第38話 身体強化だってさ。

 ※ ※ ※ ※ ※


 結局、ギルド内を30分ほどウロウロし、買取カウンターでコショウの1瓶売っただけで表に出た。次は食事処である。幾らも歩かずいつも行くと言う食堂に着く。冒険者ギルドの近くは武器屋に食堂。安い宿屋も有るようだ。需要と供給である。


「リョウター様には、いつもお世話になっております。この店の支払いは私どもツアーズにお任せください」

「エ、良いの。悪いねー。じゃ、アネットもエベリナもご馳走になろうか」

「わーい!」

「かたじけない。馳走になる」

「イエイエ、よろしいんですわよ」

「サ、サ、遠慮なさらず」

「肉を切らせて骨を切ると言う話ですから。ア! もちろん、冗談です」


 この食堂にはメニューは無い。逆にそれ美味しいのと尋ねられた。なるほど、庶民的な食堂である。しかし、常連ともなれば店側もそれなりに気を使うはずだ。量が多めとかね。


 季節の物が並ぶ事も多い。例えば肉がほとんど無い豆のスープであっても、量が増えたり収穫直後の新しい豆が入れられたりするのだ。


 健康の為か、料理の味付けは薄く素朴な感じだし、エコの為だろう多少傷んでいようが食材が無駄なく使われていた。


 もちろん、3人とも出された物はすべからく美味しく頂いたのである。文句を言うなんてとんでもない事である。


 パンは年中、堅パンである。日本ではお高いライ麦や全粒粉等を彷彿とさせるパンである。そうそう、エールも常温であった。


「ごちそうさま」

「食べたー」

「馳走にあいなったな」

「ところでシモナさん。この間のへびりんごーごーとポップコーンの販売方法指導料の話、覚えておられますよね」

「さー? 何の事だろう」

「とぼけても無駄ですよ。露店は大成功。既に良い値で完売されたと男性冒険者に聞いておりますので」

「あいつら、今度締め上げてやる」


「ホホホ、もちろんです。今思い出しました。確か20パーセントでしたね」

「イエイエ、ご冗談を30パーセントですよ」

「覚えていましたか。私も冗談ですよ」

「そうですよねー」

「分かりました。後で計算してお渡しいたします」


「で、代金の支払いについてなんですけど」

「エェ、もちろん現金を」

「イエイエ、そうではないのですよ」

「???」

「現金ではなく銀食器や銀の宝飾品でお願いしようと思いましてね」

「銀製品ですか」

「エェ、銀食器だけでは無く、日常品や民芸品と言う感じの物で」

「ハァ」


「では、代わりと言っては何なんですが一つお願いが有るんです」

「キャンプ場にお邪魔したいんです」

「マヨネーズが……」

「若干、一名が不幸な事に禁断症状が進んでおりまして」

「お願いします。助けてやって下さい」


「ひょっとして、ディアナが、そうか。も、もちろん用意するよ」

「ありがとうございます」

「後、交易品やお土産も持って行きますね」

「でも、この間の様なビーズやガラス玉はいらないかなってーね」


 俺っちは日本側でも円に交換可能かなと思える物を希望した。探す商品によっては、手数料や手間などが増えて、かなりの割高になるのではと言われたが、それよりも交換可能な商品が必要なのだ。金は税金が問題だし剣は銃刀法違反だ。


