第36話 お出かけですか?
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門を潜ると小さな広場が有り、お約束通りナーロッパと言われる中世風の街並みが広がっていた。冒険者に城壁都市、おまけに門番との会話だ。そして、何処からともなく漂う悪臭。ある意味、既視感の有るお話だったが……。そうか、「チャンとなろう」で事前学習してたんだ。
町の人々は魔獣の革で出来た丈夫な半長靴を穿いている者が多いようである。身分の高い者や、財力の有る町人は原則馬車移動なのだろう。馬車一台が辛うじて通り抜けれる狭い道がほとんどだが、たまに広い道が有る。そこには排水路を兼ねたどぶ川があり、通行の為に板が渡されていた。
ウーン、中世ナーロッパである。まるで「チャンとなろう」派と言うのは、人類において一部の者が、ある種の予知能力を持つという事が証明されたかのようである。
町の様子は、慣れ親しんだナーロッパの予言書、イヤ小説の通りの佇まいを見せていた。町の西側はなだらかな丘になっており、貴族・富裕層地区があり、山からひかれた水道橋により給水・衛生共に良好なようである。
翻ってこちら側は平野部で、城壁に沿ってあばら家が立ち並んでいる。さすがに大通り沿いには壊れた建物は無いが、どうやら、ここらはあまり可処分所得の低い方の地域であるらしい。一本道を入れば、貧民街とまではいかないが景気が良さそうには見えない。
それはともかく、冒険者達に聞いた町の様子から察するに、町での散策には長靴がいると思われた。エベリナにも必須の品と言われたしな。門番さん達にもしっかり見られていたが、3人お揃いの黒いゴム長靴である。これは後で、納得する事になる。
幸い俺っちが居たのはスキー場が併設されたキャンプ場である。長靴は常備品なのである。上手い具合に、貸し出し用には女性用と子供用サイズも有ったしな。
「オー! なるほどねー。面白いな、ほぼ小説通りじゃないか。だとすると歩くのに気を付けないとな」
「そうだね。足元と上の建物の窓に注意だね」
「よく存じておるな。確かに空から糞尿が落ちてきたら、堪らぬからな」
「キャンプ場から履いて来たかいが有ったな。真ん中は排水用の溝なのか。匂いが酷い訳だ」
「道の真ん中にある溝に気を付けるのじゃぞ。妾も昔の事じゃが、酷い目にあったからな」
「あちゃ~。ウソだろー! 踏んじゃった。バッチィなー」
「どうした?」
「イヤなんでも無い」
「フフフッ。あまり騒ぐなよ。では行くぞ」
「リョーター、どうしたの?」
「誰かの落とし物を踏んだらしい」
「キャハー、そうなんだ」
「馬車が来る」
「縁に寄れー」
「水溜りが、狭いって! ハネが飛ぶ……」
「ワー!」
「騒ぐなと言うておろうが」
「オー、そうだった。エベリナ、ごめん」
「そうだぞ、術が解けたらどうするのー」
「アネット、お前もだ」
「モー。キョロつくでない。行くのは市場とギルドじゃったな」
「ウン、お願い」
「マァ、そうそう変わってはいないだろうが……、妾が町に来たのは70年ほど前じゃからなー」
「多少は変わっているかも知れんな。だが市場なんかは、神殿前らしいから……変わらずに、そのままかも知れないぞ」
「だな。では、ついてまいれ」
「「ハイ」」
「冒険者ギルドはどこだっけー。市場は、確か……こっちじゃったはずだが、どれ」
「あれじゃないかなー。神殿の塔ぽい高い建物が見えるんだが」
「そうじゃな。行くぞ、ついてまいれ」
「段々と建物の質が良くなっている様な気がするけど」
「そうじゃな。冒険者ギルドは別にして、町の西に行くにつれて良くなって行くな。西の門に近いほど商会や金持ちが増えて行くしな」
「フーン、どうして?」
「冒険者ギルドは、青き森から距離が近い方が冒険者には助かるからな。普通の冒険者は金が無いしな。この辺りは住みやすいのかも知れんな。それに離れて行けば、魔獣の攻撃リスクが減るからな」
「そうかー。魔獣の侵攻ってあるんだな」
「この町の東門が小さいのは、その為じゃな」
「あの城門って小さいのか」
「いざと言う時に備えているのじゃろ。村も畑も作られておらんからな」
「野菜を持って来ると言っていたけど、開拓村なんてのは?」
「避難が間に合えば良いが、間に合わなければ打ち捨てられような」
「厳しいんだな」
※ ※ ※ ※ ※
「オイ、アネット。ちょっと問題があるんだけど」
「なにー」
「言葉だよ。言葉」
「何が問題なの?」
「妖精とエルフはフプラハ語だったよな。カルロヴィの町はクラドノ東方語だよな」
