第39話 あれって?

 ※ ※ ※ ※ ※


 さて、話変わって俺っち達が使う部分はアッという間に完成した露天風呂である。あまりのリラッス感の為か、毎日朝晩の2度の温泉タイムが当たり前になってしまった。


 そしてアネットとエベリナからの要求は増え、道の駅にシャンプーとリンスを買いに走れ、やれバスタオルを買ってこいなど言い出している。この間などは湯上がりには浴衣が良い等々、何処で知識を仕入れて来るんだか……。 


 今では医学的にお薦め出来ないが、露天風呂で景色を見ながらお酒を飲みたいという事もおねだりする様になっている。古い雑誌の温泉シーンでも見たのだろうか、


 もちろん、入浴中のアルコールは厳禁としてある。のだが、以前話した通り、エベリナが湯船に入る前に3人に解毒の魔法を使用。


 世の中をナメとんのかなのだが、即座にノンアルコール状態になるので文句も言いづらい。ホントに魔法は理不尽である。


 マァ、かく言う俺っちも温泉を気に入ってしまったので、普通に露天風呂の横に建てられた東屋でお昼ご飯を食べている。職場に入り放題の源泉かけ流しの露天風呂が有るのだ。さっして欲しい。


「湯けむりと言うのは、情緒と言おうか風情があって良い物じゃなー」

「ほんに、ほんに」

「エベリナもアネットも、長湯するとのぼせるぞー!」

「もう少し」

「そうそう」

「メシにするぞ」

「「すぐに行く」」


 温泉の開湯のエピソードは、各地に有るがここは鉄板である。何しろレッドドラゴンの由来の霊験あらたかな湯なのだ。正真正銘、龍の湯だもんね。なにしろ、一日二回はレッドドラゴンが湯船に浸かっているんだから。


 尚、誤解を招くと何なので言っておくが、施設自体はチャンと男湯と女湯に分けてある。一つ湯船に入るのは、清掃の手間を減らす為でもあり、しょうがなく混浴にしたのだ。他意は無い。


 それに、2人の温泉初心者が居るのだ。初回のみのつもりであったが、どうやって温泉に入るかをアネットとエベリナに教授する為に、しょうがなく一緒に入ったのだ。入浴時の作法が有るからね。しょうがないんだ。


 とは言え案の定と言うか、アネットは毎回、広い浴場で走り回るは、湯船で泳ぐはで、したい放題である。


 エベリナの方はわりと温泉ルールを守っている。入浴前に酒を飲んだり(魔法で酔いを解決しているので注意したくとも言えないのだ)、湯船にタオルを入れたりするぐらいは見過ごす事にした。


 ただ、困った事に、全裸であってもまったく気にしない事だ。前も隠さず実に堂々としている。レッドドラゴンが、人化しているので当たり前だが、こちらが恥ずかしかったのは内緒で有る。


 ※ ※ ※ ※ ※


 青き深淵の森。キャンプ場から400メートほどの草原を挟んで様子をうかがう者達が居た。もちろん、安全確認の為で不審者ではない。はるばるカルロヴィの町から9日かけてやって来た冒険者達10人であった。


「やっと着いた」

「アァ、疲れた」

「エェ。あの時、シモナが言い忘れるから」

「モウ、次は無いですからね」

「ゴメンねー」


 冒険者達は白き塔から、慎重にキャンプ場に向かう。キャンプ場に近づくと、西側入口200メートルほどから2条の白煙が立ち昇るのが見えた。その一つは柱の様に噴き上げていたが暫くすると姿を消した。


「アレー? 何か変わってない?」

「白い煙が出てますね」

「結構な迫力だね」

「あれは、噴水かしら? 止まったようだけど」

「おかしな建物も有りますね」


「オイ、オイ、すぐに出ようとするなよ。警戒した方が良いんじゃないか?」

「モー。男と言うのはホント、度胸が無いんだから」

「でも……、あれは、なんか変ですよ」

「そうだ。そうだ」

「いいからいいから、行くんだよ!」

「あと少しだ。絶対にマヨネーズーを手に入るぞ」

「症状が進んでますね。ディアナ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 俺っちは、何時もの様に賢者の椅子と名付けた、普通のパイプ椅子に座っていた。場所は温泉施設の入口に移動しているが……。双眼鏡でジッと見ていたのだが、森の方でピューと何かが飛んで行くのが見えた。