「リョウター様は、楯とか剣が好きだそうだな?」

「エェ、少し」

「リョウター、隠すでない。冒険者達の言う通り、この間の鈍らさえムフフと言っておったじゃろう」

「そうそう、喜んでたよ」

「まぁまぁかな。好きは好きだけど……それが?」

「その、楯と剣。古風な出物が有るんです。私どもが手に入れましょうか」

「エー良いの?」

「構わんよ、マヨネーズと交換なら」

「ディアナは黙っていて」

「いいんですよ。いつもお世話になっておりますもの。ここは、任して下さい。オホホホ」

「本当の話、武具は入手困難なんですよー」

「そうなんだ。この町に住む者以外は武具の販売できない決まりなんだ」

「エェ、剣の一本ぐらいならお目こぼしが有るけど、領主様が販売を禁止しているの」

「フーン、そうなんだ。悪いなー。次、キャンプ場に来たらサービスするよ」

「必ず手に入れて持って行きますから、安心してください!」


 ※ ※ ※ ※ ※


 今回のお散歩では、ユーチュー〇ーで行けるほどコンテンツは溜まっていない。流石に、スマホを出して撮影するのは憚られる。


 その為、カゴの中に入れて隠しているので撮影目線が低いしジンバルも使って無いので画像が揺れる、揺れる。で、撮れるのは静止画だけである。マァ、これはこれで味が有るのだが動画配信には向かないだろうな。


「リョウター、お泊りしようか」

「ダメだ」

「エーン」

「お泊りなどと紛らわしい言い方をするな」

「だってー」

「明日は給料日なんだから、帰るの。また今度な」

「フーン」


 北東にある冒険者用の通用門まで見送ってもらった。北門から帰るより丘までは、少しだけ距離が減るらしい。


 転送陣を発動してキャンプ場に帰ってきた訳だが、エベリナには努めて魔法を使うように勧められた。それと言うのも、使えば使うほど転送陣で移動出来る範囲が増えるし物の量も多くなるそうである。


 他の魔法も同様で習熟度によって増えるという事である。レベルアップも可能なのかな?


 ※ ※ ※ ※ ※


「上手くいったね」

「エェ、グッドタイミングでした」

「ホント。これで、ギルドの剣と盾を処分できます」

「シモナ、あんた商売上手だね」

「イレナには、負けますよ」

「そうかなー。チョットだけ脚色しただけなんだけど」

「イヤ、冒険辞めても、商人でやっていけるよ」

「そうですよ。次から次へと、あんな話が出来るんですもの」


「しかし、また9日かけてキャンプ場か」

「エェ、深淵の森を往復です」

「なぁ、シモナ。ちょっと気になったんだが」

「ン、ディアナどうした?」

「リョーター様達は散歩なんだよな」

「アァ、そう聞いた」

「じゃぁさ、せいぜい半日だよね」

「ウン、そうだろうね。ディアナの言う通りだよ」

「で、私達は?」

「往復18日」

「だよねぇ。じゃ、この間相談したよね。頼めばよかったのに」

「アリーヌ、どういう事?」

「転送魔法陣だよ」

「だから、リョーター様に転送魔法陣で迎えに来てもらうようにさ。頼めば良かったんじゃない」

「アー! 忘れてたー!」

「やっぱりか」

「ワォー。知ってたら、教えてよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「いけない、遅れそうだ」


 今日はお給料日。役場での支給である。今時はバイトでも振り込みが多いらしいが、このあおい町では現金でお支払も選べるのだ。


もちろん、振込されてもすぐ降ろすし、時間外だと引き出し手数料も当然ながらかかるので生活の知恵である。で、役場で頂くお給料だが役場は5時で終業、お金のやり取りは4時45分までと決められている。


 今、印鑑を取りながら見た事務所の電波時計の針は4時35分をさしている。事務所の時計は滅多に狂わない自動調整型の電波時計である。


 この時計はキャンプ場の時間設定の親玉である。キャンプ場のオープン・クローズ、従業員のタイムカードや機械類の設定等に使用される為、正確に時を刻んでいると教えてもらっている。


 役場までは、バイクで急いでも信号込みなら最低20分はかかる。歩きなら下りの道が多いので1時間と少し。これでは制限時間を越えて余裕でアウトである。役場は土日休みだ。月曜日まで待つか?


