第4話

その昔、鬼と呼ばれる者がまだこの世にいた時代に、あの世とこの世を繋ぐ道として作られたのが鬼門。だけど、この鬼門があるせいで村は鬼に荒らされ壊滅的となった。

鬼は特に子供を好んで連れて行った。母親らは子供がいなくなったと半狂乱で村中を探し、中には精神を病んだ者もいる。

そんな事が繰り返され、村にいる女達は怖くて子供を産めなくなった。

そして、村には子供がいなくなり困った村の人は天神様にお願いをした。


「お願いします!!このままでは村がなくなってしまう!!」

「お願いします!!私は……私は、子供が欲しい……!!」


村人の悲痛な願いに、流石の天神様も重い腰を上げ、鬼と交渉をした。


交渉は思ったよりも手こずった。

鬼の頭とも言える閻魔様が間に入り、こちらがいくつか妥協することで交渉は成立した。

その条件は──


一、夕刻のみ、この細道を使うこと。

一、7歳の歳にこの鬼門細道を使った子供は供物とする。

一、境内の細道、鬼門は天神の管轄外とし、何があっても手を出さない。


これが、天神様と鬼が交わした約束。


「何でそんな勝手な約束を……!!」

「仕方無いことなんだ。人間には分からないだろうが、こちらにはこちらの事情ってものがある」

「だからって──!!」


ダンッ!!


「いい加減黙ってくれる?」


天神様は床を殴りつけ、私を睨みつけてきた。

その表情は、あまりにも恐ろしく神と言うより鬼と見間違うほどだった。


「──そもそも、私は警告としてあの歌を村に流したと言うのに、その歌の意味を理解しなかった愚か者達の事など知るはずもないだろう?全ては己らの自業自得だ」


こっちからすれば、あの歌にそんな意味があったなんて知るはずもない。

天神様は学問の神様だと言われていた。

だから警告を歌に込めたのだろうが、凡人にはその意味を理解できない。


天神様は青ざめる私の元に来て、頬を手で触れた。

その瞬間、体がビクッと震えた。


「私が怖いかい?残念だけど、これが君達が信仰していた天神の本当の姿だよ?」


優しく微笑んでいるのに、体の震えが止まらない。


「そんなに怯えないでおくれ。君は私の妻になるのだから」


抱きしめられ、耳元で囁かれた言葉で一気に脳が覚醒した。


「そんなのお断りよ!!」


天神様を突き放し、睨みつけた。


「神様だろうが鬼だろうが、嫌なものは嫌!!」


「あんたの妻になるぐらいなら死ぬ!!」と叫び、床の間に置いてあった剣を抜いた。


天神様はそんな私を見て、慌てる様子も止める様子もなく、笑いだした──


「あははははははは!!!!」

「な、な、なによ……」


思わず私の方が後込んでしまう。


「いや~、目の前に神と呼ばれる者がいるのに簡単に死ねると思っている君におかしくなっちゃってね」


(た、確かに……)


「それに、君は簡単には死ねないと思うよ?」

「な、なんで!?」

「だって君、神の魂を持っているからね」

「……………………は?」


「残念でした」と嘲笑いながら言われたが、私はもう頭の中がぐちゃぐちゃで何が何だか分からない。


(私が神様の魂を持ってるの?え?私自体が依代って事?)


そこまで考えて、はたと気がついた。

目の前の神様は私じゃなく、を所望しているんだと。


「──中々勘が鋭いね。君の考えている通り、私は君本体には興味が無い。君の魂が欲しいだけ……何百年と待ち続けた私の愛する人の魂をね」


その瞬間うなじがゾッと粟立った。


私が天神様を見た瞬間、恐ろしく思ったのは間違いじゃなかった。

ここにいてはいけない。今すぐ逃げろと頭では分かっているのに、体が動かない。


「そんなに怖がらないでいいよ。は大切に扱ってあげるから」


死ぬことも逃げることも出来ない、そんなもの飼い殺しだと宣言されたようなものだ。


「それに、今更村に帰ったって君の居場所なんてないでしょ?村人には怪訝な顔で見られ、父親にも見捨てられた」

「そんな事ない!!私にはカカ様と菊ちゃんがいる!!」

「ふ~ん……じゃあ、現実を見せてあげる」


パンパンッと手を叩くと、先程の小鬼が水の入った綺麗な桶を思ってきた。


私がその桶を覗くと、なんと水面に村の様子が映し出されていた。

じっと見ていると、カカ様と菊ちゃんが話しているのが見えた。


「カカ様!!菊ちゃん!!」


水が零れそうな勢いで桶に飛びついた。


(二人とも私の心配をしてくれて……)


そう思ったのも束の間。私が居なくなったのにも関わらず、二人は笑っていた。


「……えっ?なんで笑っているの……?」

「──どれ、声が聞こえるようにしてやろう」


天神様が桶に手を差し伸べると、声が聞こえるようになった。


「──菊ちゃんありがとうね」

「いいよ。これでやっとおばさんとこも少し楽になるね」

「本当にね。まさか玖々莉が天神様の伴侶だとは思わなかったわよ。おかげでようやく食い扶持が減ったわ。あの子、最近物凄い食べるようになってたから困ってたのよ」

「あははははは!!俺もようやくお目付け役から外れて紗夜と婚儀が行えるってもんだよ」

「菊ちゃん、玖々莉が連れていかれる時一芝居打ったんだって?」

「あぁ~だって、そうしないと玖々莉あいつに怪しまれると思ってね」

「ふふっ。確かにそうね。はちゃんと連れて行ってもらわなきゃこっちが迷惑よ」


二人は終始笑いながら話をしていた。

私がいなくなったのが嬉しそうに……


最後の方はもう何を話していたの分からなかった。

全部嘘だったって事?みんなして芝居をうってたの?知らなかったのは私だけ……


気がつけば、目からはとめどなく涙が溢れ出て頬を伝っていた。


「分かった?これが現実だよ」

「……天神……様……」


天神様は震えている私の肩を優しく抱きながら囁いた。


「人間なんて所詮はこんなものだよ。自分の子供なのに喜んで人では無い者に差し出す……可哀想な玖々莉。大丈夫、私は玖々莉を捨てることはしないから」

「産まれてくるんじゃなかった……」

「そんな事言うものじゃないよ。私は君が生まれてきてくれたおかげで、愛する人に再び会えたんだからね」


天神様の言葉に思わず「ふっ」と笑ってしまった。


(貴方だって私自身は不要じゃない……)


私の居場所は元々どこにも無かったんだと分かった瞬間、心の奥底にドス黒いものが生まれた。


(もう、誰も信じない……)


同時に、この世の者全てに憤怒した。


生きてこの世の全ての人間に復讐を果たす。先に命を奪われた大ちゃん達の無念を晴らす為に、目の前の神すらも利用してやる。

利用できるものはなんでも利用して、私のこの渦巻く感情を発散させてやる。


私は俯きながら拳をぎゅっと握りしめ、決意を固めたところで、改めて天神様を睨みつけた。


「──分かった。貴方の妻になるわ」


その言葉を聞いた天神様は優しく微笑み、抱きしめてきた。


「大丈夫。ここには君を邪険にする者はいない。君は私の傍にいてくれるだけでいい」


今は純粋に喜べばいい。

その喜びが大きくなればなるほど、悲しみに変わった時の絶望に貴方は耐えられるかしら?


私は今、この時から鬼になる。

この世の全てに復讐をこの手でくだすため、貴方に絶望を与える為に……


その時まで精々私に尽くしてね?神様?



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