第37話 カルロヴィの町での散策?

 ※ ※ ※ ※ ※


 で、幸か不幸か、神のなせる悪戯か、はたまた偶然なのか? 丁度、通りの人波が途絶えて3人の姿が現れた。カルロヴィの町に散歩に出たリョウター達と冒険者ツアーズ5人のパーティーは、市場へと続く道で運命的な再開をする事になる。


「ア! 向こうから来るのリョウター様じゃないかな」

「「エ!」」

「「オゥ!」」


「オィオィ、まさか」

「ウン、そうだな」

「でも、なんで下男の恰好をしているんだろ」

「分からないねー」

「取り敢えず、声をかけてみようか」


「ハーイ、皆。元気してた?」

「ゲ! アネット様」

「エ! いつの間に後ろに、私シーフなのに」

「さすが、神出鬼没と言われる妖精ですね。気配が全くありませんでした」

「フー。皆、落ちついて」


「み、皆様方、ごきげんようです。リョーター様、このような所でお目に掛かれるとは、何かあったのですか?」

「特にないけど、強いて言えばヒマなんで散歩かな?」

「散歩って。ここ、キャンプ場から、8日間かかるんですよ」

「イヤ、イヤ、違うよ。俺っちの転送陣でピュッとね」

「ホー」

「リョーター様の転送陣でピュッとですか」

「それは何とも……」


「ウン、それで3人そろってお散歩していたんだ」

「お散歩、お散歩。ルンルン」

「アネット。はしゃぐでは無いと言うておろうが」

「そうなんですね。で、リョウター様の恰好は?」

「リョウターは下男で荷物持ちなの」

「下男なんですか?」

「変化の術なの。リョウターは下男の格好が好きなの」

「フーン。アネット、俺っちはいつの間に下男の恰好が好きで、荷物持ちになったんだ」

「そのカゴには、市場で買った焼肉の串一で杯だよ」

「ムムム、確かに」

「2人とも静かにせんか! 変化の術が解けると言うておろうに」


「オイオイ、聞いたか。今の話」

「アァ、聞いた」

「リョウター様は、この町に魔法陣で皆さまと散歩しに来たんだとよ」

「エベリナ様は町女で、アネット様はその娘らしい」

「変化の術は姿も変えれるらしいぞ」

「そうらしいな」

「ウーン。これはまた、変化の術とは珍しい高等魔法を……」

「アリーヌ、そんなに?」

「エェ、王国でも使える者はわずかだと思います」

「オィオィ、今聞いたら、魔法の指輪をアップグレード。つまり、魔法呪文を描きなおしたと」

「ホー!」


「しかし、目立たないようにでしょうが、完璧な下男の姿と言うのが凄いですね」

「大森林の賢者と言われる方が、下男に身をやつすとは中々出来る事では無いな」

「ウム。さすがだな」

「フフッ。これで、マヨネーズが手に入るかも……」

「リディア、ブツブツ行ってないで。皆も付いていきますよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 俺っち達は、カルロヴィの町での散策を兼ねて軽くお買物である。予定では市場と冒険者ギルドを訪れる。マァ、カルロヴィの町の観光である。途中、お食事体験を取るつもりである。


 まだまだ、お土産を購入する予定なのでカゴの中の串焼きは、人目を避けてエベリナのストレージの中に入れた。尚、食事処は冒険者達の行きつけの町の食堂となったのである。


 偶然出会ったツアーズの皆さんには、代わる代わるガイドを頼んだ。地元民だからね。流石に、8人が一緒に動くと言うのも目立つのだが、良い所の町女と女の子に下男であるから、護衛の為に雇われた冒険者達であると思われているようだ。


 当然、異世界経験が0である俺っちは、見る物、聞く物。すべてが珍しく、異世界感に溢れていた。だが、異世界とはいえ人間の本質や喜怒哀楽感と言うのはあまり変わらないようだ。


「猫耳は見当たらない。フーム、居ないのだが目の前の異世界の光景を見ているとそうも言えないな」

「リョウター、どうしたの?」

「周りを見ていたんだ。面白いなあーって」

「フーン」

「スマホを持って来たんだけどな。マァ、居なければしょうがない。人気の少ない所で建物を写すぐらいで我慢するかな」

「それで、猫耳と言うのは?」

「獣人達の事だと思うけど」

「じゃ、あの人達だね」

「アー、いるんだ」

「そこにな。リョウター様、そんなにやけた顔をしてどうしたんだ?」

「エェ、何でもありませんよー。良いもん見たと思っただけで他意は無いよ」

「フーン。じゃ、市場を見て廻るのじゃ」


 「その者の事を知れたければ、食を見よ」と言う言葉があるかどうか知らないが、その国の市場に行くと人々の暮らし向きが良く分かると言う。カルロヴィの町の東西4カ所にある広場はいずれも市場が開かれており、町は繁栄していると言って良い。


