第35話 変化の術って。

 ※ ※ ※ ※ ※


「アネット。それは俺っちの分のプチプチだぞ。自分の分を使えよ」

「エーン、もっと頂戴」

「ダメー」

「そうだぞ、アネット。妾の分もダメだぞ」

「終わちゃったしー。プチプチ」


「リョウターはいいなー。管理人のお仕事があるものね」

「土日はお休みだがな」

「そっかー」

「こんなにいい天気が続くと、どっか行きたくなるな」

「そいうものかの」

「そうだとも」


「アネット。俺っちも、やっぱ限界だな」

「リョウター、なにがー限界なの?」

「この椅子に座って森を見ているのも飽きてきたんだ」

「フーン、ある意味待ちぼうけだからね。じゃ、こちらから能動的に動いていてみたら」

「アネット、難しいくないかその言葉? イヤ、バカにしているんじゃなくて」

「オホン、こう見えてももうすぐ齢300年にもなろうとする者の言。あだや疎かに聞くまいて」

「妙に説得力があるな。でも、そう言うもんかな。エベリナはどう思う?」

「良いなにゃ無いか」

「にゃ? あれほど注意したのに。酔っぱらっているのか」

「この前、ストレージを整理した時に見つけたもんでな。何をするでも無い。ついな」

「お前、何時だったか酒を飲んで風呂に入っただろ。また、頭痛くなるぞ」

「オォ、そうじゃった。回復魔法とな。フン!」

「チョット、違う。何だな。解毒でいつでも酔いから醒めれるよ言うのは、良い様な悪い様な気がするけど。それ、一種の酒に対する冒涜だな」

「直ぐに素面になれるのじゃが、言われてみればそうかもしれぬなー」


「晴天が続くなー」

「そうだねー」

「ヒマじゃ」


 何故だか一人でいる時よりも3人でいる時の方が退屈だと感じるのは何故だろう? もはやクラッシックゲームの次の趣味になってしまったプチプチ潰しの手を休めてアネットに注意する。そうか、ここは異世界なんだよなー。


「せっかく異世界に接しているんだからな」


 今なら言える。俺っちも愚かな男の子だった。早まったというか、この時に、アネット達からもう少し異世界の事をチャンと聞いておくべきだったと後から思う。そうすれば、何とかになったかもしれない……。