「それがー?」
「俺っちは、今何語なんだ?」
「クラドノ東方語だよ」
「いつ変わったんだ」
「自動切換えと言うか、耳に入った相手の言葉を自動で翻訳して、相手の言葉で話しているよ」
「へー、そうなんだ」
「アネットとエベリナはフプラハ語だけど、イザール父さんとはドラゴンの言葉かな。マァ、人間種が話をできる音域じゃないけど、そこは理の実だから」
「フーン。現状、日本語を入れれば4言語か。凄いなぁ」
「カルロヴィの町で、他の国の人が話していたら、自動で他国の言葉になるよ」
「周りの人は、その言葉が外国語に聞こえる訳だな」
「そうだね」
「ウーン、何となく面倒な事が起こりそうな気がするな」
※ ※ ※ ※ ※
所変わって、カルロヴィの町中。神殿前の広場で露店を出して、キャンプ場から持ち込んだ商品を見事に完売した女性冒険者ツアーズ達である。今は、何時もの食堂でエールを呑みながら打ち合わせ中であった。
「前回は、11の月初めだったかな? リョウター様の所に行ったの?」
「ぐらいだね」
「そうか。もうそんなになるのか」
「ウ、ウゥー」
「ディアナ、泣くんじゃない」
「リョウター様の所へたどり着ければ、マヨネーズがあるはずだから……」
「そ、そうだな」
「それまでの辛抱だからねー」
「ウ、ウゥーワゥ」
「リョウター様が言ってましたが、マヨラーの禁断症状が出てますね」
「エー! マヨネーズというのは、危ない食べ物なのか?」
「イエ、極めて健全な食品だそうですよ。ディアナの食意地が張っているだけですよ」
「みんな同じ物を食べているんだ。ディアナはハマったんだろう」
「たいていの物には、マヨネーズかけてたし」
「私が見た時は、からになったチューブに声をかけてましたよ」
「それって重症じゃないか!」
「エェ、分かっています。それにディアナだけではなく、皆の為にも行かないと。何しろ大幅な黒字を生みますからね」
「「「だねぇ」」」
「へびりんごーごー。あっという間に無くなったねー」
「ポップコーンもな」
「それどころか、切らすなと怒られましたね」
「1日で完売とは」
「出足こそ鈍かったですけど、昼前から急にでした」
「お昼ご飯、食べそこなった」
「また、行く?」
「8日かけてな」
「往復だと順調に行っても半月。遠いですね」
「しかし、上手く取引できれば儲かるからな」
「その上、美味しい食事が出来ますからね」
「この間みたいに、リョウター様の転送陣が使えたらいいんですけどね」
「無理だろうな」
「そうだとも、大賢者を乗合馬車の様に使える訳も無いしな」
「あの時、次回の転送を頼まなかったのは失敗でした」
「忘れたんだよなー」
「誰も気づかなかった」
「過ぎた事ですし、ここの食事も慣れれば、中々良いかも」
「モグモグ。慣れればね」
「マヨネーズは無いがな」
「で、マヨネーズを作った訳ですが」
「リディア、お腹壊したから」
「リョウター様から、ここら辺で産まれた生タマゴは使わないように言われてましたから」
「何が違うのか良く分かりませんが……」
「当たりが悪かったんだろうかなー」
「リディアのお腹はともかく、そうですねぇ。リョウター様の所へ行けば行くほど儲かりますからね」
「持ち帰る量が問題になる。当然、多い方が良いからな」
「また、ガーディアンズを雇うの?」
「そうですね」
「一度行っているから話が早いしな。第一、金蔓の話を広める訳にもいかんだろう」
「モグモグ」
「ロザーリアは相も変わらずの食欲だなぁ~」
「だって、聖職者の使う聖と癒しの魔力を使うとお腹が空いて空いて」
「でも、今度は何を交易品にします?」
「前回、持って行った品はあまり喜ばれ無かったですからね」
「お腹が空いて考えれなーい。まだ食事中」
「それもそうですね。へたな考えは幾ら考えても変わりません。食事が終わったら、プロの雑貨屋の主人に聞いてみましょう」
「それも良いですが。リョウター様はナイフと楯を喜んでるように思いましたが」
「エェ、そうですね。味が有るとか何とか」
「あんな、なまくらなナイフをムフフと言って喜んでましたからね」
「ですから、リョウター様の感性ではガラクタの様な武具の方が、良いんじゃないでしょうか」
「そうかなー。あんな廃品みたいなのを欲しがるのはチョット変だぞ」
「イエイエ、意外と脈有りなんじゃないですかね」
「もちろん、雑貨屋さんの勧める交易品も持って行きますよ。ですが、ここは一つ賭けてみますか?」
「どういう事?」
