第34話 具現化魔法。

 ※ ※ ※ ※ ※


「森君、この間の会見どうもご苦労さんだったね。これ手土産。生もんだから本日中に食べてね」

「エ、有り難うございます」

「若い人はカラ揚げが好きだからね。お弁当なんだけど、美味しいよ」

「エェ、知ってます。これ、美味しいですよね」


 と言って渡されたのは「道の駅あおい町」のカラ揚げ弁当だ。中々わかってらしゃる。残念ながら3個だったが、本日の夕食はこれに決定だな。


「町長、そう言えば記者会見して、3日過ぎましたけど話題になりませんね」

「おかしいなー。県庁の会見では情報発信力が弱いのかなー」

「言い辛いんですけど、県庁の会見なんてのは誰も見てない。なーんて事は無いですよね」

「ひょっとして、そうなのかなー」

「エ! 当たっていたんですか」

「……ウーン。お金を掛けないで……こうなるとやっぱり、SNSになるかなー?」

「そうですねぇ。やっぱ、集客力ですよ。なら、インスタグ●ムを狙うか、ユウチュ●バあたりですかね」

「オォ、森君。当てがあるのかね?」

「イエ。僕はありませんが、先にバイトを辞めた先輩なら知っているかも知れません」

「たしか橋本君、だったかな」

「エェ」

「じゃ、連絡とってみてくれる。お願いするわ」

「しておきますけど。当てにしないで待ってて下さい。」


 ※ ※ ※ ※ ※


「すぐに片付けるから、アネットもエベリナも先に食べてな」

「ハーイ。いただきまーす」

「がっつくんじゃ無い。まるで俺っちが食べさせていないみたいじゃないか」

「リョウター、これ美味しい」

「妾も、右に同じじゃな」


「アネット、もう弁当1個食べただろ。お前は食い過ぎじゃないか? だいたい、カラ揚げ弁当が120センチ弱の体のどこに入るんだか……。ほら、俺っちのカラ揚げを1個やろう。ご飯はちょっとな」

「エーン。ブツブツ」

「仕方ないなぁ、今回だけだぞ。じゃ、後、カラ揚げ半分な」

「ウキウキ」

「夕食は何とかなったが、明日からは通常食だぞ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 記者会見以来、2人ともカラ揚げ弁当以外には服装に興味を持ったようだ。会見場に来た記者さんは、エベリナのボディに衝撃を受けていたようだが、ご本人は結構パツンパツンの服でそれなりに自信があったんだろう。分るよ。悲劇というのはは、突然訪れるものだからな。


「エベリナの場合はレースクイーンかプロモーショナルモデルだろうなー。この雑誌かスマホのデーターを見せれば、服装だけその通りに人化すればいいんだし。アネットはネットの人形専門店を当たってみるか。今度、ネットの通じる所で見てみるよ」


「モグモグ。ヒーヒー!」

「パクパク。ブゥフォー!」

「ウーン、唐辛子を入れ過ぎたかな」


 などと言いながら、今日の昼食はペペロンチーノである。ニンニクと唐辛子をオリーブ油でパスタに絡ませる至ってシンプルな料理である。貧乏人のパスタとも絶望のパスタとも言われるらしいが、俺っちは結構気に入っている。


 ちなみにブゥフォー! と言うのはエベリナが火を吹く音であるが、その姿を見ると別名が絶望のパスタとは言い得て妙である。嘗ては諦めなければならないかと思っていた火力調整も、慣れてきたようで大火からボヤ程度の大きさで調整出来ている。


 約束した手前、携帯を持ってアネットとエベリナをお留守番にさせてお出かけである。食料品もいるしね。俺っちのスーパ●カブは絶好調。ブーン、ブーン。


 町道とは言え、キャンプ場からの近道であるタイトな道幅だ。キャンプ場の敷地を抜けて「道の駅あおい町」に近づくと電波が入る。フリーWi-Fiは実にありがたい。が、駐車場の入り口では受信が難しく建物近くに行かねばならない。


「オ、森君。お久ー、でも無いか」

「ハイ、最近よくあってますからね」

「聞いたよ。町長、凄く興奮していたよ。記者会見したんだってね」

「エェ、町長のおかげで何とかなりました」

「ウン、上手いねー。上司を立てれるとは、中々心憎いね」

「もっと、大変な事になると思ってましたが」

「意外とみんな冷静なんだよ。毎日の生活があるからね」

「確かにそうですね」


「マァ、レッドドラゴンに妖精だっけ。自分に関係なければねー。話題にはならないもんだよ。記者さんが、一人来ただけでも良かったじゃないか」

「エェ」

「町長は興奮していたけど、異世界もんだからね。特定の人には受けるかもしれないけど、全体から行くと層が薄いんだよねー。ウンウン、「チャンとなろう」がすべてと言う支持分母がねー」