 この間、好奇心は猫を殺す。俺っちの座右の銘に加えたのに。天気が良すぎたせいかも知れない。ほんの出来心だった。エベリナが話を振るまでは安穏な生活だったのに……。


 暇な時間と好奇心は猫を殺す。暇は暇のままで楽しめば良い。下手に潰そうとしてはいけないという事を……。


 ※ ※ ※ ※ ※


「そう言えば、リョウターはカルロヴィの町を見たんじゃろ?」

「アァ、見た事は見た。だが町へは行った事が無い」

「ヒマつぶしに行ってみるか?」

「わざわざ、行かなくてもここでのんびりしていた方が良いんじゃないのー」

「そうじゃとも」

「そうかなぁ。でも、美味しい串焼きとかあるんじゃないかな?」

「カルロヴィの町に有るかなー?」

「あるだろう。なに、「チャンとなろう」小説では美味しい露店が有るのは定番なんだよ」


「そうだねー。人の町へは20年ぐらい行かなかったね」

「アネットもか。串焼きか。妾も、久しく食べておらぬのー」

「行ってみるー?」

「ちょっと、気分転換に外出してみるかな。少しでも危ないとなれば転送陣で逃げ帰れば良いし」

「逃げる事、前提なのじゃなー」

「俺っちは、慎重派なんだ」

「串焼きかー。仕方ない、妾が同行しよう。アネットは、どうする?」

「行こうかなー」


「良し決まりじゃな。アネットも行くなら、転送魔法陣をリョウターの指輪に同期させようぞ」

「チョッと待って。いま発現させるからね」

「ホー、これはこれは。妖精族も凝った陣を描くのじゃな。勉強になった」

「そうなんだ」

「そうだとも、これなら時間だけでなく場所の同期も取りやすいな」

「ワー。エベリナに褒められたー。ルンルン」

「アネットが作った魔法陣を加えてと。これで、手を繋いだ者も一緒になって転送できるようになったはずじゃ」


「では、指輪を見せてみよ」

「何で?」

「転送魔法の更新。アップグレードするんじゃ」

「アップグレードねぇ。バグはないだろうな」

「失礼な。はよう、手を出せ」

「ハイ、ハイ」

「フン! これで応用範囲が広がるんじゃ」

「エ! それだけ?」

「当然じゃ、妾はレッドドラゴンじゃぞ。それに、これはもともとお父様の術式だからな」


「でも、まだ問題が有る。町へ行くのは良いが、先立つ物が無いからな」

「先立つ物?」

「お金だよ」

「金か。金なら有るぞ」

「どういう事?」


 そうだった。エベリナはストレージ持ちだった。エベリナはドラゴンだけあってドラゴンの習性通り、光物が好きである。当然、光り輝く金貨もそうである。故に金貨はある。金銀財宝もあるのだ。


「金貨?」

「リョウターにカレーの摘み食いがバレた時に出しただろう。覚えておらぬか?」

「そうだった。そうだった」

「ウム、金貨ならあるのじゃ。話したと思うが、50年ほど前に帝国の人里に行った時、若気の至りとはいえ金貨を手に入れたのじゃ」

「ホー。何が若気の至りか知らんが、金貨が有るのか」

「手に入れた時、人族の商人が、いつの世でも金貨なら使えると申しておったぞ」

「フーン、どこかの会社の宣伝文句みたいだが、そういうもんか。でも、使って良いのか?」

「妾は、キラキラが多少減っても構わんぞ」

「その言い方では、結構ため込んでいるのか。じゃ、今回はその金貨を使わせてもらおうか」


 俺っちは慎重派なのでプランBも用意した。金貨が使用不可と言われた場合を考えて、お守り替わりにテーブルコショウを1瓶、ポケットに入れておく。


冒険者達の話では、コショウは貴重品らしく結構良い値で売れるらしいからな。捨て値で売っても、入場料や屋台での買い食いぐらいはできるだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


 クラドン王国の北東部に有り魔の森の開発にあたるカルロヴィの町。その南西には城壁都市ブロンが有り、大小の村々が続いて城塞都市コロミエに有る。


およそ600キロを経て王都バニューに至るようだ。主要街道としてそれなりに整備されているが、王都までは乗合馬車で30日から35日と言われる。


 さて、カルロヴィの町は城壁都市である。リザードマン達と交易する小さな村から始まったという。魔獣の生息する青き深淵の森と接している為、200年近く拡張され維持されてきたのだ。


 町には西・北・南に6カ所の大門が有る。東側は魔獣を迎撃する為に大門は無く、城壁によって守られており、冒険者達が出入りする為の堅固な通用門が有るだけである。


 3人が向かうのは、深淵の森から近い町の北門である。続く街道と言っても、北にある開拓村に向かう道だけで、農民以外は比較的出入りが少ない。


 ※ ※ ※ ※ ※


 さて、お出かけタイムである。キャンプ場からカルロヴィの町へ一っ飛びという訳にはいかず、5キロほど離れた丘に無事到着。北門、目指して歩き出した。


 いくら青き深淵の森周縁部だと言っても、一般人が魔獣の徘徊する森を移動するのは不可能である。本来ならそれなりの高レベルの護衛が必要とされる。警戒しないとな。


 で、お二人の登場である。レッドドラゴンのエベリナは、オーガさえもピカッと光ったと思ったらスパっとチュドーンである。まさに歯牙にもかからない力の持ち主である。アネットはおっちょこちょいの点はあるが、魔法を使う大妖精の王女である。


 ゴブリンやオーク等の魔獣の力では、逃げ出すしか生き残る方法はない。実際、エベリナ達と居ると、威圧波というのが出ているらしく近寄って来る魔獣はいない。


 故に、森の中から町へと続く草原のお気楽な散策となる。門までは斜めに移動するので距離にして7キロ余りであろう。途中、川が行く手を防がれたがエベリナに抱えられて難なく通過できた。


 幸い、好天に恵まれ心地よい風が吹いている。そのまま、エベリナに人化を解いてもらって空を飛び、その背中に乗ると言うのも考えたが、そうなればとても町には入れてくれ無いだろう。