 鳥でもなさそうなので、近くにいたアネットに聞いてみるとトロールの頭らしいとの事である。青き深淵の森が驚異の魔獣の世界であるという事を忘れてはならないのだ。結界に感謝である。


「たぶんだけど、オーガとやり合ったトロールが負けて首が刎ねられたんじゃない」

「フーン、トロールって再生能力が抜群じゃなかったっけ?」

「よく知ってるね。そうだよ、相手はオーガだと思うけど首狙いだったんじゃない。瞬殺しないと直ぐ再生しちゃうから」

「やっぱオーガって強いんだ。でも、ちょっと待ってくれ。エベリナがここに来た時、オーガ達を」

「そうだよ。でも、この森は直ぐに湧くからね」

「そうかー」

「レッドドラゴンなんだから、オーガなんてちょろい、ちょろい」

「ウム、別口のオーガがまた沸いたのであろう」


 そんな話をしていた時、ふと森の方に目を向けると前回と同じ、男女合わせて10人の冒険者達がやって来た。正直、よく来たなーという感想である。


 それはともかく、女の冒険者達(あれはディアナだなぁ)が先を進み、やや遅れて男達が後方を警戒しながら草原を越えてきた。


 キャンプ場のエリアには、エルフのミレナとロザーリアが張ってくれた結界魔法でキャンプ場に魔獣は寄ってこない。俺っちは、魔よけの指輪を付けているが、あまり強力な魔獣に効力は無いそうだ。


 結界魔法に+で安全なはずなのだ。マァ、アネットとエベリナが居れば、オーガだろうが何だろうがシュパッとチュドーンと一瞬で決着が着くはずだ。


 それに、温泉に入って気が緩んだエベリナからは、絶対的王者による無意志の威圧が溢れ出ており魔獣等、近づくはずも無いとの事だ。


 ※ ※ ※ ※ ※


「「「アネット様も、エベリナ様もこんにちは!」」」

「マヨネーズ~」

「オ、オゥ」

「リョウター様、元気してた?」

「ヤア! 久しぶり。まあまあかなー」

「お久ー」

「暫らくぶりじゃな」


「ところで、これは何ですか?」

「よく気が付いたな」

「イヤ、こんなに大きいんだもの。普通に気付くから」

「変な煙が出来ているけど?」

「水を溜めているんですか?」

「マヨネーズは、どこ?」


「オイ。また女達は、深遠の森の賢者様と普通に喋っているぞ」

「そうだなぁ」

「いい度胸しているよな」

「でも、リョウター様は、賢者の威厳と言うか迫力と言うのが足りない気がしますね」

「イヤ、あれはわざとに違いない。油断するな」

「ですです。妖精は気まぐれだそうですから、居ても良いかも知れません。ですが、レッドドラゴンがいますからね。まったく信じられませんよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「リョーター様、ここはいったい?」

「良いだろうー、お風呂だよ。しかもここは、露天風呂と言う温泉施設なんだよ」

「露天風呂? という事は……これは野外の風呂なのか?」

「マァ、ほぼほぼ、合っているけど。源泉を当てたからね。お湯が泉のように湧き出しているんだ、それを溜めてお風呂にしたんだ」

「聞いた事があります。温泉が出たのでしょうか?」

「知っているじゃないか。そうだよ、お湯の泉。温泉だよ。それも自家温泉で聞いて驚くなよ。源泉かけ流しなんだ」

「驚くなって、驚きましたよ」

「王都にいた時に聞いた事が有るんです。白煙の正体は温泉なんですね」

「白煙と言うのは湯けむりだね。吹きあがる方は、間欠泉とか噴泉とか言うらしいよ。よう知らんけど」


 自然湧出する際に、噴水のように噴出しているような源泉を、噴泉と言うそうだ。ドラゴンビームで掘り当てたとはいえ世が世なら、クラドノ国の指定天然記念物にもなるかも知れん。あと、一定間隔をおいて噴出する方を間欠泉と言うらしい。


