテンを引いてコソコソしていたなんて貴族達の噂のネタだ。俺は頭を抱える。膝枕で寝ていたのを白昼堂々と晒すのと桟敷席のカーテンを閉めてあらぬ疑いをかけられるのとどちらがマシだったのだろうか。
「お兄様とは、いつも休憩室で感想を話し合いますわ」
「わかったわかった。街のカフェに行こう。そこで感想を聞く」
とにかくこの場を離れたい一心で、不満げな毒花にそう伝えそそくさと桟敷席を後にする。
平土間で立ち見をしている市民達と混ざるのを嫌う貴族達は終わってすぐ席を立ったりしない。桟敷席に残り歓談したり、休憩室で時間を潰すはずだ。
今すぐ出れば貴族達に会うことはない。
俺は廊下を歩くスピードを上げ、観客席と玄関をつなぐ大階段にたどり着く。そこは人々でごった返していた。
「気をつけて階段を降りろよ」
階段を降りながら声をかけるが返事がない。
振り返ると精一杯のおめかしをした市民で溢れている大階段の一番上で、一際派手なドレス姿の毒花が滑稽なほど目立っていた。
ドレスが邪魔になり混雑の中で身動きが取れないらしい。顔をしわくちゃにしてどうしていいか分からず立ち尽くしている。
あんなところで動かず立っていたらぶつかって階段から転がり落ちてしまう。
俺は慌てて毒花の元まで逆走し肩を抱く。毒花の身体がビクリと動く。
「きゃあっ! なっ……強引だわ!」
「文句は後でゆっくり聞く」
非難する声に耳を傾けている時間はない。俺はそのまま雑踏をかき分け劇場を出た。
劇場前の広場には乗合馬車や辻馬車が並んでおり、デスティモナ家の馬車はない。
「馬車は?」
「ですから、いつもならお兄様と休憩室でお茶をいただきながら感想を話し合うと言ったでしょ? あと二時間は来ませんわ」
毒花は鼻をフンと鳴らして俺を睨む。
「余韻を楽しむことも観劇の醍醐味ですのよ? 私は今日の日をとても楽しみにしておりましたのに。貴方が寝てしまうから私は途中から観られませんでしたわ」
「……それは俺が悪かった」
お前が勝手にカーテンを閉めたんだろとか、俺を起こせばよかっただろとか言いたいことはあるが、流石に寝てしまった自分にも非がある。ひとまず謝るが毒花は睨んだままだ。
「わかった。また観に連れて行ってやるよ」
あぁ、これでまた休みが消えていく。
とりあえず貴族達が出てくる前にチケットを買ってさっさとここから去ろうと決めて、売り場に向かう。
俺はたどり着いたチケット売り場の看板を見て目を見開いた。今日の桟敷席の値段なんて一ヶ月分の給金に近い。
「ねぇ。わたくし、実はあれが観たかったの。あれに連れて行ってくれたら今日のことは許して差し上げますわ」
チケットの値段に驚く俺の腕を取り毒花が指差した先にあったのは、庶民向けに興行している芝居小屋の広告看板だった。
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