 訪れた神殿前の北広場は喧騒に溢れていた。やはり、異世界の人々は太陽と共に暮らしているのだろう。市場の売り買いも午前中が主体のようだ。


 お昼まで後1時間ほどだろうか、ここを先途とばかり売る商人と、負けじと挑む奥さん達。市場のあちこちから聞こえる声は、高いとか負けられない等、至極庶民的な話題だった。


「あれは、ハチミツの看板かな。やけに小さな入れ物に入っているみたいだが」

「ハチミツは、貴重な甘味だからな。値も張るんじゃないかな?」

「あれ、美味しいよね」

「アンネット、買うのは少しだけだぞ」

「分かったー?」

「分からいでか。よだれを垂らして見ているんだからな」

「そう言えば、何時ぞやクマの執事さんが来て、ハニーカステラの切り出しを凄く喜んでいたな」

「熊系の人は、好物だと言う人は多いよ。お土産に買おうよー」

「ハハハ、妾も久しぶりじゃ。何か旨そうな物が有ると良いがな」


 チャンとなろう系のお話にあるように、やはり、砂糖は有るらしいが甘く真っ白ではない。それに要予約の特注品らしく、露店で売るような物では無いそうだ。王国において市場と言うものは、すべからず食に行政が深くかかわっており一種の統制経済である様だ。


 市場に近づくにつれて路地売の屋台も増えてきた。商人達の売り物は、菜物や肉や脂身、乳等の発酵食品と様々である。焼いたパンも置かれているが、最近まで決められたパン焼き場でしか購入できなかったと教えられた。


 穀物は各種売られている。貴族用の小麦の他、ライ麦、燕麦、大麦、いわゆる豆や雑穀なども樽に盛られて置いてある。やはり、製粉された白い小麦粉は値も高く、パンの消費量より麦粥の方が断然多いと言っていた。


 樽に詰められたワインを売る者がいる。聖者の血の様に赤いよと言う売り声にはいささか引いた。食べ物以外では、日用雑貨やちょっとした小間物が並び、買い手は熱心に品定めをしている。そうかと思えば、一目で冷やかしと分かる者もいる。


 町の市場は活気にあふれており、それなりにゴミも出ている。所々にゴミ置き場が有り、市場が終わったらゴミ捨て場に持って行くそうだ。


 やはり、プラスチックやビニール等の自然に分解できない物は少なく、有ったとしても陶器の割れた物などで、ちゃんと最後まで無駄なく使おうという感じだ。


「今日は、エコバックを忘れたからこれ以上のお土産は無しな」

「「ガーン」」

「また、二人とも余計な言葉を覚えて……」

「ならば、また妾の空間魔法で」

「イヤイヤ、こんな目立つところで使うなよ。次、行くぞ」

「でもね。エコバッグって目立つんじゃないのー」

「そうじゃな。カゴや袋は自然素材じゃからな」

「そうだなー。じゃ、もう一つ買うか」

「カゴを買う時には底の端切れを忘れんようにな」

「よく分からんが? 串焼きみたいに葉っぱで包んでくれるんじゃないのか?」

「豆など細かい物を買ったらそのまま渡されるぞ。カゴに入れられて歩く度にまき散らしながらになるからな」

「ホー、エベリナ。詳しんだな」


「それはともかく、エベリナをよけている者がいるな」

「勘の鋭い者は、無意識に避けておるのじゃろう」

「放し飼いの豚が逃げていく?」

「人族よりは野生の勘が残っておるからのう」

「いずれは豚肉になるのか」

「牛の肉は、まず無いな。多くは豚じゃな」

「じゃ、さっきの豚は野良豚じゃなくて地域豚っていう事か」

「干し肉は堅いから、土産にするならチーズぐらいかな」

「沢山の種類があるねー」


 ※ ※ ※ ※ ※


「次は、冒険者ギルドでしたね」

「ハイ、お願いします」


 ツアーズの皆が前後左右について人ごみの中を案内してくれる。武具屋の多い通りだなと思っていたら、赤い色をした盾の中に2本の交わった剣が印だと言う冒険者ギルドが見えてきた。