 ここの間欠泉は、約50分おきに、吹き上げている。気を付けておきたいのは風向きによっては熱水が降りかかって来るので、傘などが必要となる。安全距離が必要だという事だね。


 噴出する仕組みは、空洞説と垂直管説という2つの説がある。空洞説は、地下にある空洞に水がたまり、温度上昇により水が沸騰し噴出してまた空洞に戻るというサイクルが起こるという説。

 

 垂直管説は、地下が垂直な管状になっていて、その下にある溜まり水が熱せられて沸騰し吹き出すという説である。


 熱水が、一定周期で繰り返すという事だし、エベリナのピカッとかスパッとかが原因だと思うから、後者の説だと思うんだがね~。


 尚、今一つの源泉は地道にだが、それでいて普通にブクブクとお湯を出し続けている働き者である。


 ※ ※ ※ ※ ※


 田中町長の言う通り、ここは温泉が出たら良いだろうというドンピシャの場所である。高原の温泉付きキャンプ場となれば、来春の再オープンの目玉と言うのも納得である。なにしろロケーションが良いからね。


 自噴している温泉の湯量はだいたいだが、毎分あたり家庭用の湯船5から6杯ぐらいだろうか。毎分1000リットルあれば十分に源泉かけ流しと言っても良いらしい。なにしろ湯量が60か70リットルでかけ流し温泉場と言えるそうだからね。


 ボーリング調査もせずに一発(実際はドラゴンビーム3発だけど)で掘り当てたんだ。マァ、ボーリング費用は0円だし、使えるうちに使おうという事で施設を整備したようなものである。


 文句が有るとすれば、地下にどれぐらいの温泉が溜まっているのかは分からないので何時枯渇して止まるか分からないぐらいである。


 さて、肝心の泉質であるが、なめてみるとしょっぱ。やはり塩化物泉であろう。塩化物泉とは食塩泉とも言われる。日本での源泉の4分の1は塩化物泉らしい。塩化物泉と言うのは、ポカポカと保温効果の高い温泉である。


 効果と言えば、温泉であるからして心身をリラックスさせ、副交感神経が優位になる。他の泉質と比べると作用が穏やかで、湯あたりも少なくらしく普通にイメージする温泉である。


 らしいとしたが、詳しい情報は田中町長が保健所にサンプルを持ち込んでいるから、後の判定待ちである。よく源泉かけ流しの湯とか温泉場に掲げてある表で、成分表の事なんじゃないかなーと思う。


 これで、この温泉の霊験あらたかな薬効が分かるのだろう。そんな事を、思っていた時に冒険者達がやって来たのだ。


「へー、温泉場かー」

「湧き出たお湯につかると傷やケガに良いそうだ」

「話には聞いた事が有りますが、こんなに立派な施設なんですね」

「アァ、湯に入るだけだというのに、随分と大そうな物だな」

「イヤ、これ日本仕様の建物でな、日本人と言うのは温泉に対する思い入れが違うんだよ」

「そうなんですか」

「マァ、細かい事は良いから。ここまで来たんだ。せっかくだから温泉に入って行くかい?」

「物は試しと言いますからね。私達は入ります」

「さすが、女性陣は即断即決だね。じゃ、俺達も入るか」

「もちろんです」

「じゃ、温泉には入浴ルールがあるからな。女湯はアネットとエベリナ。男湯は俺っちと付き合ってくれ」

「オヤ、リョウター。今日は一緒に女湯に入らんのか?」

「「「エー!」」」


 結局、混浴では無いという事は分かってもらえたようで、冒険者達も男女に分かれて温泉入浴を楽しんだのだ。俺っちは、何時もの様に堂々と女湯に入って行く事が出来た。マァ、みんなが出た後の清掃をしにだがね。


 この温泉はエベリナが造ったとは言え準公共物である……と思う。ならば、入浴施設には清潔さは必要不可欠となる。だが季節がら、落ち葉なんてのが入っている事が結構有るんだ。


