第40話 塩化物温泉だって。
※ ※ ※ ※ ※
「リョウター。お客さんにご飯出すんだよね」
「アァ、ほっておく訳にもいかんだろうしな」
「何を出すの」
最近は、口も増えたので食費もバカにならない為に倹約に勤めているのだ。道の駅の田中店長の勧めで5キロ入りのスパゲティー2袋を購入したのだ。
もちろん食堂で使用する業務用である。当分の間、お昼と夜はアレンジパスタである。それを冒険者さん達の夕食にした訳だ。
特に男性冒険者達は過酷な労働とへびりんごーごーの収穫が控えている。でんぷん質多めであるが、パワーが出るように十二分に量を用意しよう。
マァ、こんな事も有ろうかと、スパゲッティーは5キロ入りの業務用を用意しておいたのだ。ホント。早く換金策を考えないと資金が無くなってしまう……。で、小さな事からコツコツとで有る。
「アネット、そこの袋取ってくれ。エベリナは鍋持ってくれ。ついでに、こぼさない様にお湯切りもしてくれ」
「これで良いのかの?」
「オー、上出来。皿につけ分けてくれ。男性冒険者達のは、特盛なー。お代わりもOKだぞ」
「やれやれ。ここの所、スパゲティーが続くのー。たまには違うのも良いと思うのじゃが」
「モグモグ」
「アネット、ステイ。まだ振りかけてないんだから」
「そうだぞ、アネット。いくら腹が減ったと言っても、素のスパゲティーとはなー」
「モグモグ。美味しいよ。釜揚げスパゲッティーって、リョウターが言ってたよ」
「本場、イタリアの食べ方だぞ」
「そうなのか」
「エベリナ、もうアネットの事はほっておけ」
「ホー。これはこれで旨いのか? では、妾も試してみるかのー」
「さて俺っちは何味にするかな? オッと振りかけも出して」
「コレコレだよねー」
「釜玉も捨てがたいが、振りかけには9種類の味が有るからな。」
「ところでエベリナ。イザール父さんから聞いたけどな。極端な話、ドラゴンは陽の光さえ有ればOKだそうだが、どうなんだ?」
「ウム、光エネルギーならば8割以上は変換できるからな」
「太陽光発電なんて目じゃないか」
「太陽光発電は知らんが、エネルギー変換効率はかなり良いかもしれんな」
「すごいよなー。ドラゴンは光合成? できるんだ」
「そうだなぁ。でも、妖精の方が効率的じゃな」
「ホウ? そうなのか」
「アァ、妖精族は魔素で十分らしいからな」
「魔素の吸収は息をしているだけでOKなのか?」
「そうなるかな」
「仙人みたいだな。それでずっと寝ていても生きていけるのか。じゃ、食事なんかいらないんじゃ?」
「確かに、そうなんだが……。寝てばかりいてもつまらんしな。妖精もドラゴンも、食物は胃袋での化学分解になるので手間もかかる。じゃが、前にも話したろ。美味い物は美味いし、咀嚼感が有ると無いとではな……」
「お前ら、食い意地が張っているだけじゃないかー?」
「そうとも言う」
※ ※ ※ ※ ※
季節は動き、キャンプ場では北風がヒューヒューと吹き出した冬の日である。大きな湯船にザブンと浸かり、温泉が肌にしみいるこの季節。まさに露天風呂の醍醐味が味わえる。
「温泉かー。最初はどうかと思ったけど、これいいわー」
「そうですねぇ」
「解放感も良いです」
「本当だ」
「それに水でなく、お湯と言うぜいたく品。それもザブザブとかけ流して、なおかつお湯を捨てると言うこの反社会的な行為」
「そこまで言わなくても……かけ流しなんだし」
「それはともかく、確かにこの露天風呂と言うのはいいですね!」
「ホント。これ、湧いてくるのでOKですが、これ程の量を沸かすとなると、燃料代が……」
「そうそう、まさに貴族の暮らしですよ」
「王侯貴族の風呂など見た事ないけど、言わんとする事は分かる」
「ここは、王侯貴族の風呂桶どころか、遥かに上を行く湯量ですからね」
「まさに、天の恩寵、神の奇跡か秘跡と言ったところでしょうねー」
そう、「ああ、温泉で癒されたい!」という温泉好きの皆さんの夢を叶えてくれるのだ。それは異世界の住人とて同じであろう。
日々の疲れを癒やし、心に休息が必要な時、はたまた人との付き合いに悩む時、いにしえから日本人が伝えてきた英知。
そして愛してきた温泉。湯治場からスパー温泉や高級リーゾートスパ、全国各地に名湯が開かれている所以であろう。無ければ代官品の温泉の素さえ作り出し、気分だけでもと堪能するのだ。
キャンプ場の背後に迫る山々を見る事の出来る絶景温泉。雪見の露天風呂と洒落こむも良し。美人の湯と言われるお肌すべすべ効果のある湯で美容に専念するも良し。
おそらく、来春には家族そろって手ぶらで来てもOKなロッジが再開されるだろう「あおいのキャンプ場温泉」である。寒いこの時期、あったかーい温泉で心身ともに癒されよう!