「アネット、そろそろカルロヴィの町なんだと思うんだが」

「そうだよ。この町には入った事は無いけど。やっぱり、門番がいるよねー。どうやって町に入ろうかー?」

「心配せずとも良い。そうなー。妾なら、人化の術で町女にでもなろう。アネットは、小さな子供という事で構わんじゃろ。リョウターはなー?」

「俺っちは?」

「そうだ。変化の術をかけるので、下男にでもなってもらおうかな」

「下男になる?」

「その恰好では目立つであろう」

「そうだな。具現化魔法じゃないのか?」

「なに、住み着く訳でもない。只の観光じゃ。幻覚で十分じゃろう」

「フーン、化けるのか?」

「さすがに荷馬や奴隷では可哀想じゃからな。この世界の下男の格好なら怪しまれまいて」

「マァ、無理に具現化魔法で服や持ち物を揃える必要はないからな」


 という事でエベリナの変化の術である。ビキニアーマーからマッパ。下着姿へと多彩な事である。で、エベリナはビキニアーマーから町のおかみさん? (王国での普通の服装がどんなのかよく知らんけどね)になった。


もちろん、シッポは格納してあるように俺っちには見える。どうやったかは知らんが、怒られるから触って確かめる訳にはいかんからな。


 アネットの身長は120センチ弱ぐらい。エベリナとは、服装の感じから親子ではないかという感じである。最後になった俺っちは、お話の通り標準的な下男になるのである(標準と言うのも、よく分からんが……)。


 で、顔まで変わるのは違和感がすごいので、そのままで行く事にした。


「凄いな? 狐や狸が化けるというのは、まんざら嘘じゃ無かったんだな」

「ごちゃごちゃ言ってないで、手を出せ」

「何すんの?」

「指輪に変化の術を書き込むのじゃ」

「追加のアップグレードか」

「魔力が溜まれば、妾に頼らずとも良くなる」

「そりゃぁ凄い。でも、危なくないんだろうな」

「エェイ! 動くな。自身はともかく、他の者に欠けるのは……妾は、この手の術は得意では無いのじゃ」

「しかし、下男かー」

「うるさい! 妾とて眷属にしか用いぬ術じゃ。エーと変化の術で下男、下男と。これか。では書き込むぞ!」

「眷属ってなんだ? それに下男しかダメなのか。もっと、良いのが無いのか?」

「黙れ! モー、ごちゃごちゃと」

「ブッブッ」

「フン! よしよし。これでリョウターは変化の術で指輪を付けていれば下男に化けれるぞ」

「しかしなー。下男だけなのかよ」

「文句が多いな」

「そうだよ! リョウター、男は堪忍が大切なんだよ。男は黙って我慢するんだよー。その方がカッコいいんだヨー」

「そう来たか。じゃ、仕方ない。それにここまで来たんだ。ハーイ、了解しました」

「よいか。目立たぬようにするのじゃ。騒ぐでないぞ。耳目を集め過ぎると変化の術が溶けてしまう故な」

「ホー、そうなんだ。了解しました。じゃ、アネットは?」

「アネットは、このままで良かろう。頭巾を被れば娘に見えるゆえな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 散歩日和だなーと思っているうちに北の大城門に到着した。門前には行列どころか人影は無く、暇そうな衛士と思われる6人が立っていた。


 ここの城壁は初期に建設された物らしく年期が入った分厚い石造りである。城壁部分の高さは10メートルぐらい、頂上部分は往来が可能で外側には凸凹の石を組み合わせて弓とか石とかで攻撃できるようになっている。