 正直、源泉かけ流しと言え、ほっておけば湯垢が溜まる。実際、湯を落とした後の清掃がめんどいなと思っていたんだ。


 ところがエベリナの一言で問題が解決した。なんと、エベリナがクリーンの魔法をかけてくれるのでブラシでゴシゴシは無くても良くなったのだ。クリーンの魔法で世話いらずであると聞いた途端、思わずカレー優先券をもう一枚出してしまった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「女性陣には、この間のロッジのお化粧セットを渡しておくから適当に使ってね。男性陣には、湯上りには冷え冷えのビールをどうぞ」

「ジー」

「もちろん、女性陣にもお出しします」


「前に来た時には、エールの良さが分からんリョウター様だと思ったが」

「湯上りの冷えたビールの良さが分かりました」

「ホンに、ホンに」

「ですが、アネット様に聞くとビン牛乳の方が美味いとか」

「イヤイヤ、エベリナ様はフルーツ牛乳なる物が至高だと」

「何だか奥が深い話だな」


「この湯は、キズやケガにも良いそうですよ」

「ホー、そうなのか」

「リョウター様が仰ってましたが、湯冷めしにくくて殺菌作用があるそうです」

「殺菌?」

「菌がどんな物かは知りませんが、賢者曰く、体に悪さをする小さな虫だそうです」

「フーン。マァ、体に良いという事だな」

「エェ、そんな感じです」


「確かに、この露天風呂と言うのか。解放感はたまらんなぁ」

「そうですね。癒されます」

「石を旨い具合に並べて湯船にしてあるんだな」

「湯船の床もそうですが、洗い場の床も滑り止めなんでしょうか、適度にざらついてますね」

「オォ、そうだな。さすがシーフは見る所が違うな」


「お湯の吹き出し口? ドラゴンの彫刻みたいの。あれってミスリムじゃないか?」

「まさかー」

「イヤイヤ、周りは魔石ですよ。絶対にミスリムですよ」


「お湯の量もかなりあるぞ」

「そうだな。もしも風呂の為に水を沸かすとしたら、すごい金額になるなぁ」

「そうですねぇ。リョウター様が仰るには源泉かけ流しとか言うそうです」

「フーン」

「荷運びにヒーヒー言わされた腰にも良さそうだ」

「まったくです」


「女達ですが、今度は何を持って来たんでしょう」

「雑貨屋の店主に頼んであったようだ。本とか古い書付とかだったと思うぞ」

「同じ古くと言っても、俺達は破棄するような剣と盾だったが」

「それも、山ほどな」

「重かったな~」

「あれはみんな、ギルドの破棄品みたいですよ。カウンターの奴が言ってました。マスターがえらく喜んでいたとね」

「そうなのか」

「物々交換でもするつもりなんでしょうか?」

「さあな?」


「オ! 男性の皆さんお揃いですね。お邪魔しますね」

「どうぞ、どうぞ、リョウター様」

「では、失礼して。フー、良い湯ですね」

「本当ですね」

「ここは静けさが取り得なんですよ。人間は私達だけ、何もしない、何も考えない時間、あえてそんな時間を楽しんでいるんですよ」

「ウンウン」

「青き深遠の森の木々を通り抜ける清浄な風が枝を揺らし、木の葉がこすれる音がする。鳥の鳴き声を聞き、森の風の中に身を置いてみる。ねー最高じゃないですか」

「さすが、リョウター様は仰る事が詩的ですね」

「露天風呂と言うのは解放感にあふれていますから、インスピレーションも湧くんですかね」


「ところで、この間のへびりんごーごーはいかがでした?」

「完売でした。それも、あっという間に」

「ホー。なるほど、なるほど。では、次も期待できますね」

「エ!良いんですか?」

「もちろんですとも。そうそう、摘み取り時には捕まらないように気を付けて下さいね」

「ハイ、自分達はマヌケではありませんから」

「……フォフォフォ。では、私の取り分は前回と同じ30パーセントでよろしいですか」

「20でどうですか?」

「イヤイヤ、なかなか難しいですね」

「そこを何とか」

「大自然の中、温泉に入って無粋な話も何です。25でどうです」

「そうですね。了解しました。今度、お会いした時にお渡しします」

「では、お金には使いやすいように小銭も入れて下さいね。期待しておりますよ」

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