第十八話 職場にて6 若き王太子殿下が俺と話したいって
我らが主人である王太子殿下が部屋に戻ると心地のよい緊張感が部屋に漂う。
さっきまでふざけていたお坊っちゃんも同僚達もお喋りをやめて王太子殿下のお言葉を待つ。
「ただ今戻った。すぐに席を外すが急ぎの用はあるか?」
束の間の休息を取りに部屋に戻ってきたばかりの王太子殿下は瑠璃色の
初夏から王室と貴族院の重鎮達との会談がずっと開かれていた。自領に有利な条件でイスファーン王国と交易をしたい領主達の意見は千差万別で擦り合わせるのに時間がかかっていると聞いていたが、ここに来てようやく煮詰まり着地がみえてきたようだ。
今は最後の詰めとばかりに連日連夜に渡り貴族院で議会が招集されている。今回の交易における責任者である王太子殿下も、これまでであれば議会の合間を縫って文書に目を通してくださっていたが合間はほぼ無くなり、積まれていく一方だ。
「あぁ、ハロルドがきたんだね」
王太子殿下は白い詰襟の正装の首元を緩めながら執務机の文書の山を確認する。
我々ができる事といえば文書を重要度によって山を分け効率的に仕事をしていただけるようにするくらいしか出来ない。最重要文書の山にこれ見よがしに置かれた翻訳済みのイスファーン王国法規集を見つけ、頁を捲ると出来に満足したのか頷いた。
「尽力してくれた文書係を労わなくてはな。休暇と報奨について話をしに行ってくれ」
王太子殿下はまだ十七歳だというのに誰よりも多く執務をこなし常に冷静で決断が早い。
腹黒いだ性格が悪いだと腹心に揶揄われても軽く聞き流す懐の深さがある。それに上に立つ人間は腹芸の一つや二つくらい軽くこなしていただかないと困る。
王太子となるべく教育を受け堂々としていても、傲る事なく役職もついていない俺たち一人一人も重んじてくださる人格者だ。
口さがない噂を信じていた俺たちはこの部屋に配属された時、ただでさえこき使われて疲弊しているのに無能な王太子の仕事を押し付けられるに違いないこれ以上は耐えられないと不満が噴出していた。それが仕事を少しご一緒しただけであっという間に若き王太子殿下に心酔し、がらにもなく騎士を真似て忠誠を誓った。
仕事が忙しいのは変わらないが、王太子殿下の元で国史に刻まれる様な仕事を担えるのは喜びであり日々充実している。
「ステファンに話がある」
「えっ! 私に話ですか」
「あぁ。ついてきてくれ」
王太子殿下はすぐにまた部屋を出て議会に向かうと思っていたが、急に声をかけられて焦る。議会の予定が立て込んでいるはずなのにわざわざ時間をとって俺と話したい? どういう事だ?
颯爽と部屋を出た王太子殿下の後を、俺は疑問を抱えながら追いかけた。
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