 冒険者ギルドの建物は、城壁と同じ時期に建設されたらしく歴史ある建物である。カルロヴィの町には現在支所も併せて4ヶ所が市中にあり、その内の一番大きな冒険者ギルド本部へ連れて行くそうだ。


 確かに、見た目は堅固な小要塞のような石造りで、謂れを聞くに、青き深淵の森の開発初期に魔獣の攻撃に耐えられるように造られたとの事だった。


「カルロヴィの町の冒険者ギルド本部は初めてですか?」

「エェ、冒険者ギルド自体が初めてなんです」

「そうですか」


 3人ともギルド訪問は初めてである。エベリナは、昔この町に来た事が有るが、ギルドの中に入った事は無いようだ。アネットは妖精なのであまり人里に近づく事は無い。そして、俺っちは当然ながら異世界の経験など無い。


 さて、冒険者ギルドに足を入れる。俺っち達の姿形は親子のような女子供と下男である。一癖ありそうな男達がめをむけた。3人を見て場違いだと思う者も居ただろうが、ツアーズと一緒なので依頼者を案内してきたと思ったようだ。


 依頼主となれば冒険者達にとってはお客さんである。よって、悪質な冒険者による意地悪と言うテンプレは無い。アネットが対面の報告カウンターかな? 受付嬢の前の列をすり抜けてウロウロしても、奇異の目では見ても、ちょっかいをするような者はいない。


 俺っちは、興味津々で広い部屋の壁一面に貼られた依頼ボードを伺う。ウン、依頼票の字が読めてラッキーである。フムフム、下の方は古くなった依頼と常時受け付けだな。


「ホヘー。依頼って本当にあるんだ」

「リョウター、あまりウロウロするでない。恥ずかしいではないか」

「でもなー。ボードにはオーク討伐とか薬草採取とか貼ってあるんだぞ」

「静かにせんか」

「そうだよ! リョウター」

「オォ、ごめんごめん。アネットにまで叱られてしまった。そうそう、コショウの買取はと?」


 ※ ※ ※ ※ ※


 ギルドマスターのイアサント・フェリシアン・ショモンにとっては、人生で最悪の日となった。そう、偶々、買取カウンターを通りかかった時、コショウを売りたいと言ってきた女子供と下男のグループがいたのだった。


 この間から、コショウがこのギルドに持ち込まれるようになった。その貴重な香辛料を売りたいと言ってきた者達に、興味を持ったのも無理からぬ事だった。運の悪い事にイアサントは階下に降りて、部下達の仕事振りを見ようとしていのだ。


 カウンターの係員が最近追加された買取表に記載されたコショウの項目を見ていた。3人組の向こうには、最近コショウを大量に持ち込んだツアーズと言う女性冒険者パーティーがいる。


 丁度その時、下男風の冴えない男がコショウの瓶を取り出して買取カウンターに置いたのだ。驚きながらも、素知らぬ顔で3人に鑑定魔法を使った。


 本来なら、ギルドマスターといえども一言断りを入れるべきであるが、興味本位。いわば、ほんの出来心だった。繰り返すが本当に偶々であった。


「エ! これって。バカな!!」


 鑑定魔法を3人に使ったとたん、イアサントは近くのイスに倒れ込むように座りこんだ。息を整えて再起動するまで3分。かなり長い沈黙であった。


 はた目からみれば、それはかなりおかしな光景であったろう。嘗ては高レベルの冒険者であり、この国一番とも言われた冒険者ギルドのマスターである。その彼が脂汗を流してしどろもどろになっていた。


 最初に思ったのは、自分の魔法が壊れたか失敗したのではないかだ。技量を疑ったがギルドマスターとなって、いやそれ以前より鑑定魔法に失敗した事は無い。次に夢では無いかと思う。だが、現実は厳しい。


 何しろその存在さえも定かでない大妖精の王女と、王国の全火力を以てしてもとうてい敵わないといわれるレッドドラゴンが人化して目の前のカウンターにいたのだ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 俺っちは、買取カウンターの向こうに居た、目つきの悪い筋肉オジサンが動きを止めたのが気になった。なんか偉そうにしてたし、脳筋タイプとも思えないし「マスター、大丈夫ですか」との声も聴いたのだ。そして、一瞬。エベリナとアネットが不快な表情を見せたのに気づいた。


