第二十二話 八年遅れの社交界デビュー2 毒花令嬢再び

「せっかく衣装を整えても、貴方のくたびれた顔はどうにもならないのね。そもそもどうして貴方はそんなにくたびれた顔をしているの? うちのお兄様も王宮に出仕して責任のある仕事をされていらっしゃいますけど、貴方の様に目の下に隈なんて作っていないわ。寝食を惜しんで仕事を詰め込んでいるだけで仕事をしてる気になっているのは無能な人間よ? 本当に貴方は優秀な官吏なのかしら」


 デスティモナ家の馬車が俺を迎えにきて、その馬車はとんぼ返りでデスティモナ邸に向かった。あくまでもご令嬢をエスコートするために男が迎えに来なくてはいけないのだそうだ。くだらない見栄のために無駄な事をする。


 そしてデスティモナ邸の玄関ホールで待ち構えていた毒花令嬢が俺を見て発した第一声がこれだ。


 相変わらずピンクと赤の派手なドレスに、うずたかく結い上げられた髪の毛には真珠が散りばめられている。

 孔雀羽根の扇子で顔を隠しているが眉間に皺を寄せて馬鹿にした視線は隠れきれていなかった。


「少し前まで無能な人間の尻拭いばかりしなくてはならず、長年において蓄積されたやつれた印象は抜けていないかもしれないが、今の部署では休息なども適切にとりながら働く事が出来ている。ただ闇雲に仕事を詰め込む様な愚かな人間ではない。しかしながら、このひと月ほどは隣国との協議が立て込んでいるため優秀な官吏である私は忙しく過ごしているのもまた事実だ。最近まで貴女の兄君もそうだったのでは? かような状況で暇をしている官吏がいれば、そちらの方こそ無能である証だ。一山越えれば長めの休暇をいただける約束もいただいているので、馬鹿の一つ覚えの様に忙しいふりをしているわけでない」

「そう。無駄な仕事をしていないのなら、よろしいけれど」


 せっかくの休みをクソジジイと毒花に潰されて苛立っていた俺は毒花に言い返す。こちらが睨みつけても睨み返してくる相手に俺は少したじろいだ。

 仕切り直しだ。今日は言いまかしに来たわけではない。俺は咳払いをして嫌々ながら毒花の前で紳士らしくお辞儀する。


「はじめてのエスコートですので見苦しいところもあるとは思いますが、本日はよろしくお願いします」

「貴方が夜会に一度も出たことがないのはわたくしだってお婆様に伺って存じておりますから完璧なエスコートなんて期待しておりませんわ」


 侮蔑の言葉がお辞儀で下げた頭の上から降り注ぐ。頭に血が上るのを感じたが、深呼吸して引き攣った笑顔を浮かべる。


「では、参りましょう」


 俺はそう言って踵を返し乗ってきた馬車に戻ろうとした瞬間、腕を引っ張られる。よろめいたがすんでのところで踏ん張り転ばずに済んだ。危なかった。自慢じゃないが運動神経なんて皆無に近い俺にしては頑張った。


「……んだよ」


 振り返ると腕を引っ張った張本人が半目で俺を見つめていた。

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