第十五話 職場にて3 クソジジイに余計な事を言ったのはお前か!

「貧乏人だって。僕は人よりちょっとだけ食欲旺盛なだけなのにね」

「ちょっとじゃないですけどね」


 モーガンに暴言を吐かれた男は、見てる方が胸焼けするほど山盛りにした羊の腸詰ソーセージと鶏肉の煮込み料理を頬張りながら暢気に笑う。


「それにしても僕のこと覚えてないのかなぁ。自分で言うのもなんだけど、僕は殿下の腰巾着じゃない? ずっとそばにいるんだから覚えててもいいと思うんだけど」


 文官見習いの格好をしているのは、王太子殿下が仕事の効率化の為に呼び寄せた腹心であるトワイン侯爵家のご嫡男のエリオット様だ。

 まだ歳若く学業を優先しあまり表に出ていないが高位貴族の嫡男なので顔は知られている。王宮で働く多くの人間は王太子殿下の側に急に現れた文官見習いの正体を理解しているというのにモーガンは全く気がついていない。


「覚えられるような頭があれば王太子殿下から文書係として出入りするのを禁止されたりしなかったんでしょうけど」


「ちゃんと文書係だったの? 殿下に嫌がらせするために反王室派の貴族から送り込まれた間諜なのかと思ってた」


 俺の嫌味にへらりと笑って嫌味を返す。俺は立ち上がった席に再び座る。


「ちゃんと文書係だったかはわかりませんが、書類を運ぶ事だけしかできない文書係だったので、お渡しする書類に関して何の説明もできず結果嫌がらせになっていただけです。間諜ができるような頭は持ち合わせておりません」


 お坊っちゃんと俺の発言を皮切りに周りはモーガンへの不満を口々に言い出す。


 文書係は王宮内の書類の収受回送だけでなく、国内外から歴史的に価値のある資料を集め編纂したり、議会資料の文書管理や他国の法規集の翻訳など古今東西の文書に関わる仕事を担う。役に立たないくせに華のある仕事ばかりしたがるモーガンは、文書室に集まった王太子殿下宛の文書を王太子殿下に届け署名をいただく仕事をしていたが、まともな仕事なんて出来るわけもなくあちらこちらに迷惑をかけていた。

 今回に関してもイスファーン王国の使者から受け取った文書は文書係が翻訳して関連する各部署で確認して届けるべきなのに、使者から受け取ってそのまま王太子殿下に届けたり、各部署で作成した文書も書記官が翻訳し清書したものと併せて届けるべきを、翻訳もせずにそのまま王太子殿下にお届けしていた。

 王宮の官吏達からは王太子殿下が関係する文書だけ処理が遅いなどと不満が出ていたが、真実を知れば当たり前だ。複数の担当者が関わるべき文書を全て王太子殿下が一人で翻訳し確認して署名されていたのだから。むしろ数日の遅滞で済んでいた事が恐ろしい。



「あ、そういやステファン。結婚ってマグナレイ侯爵が持ってきた縁談?」


 ひとしきりケインやニールスとモーガンの悪口で盛り上がりきった頃合いで侯爵令息に尋ねられる。周りの同僚達は気になっても触れない様にしてくれているのに遠慮がない。


「なんでそんなこと知ってるんですか……」

「あぁ、それはこないだマグナレイ侯爵に『ステファンがお前の妹に熱を上げてるようだが、王太子の婚約者相手に問題を起こしたら困る。結婚相手でも探してやろうかと思うがお前の妹のどこが気に入ってるか知ってるか』って聞かれたんだよ。自分の一族の末端の不祥事未遂まで目を光らせるなんてマグナレイ侯爵も大変だね。僕はできる気がしないよ」


 肩をすくめて茶目っ気をたっぷりに片目を瞑るお坊っちゃんの横でケインとニールスが哀れみの表情を浮かべている。


「……ちなみに、なんて答えたんですか」

「『うちの妹の胸元ばっかり見てるから乳のでかい女が好きなんじゃないですか?』って。あと」

「お前か! お前のせいで俺はあんなのと……むぐっ」

「ステファン! しー! ただでさえ注目の的なのに大きい声上げないの」


 俺の唇を人差し指で塞いでへらへらと笑うお坊っちゃんに掴みかかりたい気持ちをグッと抑える。


 侯爵家のご嫡男様というだけじゃない。王太子殿下の婚約者の兄である目の前の男は、俺が立場上何の手出しも出来るわけがないのを知っている。

 マグナレイ侯爵といいコイツといい上位貴族達の相手は一筋縄ではいかない。俺はため息をつき空っぽのスープ皿を持って立ち上がった。

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