「マナーの悪い者がおるのー」

「ほんに、いきなり鑑定を使うなんてねー」


 ひょっとしたら、筋肉オジサンが異世界に有ると言う鑑定魔法を使ったのか? じゃ、アネットや、エベリナの正体を知ってしまったのかも知れない。


 だが、幸いな事にギルドマスターの鑑定魔法はレベルの高いエベリナとアネットによって簡単に拒絶された。レベルがあるかどうかよく知らないが、相手はそのレベルの頂点に有ると言う妖精やドラゴンである。


 普通は相手に断ってから使うものだそうだ。マァ、俺っちは鑑定されてしまったが……、だって普通の人族だもんね。イアサントのただならぬ様子に気づいた者が慌て始めた。


 エベリナが、失礼な輩は排除しても良いかと聞いてきたので、慌てて止めさせた。こんな人の多い場所でドラゴンビームなんて冗談じゃない。今日は異世界の町での見学兼楽しいお散歩である。


 コショウの代金である2枚の金貨を受け取り、外に出ようとした時、ギルドマスターがツアーズのパーティーリーダーのシモナを呼び止めていた。


 彼女の話では、今は護衛中なので後ほどご報告いたしますと言って直ぐに戻って来たそうだ。


 マァ、シモナによると不躾な事をして申し訳ないと謝罪をしていたそうだ。2人への謝罪はもちろんだが、直ぐに謝る事が出来るとは、なかなか出来た男である。


 それはともかく、俺っちはギルドマスターの鑑定魔法では凡人と表示されているはずだ。要注意人物ではない訳だし、警戒される事も無いだろう。なら良いかーである。


 引き返すのも面倒であるし、アネットとエベリナが機嫌を悪くするのも拙いので適当にほほ笑んでギルドから出た。日本人の得意技であるが、今はそんな事よりも異世界観光である。


「換金も出来たし。ウン、観光の続きをしよう」

「いいね!」

「串焼きも食べんとな」

「さっきも、食べたし。どんだけ食べるんだよう」

「何を言っておる。多めに買い求めて、ストレージに入れておくのじゃ」

「なるほど。有りだがエベリナも串焼きばっかり買うなよ。アネット、ウロウロするんじゃないぞ。良し、次行くぞ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 で、後日のシモナとギルドマスターとの話。


「ツアーズの知り合いみたいだが?」

「ハイ」

「あの者達は何者だ? イヤ、鑑定魔法は使ってしまったので答えは知っている。だがなぁ」

「さすが、マスター。やはり気付きましたか」


「不躾に鑑定魔法が使われたと聞いた時、終わったと思いました」

「グ!」

「ですが、リョーター様に直ぐに止めていただきましたので、事なきを得たと言う処でしょう」

「事なき?」

「あのままでしたら、レッドドラゴンの怒りの炎で……」

「エェー!」

「そうです。恐らくは神罰に匹敵する力でしょう。カルロヴィの町だけではありません。悪くすれば王国全土が廃墟と化していたかと……」

「そ、そうか。すまなかったな」


「私達も最初は驚きました。何しろ妖精とレッドドラゴンですからねぇ」

「さっき、シモナは止めたと言ったが、鑑定魔法では凡人となっていたぞ。おかしくないか?」

「エェ」

「妖精とレッドドラゴンにも驚いたが、考えてみると、指図していたあの男だ。レッドドラゴンや妖精を指図して、顎で使うとは……分からん。鑑定では、モリリョウター22才独身と出たがな。持ち物には、幾らかの金と魔法の指輪が有ったが、主人からの預かり物かも知れんからな」

「リョウター様ですよ」

「?」

「大賢者です」

「何だって?」

「我々はリョウター様が、伝説ともなった青き深淵の森に住まう大賢者ではないかと思っています」

「な、なんと!」

「ウソではありません」

「そ、そうかー、大賢者は実在したのか」

「御本人は否定している感じですが」

「ウーム」

「妖精は戯れが好きだという話も有ります。何かの拍子という事も有るかも知れません。ですが、絶対者のレッドドラゴンを指示するとなれば万万が一の可能性も有りませんから」

「そうだったのか……。あのうすら笑いは絶対的強者の余裕なのか。鑑定魔法を弾くばかりでなく、意のままに変えて自分の思うままに相手に信じ込ませる。そんな事が出来るとは……」

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