第十九話 職場にて7 貴族院の重鎮であるクソジジイの雑談なんて碌なもんじゃない

 若い騎士見習いを護衛に連れて王宮の廊下を闊歩する王太子殿下の後を歩く。


 端正な顔をした王太子殿下が正装した姿は男の俺でも見惚れてしまう。顔を赤らめて廊下の端に寄る若い女官達は王太子殿下とまだ見習いなのにその王太子殿下に護衛騎士に抜擢され将来を保障された若い男を目で追いかけている。後ろを歩いている俺だって将来が保証された様なものだというのに、俺のことは女官達は気にも留めない。


 色めきだつ女官達を面白くなさそうに見ている男たちの中には通りすがりに「見た目だけの無能な王子」と平然と揶揄するものまでいる。

 無能はどっちだというのだ見る目がない奴等め……と腹の中で蔑みふと思い直す。少し前までは俺だってアイツらと同じだったな。一緒に仕事をさせていただく機会がなければ気がつけなかった。

 いや。俺はアイツらと違って仕事ができる。今回の機会が巡り合わなかったとしても、近い将来のうちにご一緒させていただけたはずだ。

 やはり俺とアイツらは違う。胸を張って王太子殿下の後に続いた。


 下っ端の官吏達が多く勤める階から階段を上がると重臣たちの執務室が集まる階だ。マグナレイ侯爵はじめ貴族院のお偉いさん達は議会が終わった後執務室に戻ったのだろう。偉そうなジジイ達は誰も歩いていないが、側近達やお抱えの官吏達が俺はおろか王太子殿下にも目もくれずに忙しそうに出入りしている。


 王族の執務室や控室のおかれている階に初めて足を踏み入れる。豪華な装飾が施された重厚感のある扉が幾つも並び、廊下の床は毛足の長い羊毛の絨毯が敷かれていて、音を吸収するのかシンと静かだ。


 王太子殿下が扉の前で立ち止まっただけですぐに扉が開く。まるで魔法の扉みたいだ。

 王太子殿下の侍従が頭を深々と下げた先には、広い空間に質実剛健な胡桃の木ウォールナッツの執務机、要人を相手にする際に使うだろうソファやテーブルなどの応接セットは見事な意匠のものが備え付けられていた。王族が俺たち下っ端がいる様な執務室に常駐しているのは本来の姿ではない。立派な執務室の中へ王太子殿下に招き入れられ、豪華なソファに座るように促される。

 俺がおずおずと座るや否や部屋に控えていた侍従がすかさずハーブティーを差し出す。

 廊下は足音も聞こえないなかったのにいつ準備をしていたのだろう……


「貴族院から戻る道中、マグナレイ侯爵から声をかけられた」


 侍従の手際の良さに驚いていると、王太子殿下が真剣な顔で切り出した。


 随分前に宰相の職を辞したマグナレイ侯爵も、未だ貴族院の重鎮として影響力を持っている。王太子殿下であってもマグナレイ侯爵に声をかけられれば足を止めて話を聞かないわけにはいかない。


 何を言い出したのだろう。

 ……あのクソジジイの事だ、面白おかしく俺が王太子殿下の婚約者様にちょっかい出さないように見合いをさせただとか、まだ諦めてないようでせっかく紹介しても文句たらたらだったくせに、巨乳に目が眩んで婚約を進める事になっただとかくだらない話をしたのを想像して身を震わせる。


 王太子殿下の真剣な眼差しで俺は射抜かれそうだ。


 我が主人は冷静で公正な人物だが、ご婚約者様のこととなると恐ろしいほど狭量だ。まだ俺がご婚約者様に懸想しているように思われたりしたら俺の将来が危ない。


 見合いの話にどう切り返せばいい?


「マグナレイ侯爵の養子になるんだって?」

「はへ?」


 思ってもいなかった質問に俺は馬鹿みたいな返事しか出来なかった。

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