 でも、口座の残額も気になるからな。マァ、行くだけは行ってみるが……。ダメだろうなと思った瞬間、フッと景色が変わったのである。


「オ、驚いた。森君、いつの間に来たんだ」

「今日はお給料日でいいですよね」

「アァ、そうだとも。4時38分か。セーフだね」

「エ、4時38分? キャンプ場の時計が進んでいたのかな」


「じゃ、印鑑持って来たね。お金はここに入っているよ。確認してね。サインはここ。じゃ、またね」

「あのー、今なん時ですか?」

「森君、おかしな事を言うね。4時42分だけど、目の前に時計があるでしょ」

「エェ、そうですね。4時42分ですねぇ」


 確かに、この置き時計のデジタル表示も4時43分に変わったところである。支払い担当者の流れるような役所仕事に、少し感激しながら考えてみる。


 絶対に45分過ぎだと思っていたが、セーフだったみたいだ。役場の壁にかかっている時計を再度見ると4時43分を指している。


「ありがとうございました。また、よろしくお願いします」

「アァ、またね」


 と言って、来客駐車場に向かうがバイクが置いて無い。大変だ。盗まれたと思ったが、ちょっと待てよ。ここまでバイクで来た記憶が無かった。


 役場の来客用駐車場は終業したのか、止めてある自転車もバイクも無くガランとしていた。さすがに、この若さでボケた訳でも無いだろう。


「ひょっとしたら、バイクに乗らないでここまで来たのか?」


 秋の日は釣瓶落とし。何かおかしいと思いながら、暗くなり始めた山道を役場からキャンプ場まで1時間半かけて歩いて帰ったんだ。


 思った通りバイクはキャンプ場の事務所横に置いてあった。そしてイヤーな汗が額から流れる。


 5キロを3分? 5000メーターを180秒で移動した? 坂道だし暗いし、仮に4000メーターを200秒としても秒速20メートルだと! 時速72キロではないか!


 気象庁の示す風の強さと吹き方によれば、風速20メートルの風は非常に強い風とされ、風に吹き飛ばされた飛来物で負傷するおそれがある非常に危険な風速域なのだ。


 ウーム。もし、そんな速度となればガゼルや野ウサギの疾走ぐらいになる。人類であるウサイン・ボルトさんが時速38キロだぞ。


 空気との摩擦熱により衣服が火を噴くという事は無いかも知れないが、着ている衣服が飛ばされる可能性は有るだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ゴハン、ゴハンー」