バケツ一杯で10リットルとすれば、ウーン。見たところドンドン出ているので湯量は風呂桶10杯以上がありそう。
もちろん、正確には測れないが、毎分にすると3000リットル。湯量が豊富な草津温泉とまではいかないが、間欠泉も入れると全体では倍の毎分6000リットルとなるかな。
一応、持って帰れない建て前だけどタンクローリーで温泉水を運ぶぐらいの湯量はある事になる。叶うなら、事務所から西の温泉まで給湯管を繋げて、いかにも湯けむり漂ういやしの里といった風情がするとかしないとか。
※ ※ ※ ※ ※
この温泉って、本当に良く効くんです! というお墨付きが保健所から役場に来ていた。田中町長がわざわざ電話で知らせてくれた。
どんな温泉かというと……。思った通り、泉質は酸性でわずかであるが硫黄、アルミニウム、硫酸塩が含まれる塩化物温泉(硫化水素型)(酸性低張性高温泉)だそうである。
故に効能は一杯有る。まず神経痛に、筋肉痛、関節痛もOK、五十肩、にも良いですね。運動麻痺はもちろん、関節の強張り、打ち身、挫きの治癒と幅広い効能である。
少しなら飲む事も出来ます。慢性消化器病に良いですし、痔疾、冷え性に効くようです。その為、病後回復期や、疲労回復と健康増進効果が有ります。
そうそう、忘れていけないのが慢性皮膚病ですね。動脈硬化症、切り傷、火傷の治療目的の人にも良いようです。とくれば、慢性婦人病、糖尿病・高血圧症などにも効くんじゃないかといわれています。
ですが世の中、良い事ばかりではありません。急性疾患、熱のある時、結核、悪性腫瘍、心臓病など人は入浴する時には注意が必要です。呼吸不全や腎不全、出血性疾患の方にもお勧めできません。
貧血、病勢が進行中の時、皮膚、粘膜の過敏な人は気を付けて下さい。どこの温泉でもそうですが、入浴回数は1日3回ぐらいが良い様です。
温泉に入りながらやってはいけない事ですが、お酒ですね。酒は百薬の長と言いますが、良薬も過ぎれば毒なのです。酩酊状態での入浴は大変危険な行為です。
温泉には沢山の薬効が有りますが、お湯に入りながらの飲酒はイメージが良くても体には良くないという事を憶えておきましょう。
尚、入浴後には仕舞としてかけ湯をする方が多のですが、浴びない方が温泉の効果が高いそうです。アァ、最近、魔法をかけてあっという間にアルコールを抜く輩がいますが情緒に欠けると思います。
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田中町長の「森君、エベリナ様の機嫌を損ねないようにね」という事であるが、アネットとエベリナの餌付けに成功。コホン、コホン。食卓を囲う陽気な仲間である。そのような事は無いだろう。
それはともかく、楽しい入浴タイムに温泉の効能やチョッとした故事由来を話しておいた。
「多くの温泉には開湯のエピソードが有るそうだ。信玄公の湯とかね」
「フーン。それで?」
「この場合は金山を探して掘っていたら湧き出してきたとか、田を広げて行ったら出て来たと言う新田開拓説なんかも有るな」
「へー」
「昔からよく聞くのは、シカや獣がケガの治療をしていた所が温泉だったとかね。最近では、地質調査の為にボーリングしていたら吹き出したというのも有ったかな」
「そうなんだー」
「残念ながら、日本には地震が多い。でも、代わりに温泉が多いからさー。バランスがとれているのかもしれないな」
「フムフム」
「渓谷の温泉なんて、もうその言葉だけで癒されるからなー」
「オー、知っているぞ。風流と言うのじゃろ」
「アァ、そうだ。山の湯は夏でも気温が17・8度だろう。湯上りのさわやかさは良いもんだぞー」
「イイナー」
「高原の露天風呂につかりながら、山々を眺めるのも良いもんだ。日本には四季と言うのがあってな、季節の変化で木々の新緑や、移り変わりを楽しんだりするんだ。紅葉なんかを見ると、一幅の絵の様でそれは良いもんなんだ」
「行きたくなったのー」
「温泉旅行と言ってな、お風呂に入って山海の珍味を味わい。アァ、この場合、海の無い山の中でマグロの刺身が出て来ても、黙認される仕来りが有るんだが。マァ、それはともかく、食べて寝る。非日常に身を置くのも良いもんだ」
「さっきからの、良いもんだが続いているが?」
「掛け値なしに良いね」
「嘘偽りは無いという事じゃな。フーム」
「早めに宿に着けば、荷物を預けて風呂に入るのも良し、付近を散策するも良し、のんびりと過ごせば良いのだ。なにしろ後はご馳走と風呂だけだからな。シンプルなのだよ」
「それは言えような」
「持ち込み可の宿では、自室の高い冷蔵庫の飲み物代を節約できるしな。近場のコンビニやスパーで購入して倹約するのも有りだからな」
「ホー、まさに生活の知恵だな。覚えておこう」
