第二十三話 八年遅れの社交界デビュー4 いざ。はじめての夜会へ

 夜会の会場であるターナー子爵家に馬車が到着する。


 マグナレイ侯爵が若かりし頃に世話をしていたという子爵家の当主はクソジジイに頭が上がらないらしく、なんの縁もゆかりもないデスティモナ伯爵家令嬢を夜会に招待してくれた。本日開かれている夜会の目的は年頃の子供達のお相手探しらしい。玄関ホールに吸い込まれていく招待客は俺たちとさほど歳が変わらず安心する。


 馬車から降りた毒花が俺の腕に手を絡めたのを確認して子爵邸の使用人の後を歩く。

 マグナレイ侯爵邸やデスティモナ伯爵邸と比べるとこじんまりとしていたが、それでも俺の実家よりは立派な建物だ。矢羽のように木板を並べた廊下は塵ひとつなく磨かれており壁に備え付けられたランプに照らされて光の輪を映す。


 大きく開いた扉の向こうではすでにパーティーは始まっていたらしく、大きなシャンデリアの下で小編成の楽団の奏でる円舞曲ワルツに乗って年頃の男女がクルクルと回るっていた。

 食事とアルコールも振る舞われており、踊っていない招待客はグラスを片手に歓談している。


「デスティモナ家ご令嬢、ネリーネ様のご到着です」


 使用人が高らかに宣言すると、招待客達の視線が入り口に立つ俺たちに集中する。値踏みし嘲り蔑むような視線に緊張した俺は、華やかな雰囲気に気後れしそうになり腕を組んで歩く毒花を見る。金も地位もある伯爵家のご令嬢はこの場では格上の人物だ。相変わらずツンと澄まして威風堂々としている。

 俺は毒花に腕を引かれながら夜会の主催者であるターナー子爵の元に連れていかれる。名を名乗りマグナレイ侯爵から預かった紋章の蝋印もされていない手紙を渡すと、子爵は控えている執事にぞんざいに渡す。マグナレイ侯爵からの書簡である事を伝えようとしたがすぐに次の招待客が現れ俺たちの挨拶はあっという間に終わってしまった。


「で、この後どうするんだ」


 挨拶した場所から動かずに立ち尽くしている俺たちは若い男女からジロジロと見られてヒソヒソと嘲笑されている。


「いつもでしたら、お兄様と一曲ダンスを踊っていただいて、そのあとお兄様がお知り合いと歓談されるのをソファで座って待ちますわ。貴方もどうぞ」

「……俺はダンスなんて踊れないし、ここには歓談するような知り合いはいないぞ」


 妙な沈黙が訪れる。


「リードするなんて大口叩いたんだから貴女が知人と歓談してきたらどうだ。いくらでも付き合ってやるよ」


 社交界で嫌われ者の毒花に歓談する相手なんていないのをわかっているのに、つい意地の悪い事をしてしまう。


「そりゃ貴方よりは社交の場に慣れてはおりますけど『社交界の毒花』なんて呼ばれて嫌われているわたくしに歓談するような知り合いがいると思いまして?」


 ……おいおい。嫌われてるの知ってるのかよ。


「おや。ステファンが夜会なんかにいると思わなかったから気が付くのに時間かかったよ」


 嫌われているのをわかっているのに悪辣な振る舞いを変えない毒花に呆れていると、会いたくないヤツの声が後ろから聞こえた。

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