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「賭けてみるって、何処へ行くんだ」
「先ずは冒険者ギルドですよ」
「ギルド?」
「そう、ギルドマスターの所へ行くの」
「よく分からないんだけど」
「この間から儲けさせているんです、武具を手に入れましょう」
「オイ、武具は結構高いぞ」
「だから、倉庫に有る使えなくなったようなのとか、一杯あったでしょう。あれを貰うんですよ」
「あれをかー。誰も、あんな古いガラクタ買うもんか」
「だから、貰うの。倉庫の整理をしときます。とか何とか言ってね」
※ ※ ※ ※ ※
「ツアーズの皆が良いなら、いくらでも持って行ってくれ」
「ありがとうございます。ギルドマスター」
「なに、儲けさせてもらったんだ。構わんよ、それに倉庫が片付くし」
「やっぱり、そうなんだ」
「エーとアァ、ガラクタとは言え武具だからな。その代わりと言ってはなんだが、値は1ゴールドでいい」
「1ゴールドでいいんですか」
「捨てるのは色々と不味いからな。帳簿上1ゴールドで販売したという事にしておく。その代わり一山でも二山でもいいぞ」
「了解です」
「じゃ、俺の気が変わらない内に持って行ってくれ」
「ハーイ」
「言っとくけど、後で返しに来るなよ」
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「ありますねぇ」
「どんだけ溜めこんでいたんだ」
「先代マスターの頃からだそうですよー」
「それはそれは」
「マァ、魔獣の氾濫がありましたからね」
「聞いた事がある。何十年前の話だってな」
「そりゃ、大量の武具がいるわな」
「エェ、仕方ないじゃないですか。前回は、この町の城壁も危なかったって聞いてますから」
「この町が出来てから5回だって」
「だいたい、40年おきかな?」
「3から40年だそうです。そろそろあるかも知れません。辺境だから仕方が無いのでしょうが……」
「何しろ、青き深淵の森と境界ですからねぇ」
「冒険者としては、実入りが良いですけど」
「ホント、ガラクタですね。こんな古い剣じゃ、直ぐに折れちゃいますよ」
「でも、100本でも200本でも良いって言ってました」
「そうだろうな、昔の数うちもんだ」
「昔の剣は材質に混ざり物が多くて打ち直しすると、新品より高く付くそうだ」
「剣ばっかじゃない。こっちの木盾なんて焚きつけになるような奴だねー」
「弓は全滅ですね」
「本当に掃除になったな」
ギルドの倉庫の整理をし終える頃には、古代ローマ軍団が使ったような剣や盾の装備品が一山出来ていた。但し、今のクラドノ国では武具の形も違うので、例え新品で有っても使う者も珍しい。こうなると骨董品の枠を超えてゴミと言っても良い。
「今度はこれをどうやって運ぶかだが」
「労働力と言えば、あの男達になるか」
「いつまでも、宿に預けておくという事も出来ないからねー」
「荷車で一度に運べると良いんだが、深淵の森があるしね」
「やっぱり、人力で肩に担いでという事ですね」
「歩きだな」
「それしか良い方法を考えれないしなー」
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「俺達を探していたって?」
「まぁね」
「飯時だ。どっかで打合せしようぜ」
「いつもの食堂で良いですね」
「たまには高級な店にしないか?」
「そうそう」
「必要経費になるんじゃないか?」
「金はあるだろう?」
「何を考えているんだか。高級な店では目立つでしょ」
「で、話と言うのは荷運びか?」
「リョーター様の所だ。遺跡都市の転送魔法陣までと、キャンプ場への往復になる」
「帰りはともかく、行きは何を?」
「運んでもらうのは、ギルドの倉庫に置いてある荷物だ」
「荷物?」
「古い武具だ。かなり有るが、取り敢えず持てるだけ持ってもらう」
「フー。確かに深淵の森じゃ荷車は無理だろう。肩に担ぐしかないなぁ」
「アァ」
「金になるからな」
「しかし、結構、距離があるぞ」
「そうだな」
「待て待て、転送魔法陣は使えるのかよ」
「うちのアリーヌが使える」
「フーン、エルフがいなくても良いんだな」
「本人はOKだって言っている」
「金は?」
「前回よりも、期待できると思う。上手くいけば、色も付けよう」
「良し、出れるように準備しておく」
「頼んだよ」
「任せとけ。じゃぁな」
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