「マー、そんな事をしなくとも心のリラックスをすれば良いんだ。冒険者達にも言ったが、のんびりした時間を過ごす事を楽しむ。あれこれと決めて温泉旅行に行くと日常と変わらないからね。食事して温泉に入る。その時間を丁寧に楽しむのが一番じゃないかな」
「そう言うものかのー」
「周りの景色も見逃せないからなー。温泉を売りにしている宿はたいてい大浴場や露天風呂が有るから、絶景を眺めながら入る事が出来る所が多いんだ。ライトアップされた露天風呂も良いし、早朝や昼間の景色、もまたそれぞれの趣があるんだ。自然を眺めながら、川の音や鳥の声を聴いてお湯に浸かるというのも温泉ならではの醍醐味だな」
「リョウター、意外に熱く語るんだな」
「日本人には温泉好きが多いから、このぐらいは普通だよ」
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「しかしこの温泉と言うのですか。少し恥ずかしいかったんですけど、この解放感とお湯はたまりませんね」
「おまけにビジターセンターと言うのが出来てからは食事や演芸も楽しめるようになっているし」
「土魔法さまさまですな」
「これだけの施設が出来ているとは思いもよりませんでした」
「おっしゃる通りです。ホントここが、あの青き深淵の森だとはだれも思いませんよ」
「日本の方も、それなりに流行ってきているそうですよ」
「あぁ、聞いたよ。何でもキャンプ場が町はずれに有るのが良かったみたいだとリョウター様が言っていたんな」
「町長の田中さんですか? なかなか話の分かる人らしいですね」
「そうそう、こちらの事情にも明るくて驚きました」
「その事なんだが、かなりの勉強家らしいぞ。この世界の事もかなり調べ上げていたらしい」
「へー、こっちの領主様や政治家に聞かせてやりたいですねぇ」
「ところでさ。今度、領主がカルロヴィの町に来るって」
「領主のコンスタンタン・クロヴィス・クレマンソー?」
「そう、そいつ」
「アリーヌ、フルネームでよく知っているな」
「魔法学院に居たからね。王都でも悪い方で有名な伯爵だよ」
「残念ながら、貴族と言うのはお金の匂いがしなければほとんど近寄ってきません」
「貴族の周りが全部悪人とは言えませんが、たいていは状況を利用して甘い汁を吸おうとする人なんですからね」
「どこでも、まじめにやると損をするという事ですか」
「このままじゃ、代官のオーバン男爵は?」
「アァ、あの人ね。なんでも、ご先祖様が真面目にやり過ぎて王宮でしくじったそうだからね」
「何しろ相手は領主で伯爵なんですから。バレれば首でしょう」
「良い人なんだけどな」
「エェ、貴族ではまともな方です」
「アリーヌ、ごめんなさい。あなたの実家も貴族でしたね」
「良いよ。実家は貧乏暮らしの男爵家だし。その三女なんだから学院に行けただけでもラッキーだったからね」
「当節は貴族とは言え、中々暮らし辛いそうですからね」
「らしいな」
「ここの領主になる時も、かなりの金を使ったらしいよ」
「儲けを出すように頑張るでしょうね」
「フーン。なら、回収にも力を入れるわな」
「金の匂いがする処には、必ず現れると言う貴族様ですからね。おまけにセットで詐欺師や悪者もついて来ますから」
「なるほど」
「貴族といえど実力のない人ほどそうですね。金を欲しがるだけの人は、望ましくない人だというのがよく分かります」
「そして、領主のコンスタンタンも望まれない一人だということですね」
「隠せると思うー?」
「どうだろう?」
「無理だね」
「難しいかもしれませんね」
「マァ、領主なんだから町の噂も耳にするだろうし」
「伯爵なら、密偵や影の仕事をする者もいるかもしれない」
「だろうな。王家には暗部があると聞いたが」
「逃げるか?」
「無理」
「難しいかもしれませんね」
「やっぱり、何回答えを聞いても同じだな」
「あぁ見えても、ギルド長は口が堅い方だし、まぁまぁ信用できる。漏れる事は無い、とは思うが職員は分からない」
「小遣いの欲しい者は何処にでもいますからね」
「へびりんごごーごーですしねー」
「そうだ。青き深遠の森だからな」
「市場で売っちゃいましたからねぇ」
「その上、コショウ、塩、砂糖、上質な小麦粉が有る」
「漏れない訳が無い」
「無理」
「難しいかもしれませんね」
「逃げるか?」
「また、一緒の答えになったなー」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
いつもお読み頂ただき、有り難う御座います。残念ながら私事多用の為、休載とさせていただきます。よろしくお願いいたします。
キャンプ場から、世界征服する? しないの? @kato-
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