第二十一話 八年遅れの社交界デビュー1 鏡の中の俺は着飾ったくらいじゃ変わらない

 せっかくの休みに王都のマグナレイ侯爵邸に再び呼び出された俺は、姿見の前に立たされていた。


 侯爵の指示で下男やメイド達は俺の周りを飛び回る。屋敷に着いて早々、まだ昼間だというのに風呂に入れられてマッサージをされ、準備された漆黒の絹生地に銀糸の刺繍がたっぷり施された長上着ジュストコールとキュロットに白いタイツの夜会服を着せられ、ボサボサの髪の毛は整髪料をたっぷりつけて後ろに撫で付け整えられた。


 鏡に映った俺は……豪華な服に完全敗北した冴えない男だった。服装を整えたくらいではどうにもならない。


 貴族の子息であればよわい十六になると社交界デビューして毎日夜会でクルクルとダンスをしている。なんて市井では思われているが、そんなことはない。


 侯爵家の領地の田舎村を管理するのが生業の男爵家四男なんていうのは貴族でいられるのは兄が家を継ぐまでのほんの短い期間だけだ。俺は幼い頃から賢かったため官吏の道に進めたが、次兄達は王都で堅実に商店の下男をしている。実家の親にしてみたら平民になるのが決まっている俺たちに金をかけて社交界に出す旨味は何もない。すなわち我が家で社交界にデビューしたのは長兄だけで俺は華やかな表舞台からは縁遠い人生を送ってきた。


 今更貴族の息子らしく令嬢をエスコートしてダンスを踊れと言われても、はい。そうですか。とはいかない。


 鏡の中の冴えない男はため息をつく。


 先日の宣言通りどこかの子爵家で開かれる夜会の招待状を手に入れたマグナレイ侯爵から毒花令嬢のエスコート役として参加するように命じられた。

 慣れない夜会服も、踊れないワルツも、様にならないエスコートも、その相手が毒花な事も全てが重荷だ。


「背中を丸めるな。胸を張れ」


 マグナレイ侯爵の声に慌てて姿勢を正すとさっきよりは少しだけマシになった。


「私の若い頃とは似ても似つかないな」


 そりゃそうだ。マグナレイ一族の一員なだけで俺と侯爵の血のつながりは、安酒場で出される水で薄めるだけ薄めた蒸留酒よりも薄い。茶色い髪の毛に茶色い瞳のよくいる顔立ちの俺よりも黒髪で丸顔で大きなつり目のモーガンの方がよっぽどマグナレイ侯爵家らしい顔立ちだ。


「まぁ、悪くはないさ。それに大した家柄の夜会じゃない。所詮場慣らしだ」

「閣下からすれば子爵家も大した家柄ではないかもしれませんが、私からしたら格上もいいところです! そんな場違いなところに送り込んで失敗してマグナレイ侯爵家に泥を塗る様な事になっても私は責任持ちませんからね!」


 ムッとした俺は捨て台詞をはいた。


「それは心配ない。失敗して恥をかいたとしてもマグナレイ侯爵家に泥を塗る様な事にはならないから安心しろ」

「何か根回ししていただけてるんですか?」


 そうだ。かのマグナレイ侯爵ともあろう方が無策で俺を送り込むなどするはずがない。期待して顔を上げるとマグナレイ侯爵は片目を瞑る。


「招待状はあくまでもディスティモナ家のご令嬢宛にさせた。お前はあくまでも令嬢のエスコート役として社交界デビューを果たすだけだ。お前達が何かやらかしても泥を塗るのはデスティモナ家だから問題ない」


 ……期待をした俺が馬鹿だった。


「ロザリンド夫人にいい顔したいんじゃないのですか」

「それとこれとは話が別だな」


 言い返そうとしたところでノック音が響く。


「旦那様。デスティモナ家の馬車が到着いたしました」

「だとさ。ほらステファン。行ってこい。あ、ついでにこの手紙も渡しといてくれ」


 話はまだ終わっていないというのに手紙を押しつけられて俺は部屋を追い出された。

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