「アネット、今はそれどころじゃない。どうしてこうなったんだ!」


 アネットに、掻い摘んで話をしてみた。


「リョウターは、魔法の指輪を持っているよね」

「アァ、指輪には魔よけの効果があるそうだからな」

「言わなかったかな? エベリナが魔法陣書き加えていたでしょ。あの時だよー」

「エベリナー! ちょっとー!」

「なにようじゃ? 大声を上げよって、モー良い所なのに。ゴハンが出来たのかー」

「いいから、アネットが言っていたんだが魔法の指輪に描き加えたという」

「なんじゃ、そんな事か。身体強化の設定じゃ。そう言えばアネットも何やら描いて足しておった。さすがは妖精じゃな。凝った魔法陣じゃったぞ」


「ウン。それって、身体強化なのか?」

「当たりかな?」

「魔法の指輪は、妾達が住まう世界では身体強化魔法を作りだしているので可能じゃ」

「ウ、ウン」

「リョウターが生まれ育った日本と言う世界では使えぬ魔法となる」

「ウン」

「で、指輪を見た時閃いたのじゃ」

「俺っちは身体強化が出来るのか? やったー!」

「待て待て、そう簡単では無い。身体強化の種類も色々ある。リョーターには素早さを書き加えたのじゃ」

「アネット、エベリナが言っている素早さってなんだ?」

「アァ、それね。それはねー。スピードとか反射神経を操るの」

「スピード?」

「そう。リョウターの住む日本だっけ。その人達はできないけど、こっちの人族では使える人もいるの」

「それって……」

「騎士が多いかなー。魔獣を片付けないといけないからね」

「体を堅くするんじゃ。下手な者は、皮膚の固さを間違えて鋼のようにして倒れる者もおる」

「皮膚? それって皮膚呼吸が困難になるのかな?」

「イヤ、バランスを崩してな」

「へ」

「後、骨を強くしたりする事も有る」

「ウンウン。待て待て! 全能力が上がる訳では無いと。俺っちは、どうなっているんだ!」

「リョウターは少しだけど、肉体が強化出来るの。そうでないと動きの速い魔獣に食べられちゃうかもしれないからね

「オゥ……」

「体感としては、他者や魔獣の動きがゆっくりした感じになる感じなのかなー」

「よう分からんけど、加速が出来るのかー!」

「そうなのかなー。でも、動きが素早くなったりするね」

「よくわかんないけど」

「口をはさむ様じゃが、ほれ、生き物と言うのは十全にパワーを出しておらんと、言われるじゃろ。これが曲者でな。力を生み出す肉?」

「筋肉の事か」

「そう、それよ。その筋肉の隙間に魔素が干渉して入り込むのじゃ」

「エベリナ、説明ありがとう。でも分からん。えらいこっちゃと言うのは分かるが……」


「そうか、分からんか。ここでも肉体改造ぐらいは常識として習っておると思ったがな」

「ナイナイ!」

「フム、簡単に言えば、肉体の改変というのは時空連続体の歪みから隙間を見つけてだなー」

「もうその話はいいから。しかし、役場まで6キロぐらいあるんだぞ」

「だからー」

「俺っちは高速移動体だという事だな」

「なんじゃ、分かっておるではないか。だが、燃えやすい生地の服だと火が出るかも知れん。お主の世界、つまり日本がある世界では魔素が本当に少なく0に近いのじゃ。補充も出来んしな。だから、1時間を超える移動をするとひどく疲れるはずじゃ。気を付けよ」

「秒速20センチ。3分間じゃない? ……それって服が燃える速さ?」

「アァ、言うておろうが」

「慣れれば5倍。いや、訓練次第では10倍も可能かも知れん」

「それも1時間の移動も可能だと……人じゃない」

「だから、気を付けておくが良い。目的地に着いたのは良いが、パタッとでは不都合じゃろう」

「パタッとどうなるんだ?」

「ン」

「……イヤ、返事はいい。何となく分かっているから」


 俺っちは転移能力でも身に付いたと思ったが、どうやら身体強化のおかげで高速移動体になるという事だ。おそらくだが、初めての体験あるあるで、脳の処理が追い付かなかったの出ないかと言われた。


 何の事は無い、役場まで記憶に残らないほど一生懸命に猛スピード走っていたという事らしい。記憶維持の方は訓練で修正されるらしいが、それはそれで凄い事なんだろうけど疲れた訳だ。


 話を究明したら力尽きたので、手早く出来るインスタントラーメンと、エベリナが気にいったという納豆を用意した。今回メニューはリクエストされた。さすがにパスタを出しすぎていたらしく飽きたらしい。


 エベリナが何故、身体強化魔法を書き加えたかだが、メシを作る時間。ありていにいえばご飯を食べたいと思ったら俺っちが即座に出来るようにしたかった為らしい。確かに、作業時間の短縮は有ったけどねー。


 もちろん、身体強化を使って用意を整えて1分後に頂きますをしたんだが……。インスタントラーメンだから3分の時間は変わらないから。


「ついでに言っておくけど、認識阻害の魔法も刻んどいたからね」

「エ? 今頃、言うの?」

「さっきまで、忘れてた」

「エー!」

「森の周辺では、低レベルの魔獣も結構多いからね。魔よけに+の効果が有るしね」

「そ、そうだな。なら良いか」

「アネット達、妖精の得意分野じゃな」

「私一人なら、赤ずきんを被れば見えなくなるし、エベリナは不可視の魔法が有るけど……。リョウターはねー」

「なるほど。そう言う事か」

「でね、リョーターを見ても道に迷うほど強力ではなく、姿や顔を忘れやすくするぐらいの弱いやつをね。でも、見知った人や鋭い人にはあまり効かないから」

「ホー」

「だけどね、町の市場や食堂なんかで自動発動していたよ」

「へー」

「冒険者ギルドで覚えているのは、ギルドマスターと渋そうな冒険者の2・3人ぐらいかなー? 後は、ツアーズ達かな」

「そうなんだぁ。変化の術が解けるとヤバいって言ってたけど、少し安心したわ」

「マァ、人間色々あるから」

「何が色々だ。でもまぁ、身体強化も認識阻害も便利そうだし有りかも知れんな」

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