第二十二話 八年遅れの社交界デビュー3 大きなおっぱいと小さな手と勝利の確信

「腕を組もうとしただけでそんなによろけるなんてだらしがないわ。もう少し鍛えたらどうなのかしら?」

「は? 腕を組む? どうして? そんな必要はないだろ?」


 先日腕を組もうとして俺をなじったのはお前だろうが。俺が冷ややかに見つめていると毒花令嬢が鼻を鳴らす音が聞こえる。


「あら、ではどういうつもりで貴方は今日は夜会に参加されるのかしら? わたくしは貴方との婚約の話が前向きに進んでいるとお婆さまに伺っていたものだから、婚約者らしく腕くらい組んだ方がいいのかと思いましたけれど、違うのかしら?」

「どういうつもりで参加する? 貴女のエスコートをすると言っただろう。そもそも先日お会いしたときに私がエスコートした方がいいのかと思って出した腕を払い除けたのは貴女だ。もうエスコートに俺の腕はいらないもんだと思っておりましたが、違うんですかね?」


 毒花が顔の中心に皺を寄せ醜悪に歪む。まだ相手は十九歳だ。成人して間もない令嬢相手にいつまでも弱気になってはいけない。俺はしっかりと言い返してしわくちゃな顔を睨む。


「あの時は……ただの見合い相手にいやらしい顔で見られたのだから拒絶して当然だわ」


 クソ。否定できないのが悔しい。


「社交界に疎いのでエスコートする時にどこに視線を置きどんな顔をするべきかわからないのため、不快な思いをさせたみたいで申し訳ない」


 いつまでも文句を言われないように 形だけの謝罪をすると、毒花は顔の中心に皺を寄せたまま小首を傾げた。


「本当に慣れていないの? 王立学園アカデミーでダンスや社交界マナーの授業は受けたでしょう? わたくしだってそれほど夜会にお呼ばれされたことはないけれど習ったマナーくらいは実践できるわ」

「そんなくだらない授業を受ける暇があるならば図書室で自習していた」

「本当に貴方は勉強しかしてこない人生だったのね。いいわ。わたくしが貴方がエスコートできるようにリードして差し上げますわ」


 いちいち癪に触る言い回しをする毒花は俺の腕に手を添える。


 むにゅん。むにゅぅぅ。


 ……やっ……やわらかい……っ!


 腕にどこまでも吸い込まれていきそうな大きくて柔らかな肉塊の感触が伝わる。世の中にこんなに柔らかいものがあっていいのか? ニールスの突き出た腹をふざけて突いた時の柔らかさなどは比較にならない。


 胸元を覗き込みたい欲望を堪えて、俺の腕に添えた毒花の手を見る。


 ウソだろ……

 腕に添えた白く小さな手は俺の腕を引き寄せているようにしか見えない。前回よりもしっかりと押しつけられている気がする。えっ? ていうか女性の手ってこんなに小さくて華奢なのか? 非力な俺なんかでも強く握れば折れてしまいそうだ。


 ……そうだ。例え醜悪な見た目の毒花でも所詮は俺が本気を出せば手折ることができる花なのだ。怖気付くことはない。


「腕は組みますけどジロジロ見ないでいただけますかしら。貴方がエスコートに慣れていないのはわたくしは理解してますけれど周りはそんなことこれっぽっちも知らないわ。婚約の話が進んでいるとはいえ女性の胸元をジロジロ見ながら過ごしていたら恥をかくのは貴方よ」

「今日は胸元など見ていない! 小さくて華奢な手なのだなと思っていただけだ」


 そう開き直った俺に毒花はプイとそっぽを向いた。


 勝ったな。


 みな怖気づくからいい気になるんだ。はっきりと言い返せばいい。毒花の対策方法を見つけてほくそ笑んだ。

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