 門の直上にはアーチ状に石が組まれ、同じく3メートルほどの石造りの建物があり弓狭間が見えている。その底には鉄の格子があり、門を通る者の監視や攻撃が出来るらしい。


 木で出来た観音開きの大扉は、高さが6メートルはあり分厚い。鉄枠で補強されており、数を頼んでの攻撃であっても、おいそれとは抜けないだろう。


 通り抜けた横の建物は、衛士達の詰所と言ったところかな。これも結構、頑丈そうである。しかし、平和が続いているらしく、昼間は常時開門しているようだ。


 尚、門番への対応は下男の俺っちがするらしい。ホントかよと思ったが、マァ、3人の中で一番の常識人なので仕方ないだろう。


「カルロヴィの町にようこそ」

「オォ、言葉が分かる」

「だってー。リョウターはエルフの理の実を使っているんだよ。クラドノ語が分かるのは当たり前じゃない」

「オォゥ」

「単位なんかもリョウターが使っている一番近いのに自動で変換してくれるしね」

「そうなのか」

「ウン。でも、最近できた言葉や流行語は難しいけど」


「何をゴソゴソ言っておる。静かにせぬか!」

「すいません」

「お前らは町の者では無いな。フム、たいがいの村人なら顔見知りなんだが、旅人とも思えんが?」

「いえ、旅人です」

「旅装束でもないし、荷物も見当たらんのに?」

「怪しい者ではありません」

「本当かー? 自分から怪しくないと言うかー?」

「チョ、チョッと城門長、またですか。いくらヒマだと言っても、女子供に弱そうな一般人じゃないですか。通せんぼをしちゃダメですよ」

「……」

「ゴメンねー君達。この5日間は魔獣も出てなくてさ。この門を使う常連の百姓達はとっくに市場に行っちまったし、この時間帯の北門はヒマなんだよ」


「フン、時間が潰せると思ったのに。副城門長め、余計な事を。仕方ないな。じゃ、入城料を出すように」

「ハ、ハイ。お幾らでしょう?」

「旅人は銀貨一枚。許可証がない近隣の者は1人300ゴールドだ」

「旅人という事で」

「ならば、3000ゴールドだぞ。銀貨3枚だ」

「これでお願いします」

「エー! お前。こんな所で金貨を出すのか。もっと細かいのは無いのか?」

「すいません、切らしているんです」

「なんだとー! まったく、近頃の若いもんは……。それに、これは帝国の金貨じゃねえか」

「使えないんですか?」

「そんな事は無いが、交換レートの計算がな……。両替手数料として1割は引かれるのだが、いいのか?」

「金貨しかないもんで、すみませんー」

「金貨しかないだと! じゃ、俺がやらないとダメじゃないかー。チョット待てっろ。帝国金貨っと、有った。何々1.02か、おまけに少し削れてるのか、じゃ、重さをはからんとな。面倒くさいな」

「じゃ、サービスで」

「待て待て、そんな事は出来ん! 仕方ないな。王国金貨と同等という事にするかなー。で、釣りは要るか?」

「エ! そんなー」

「冗談だ。ちゃんと計算してやる。まったく、めんどくさい奴だな。次からはちゃんと小銭を用意しておけよ」


 王国金貨は元々、帝国金貨を基に作られたらしく金の含有率も同じらしい。また、50年に渡る金価格の上下は価値の変動が多少有ったものの、経済活動の変動、つまり物価もあまり変わらなかったらしく、同じ重さなら等価で計算するとされていた。


 エベリナが持っていた古銭が未だに使える事が分かったので少し安心した。エベリナの会った商人もだが、金の価値は変わらないという、怪しげなどこぞの金の先物会社の人の言う通りだった。しかし、異世界でも通用するとはな……。


 マァ、門番がブツブツ言いたくなるのももっともである。金貨から比例配分で貨幣価値を割り出さなければならないので大きな計算早見表を取り出している。


 いちいち門番が計算していては時間が掛かりすぎるからだろう。しかも、計算能力のある者は試験に通った城門長だけらしい。


 尚、銀貨は主要流通貨幣であるが、減りが少ないように混ぜ物がかなりしてあるらしく、なんと金貨の100分の1である。ちょっと信じられない位である。その為、異国ではこの国の銀貨は両替不可能との事だ。


 おそらくだが、王国金貨1枚は日本円で換算すると10万円玉相当らしい。銀貨なら100枚である。入場料は銀貨1枚、約1000円らしく3人で3000円である。


 まず、両替手数料が引かれて900枚となり1.02で918枚。入城料3枚引いて915枚となり、金貨の状態はA品であるが削れた分として3%をさらに引かれる。銀貨887.55枚である。


 王国銀貨887枚、王国半銀貨1枚に、これも混ぜ物たっぷりの王国銅貨5枚のお釣が必要と計算された。それを、業務とは言え釣銭が不足ぎみの城門で出されたのだ、チョッとした迷惑行為である。


「ちゃんとお釣くれたね」

「副城門長も大変じゃな」

「良い人で良かった」

「マァ、門番がその町の治安状態を現すと言うからな。城門長が訪れた者に冗談を言い合えるぐらいだ。町は平和なのだろう」

「そうかもしれん。良い門番がいる町は良い町という事じゃ」

「何はともあれ無事町に入れた。しかし、町に入る度に取られるのか」

「そうじゃ」

「勿体ないから、次からは転送陣で町の中にこようかな?」


 俺っちはケチではない。倹約しているのだと言いたいが、入城料は公共料金なんだから払わんといかんよなー。と思い直した。それに、町人に見つかると騒がれるだろうしな。まったく、我ながら呆れるほど良識あふれる日本人である。

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