「ヘー。でもそれだと問題ですよね」

「ウン、まぁね。だいたい、こういう会見はプロのデン●ウみたいなところに頼むと、当たり外れが無くて無難なんだがね。予算の事もあるし、知事に頼んだのがねー」

「まずかったですかね」

「待てば海路の日和あり、とも言うし……」


「マァ、知事さんも、次の選挙があるからね。広報と言うのは、お金をかけないと効果が出ないしね。小さな町興しのニュースといえど、ニュースと言うのは造るもんだからね」

「そう言うもんでしょうか?」

「そう言うもんだよ」

「フーン」


「お詳しいですね」

「森君も思わない? 広大な森林の中の樹齢何千年と言う巨木が倒れても、人がいなければ何も起こった事にはならないんだよ。木が倒れた事を人が知って、初めてニュースになるんだからね」

「何だか、哲学的になってきましね」

「おまけに、人は聞きたい事しか聞かないんだ。あれほど館内放送で、特産品だ特売品だと言って紹介しているのに……ブツブツ……」

「アーじゃ、僕。買い物しないといけないんで、これで失礼します」


 で、お買い物。田中町長に楯を売りつけたので財務状況は健全である。一通り済ませてネット検索しょうーと。


「人形の服かー。何だかゴスロリ系ばかりだな。データ降ろして。これで、良いかな。帰ろ」


「森君、お帰りかね?」

「ハイ、大抵の物は揃いましたので。後は雑誌でも立ち読みしてから帰ります」

「ハハ、買ってはくれないんだね。でも、暇つぶしの雑誌か。アァ、そうだ。君は古本でもかまわないかね? 良ければ食堂の持って行くかい」

「エ、良いんですか?」

「でも、有るのは女性週刊誌と車関係だけど。最新のはダメだよ」

「ハイ、頂いていきます。助かりました。どうしようかと迷っていたんです」


 ※ ※ ※ ※ ※


 スーパ●カブは力持ち。ブーン、ブーン。ほらね、着いた。荷下ろししてから、この雑誌を2人に見せればOK。


 最近気付いた事なんだが、浴衣のサイズが合っていないが人が結構多いようだ。丈が短かい人が多いんだが、女性週刊誌の写真モデルはピッタリしている。色や柄には気を使うが、見落としがちなのが着丈である。


 殆どが既製品のサイズだから仕方ないんだろうが。仕立てるとなると、それなりに結構な費用が……。と思って夏前に出た雑誌と週刊誌の特集をめくっている。


 エベリナは服装だけその通りに人化すれば良いと言っていたが、上着や靴をどうやって脱ぐんだろう。まさか、脱いだらドラゴンのウロコという事なのかな?


 「分からん」と、言っていたら小物は具現化魔法で作り出すそうだ。複製品の姿形は一緒に出来ても、携帯やパソコンみたいな複雑な機械類は非常に面倒くさいと言っていた。


 正直、出来るのかよと思ったが、靴や帽子。精々、可動部分が少ない傘ぐらいまでじゃなと言っていた。


「で、このショモツの絵姿のようになれば良いのじゃな」

「ウン、色々あるでしょ」


 マァ、車の雑誌にはたいていレースクイーンかプロモーショナルモデルの写真は載っているし。自由に選ばせとけばいい。アネットとの方は、携帯のディスプレイ表示では小さすぎて分からんそうなので、エベリナとは違い女性週刊誌から選ぶと言っていた。


「アネット、選ぶと言ってもお前も人化するのか?」

「違うよ。エベリナに作ってもらうの」

「エェ!」

「そう。エベリナに具現化魔法を使ってもらうの。データーが荒いので、細かい手直しはいると思う。お裁縫道具、貸してね」


 レッドドラゴンに限らず、ドラゴンと言うのはスレンダーなボディより豊満なボディを選ぶものらしい。確かに痩せたドラゴンではご利益も無さそうだしな。という事でエベリナはビキニアーマーと似たり寄ったりの服を選んだようだ。


 マァ、実力もあるしー、パターンが増えて良かったと言う処だ。もっとも女性のレッドドラゴンの服装について、意見を述べるような度胸は無い。ドラゴンといえども女性だからな。セクハラ行為と言われかねない。昨今の社会情勢を考えれば控えたい。俺っちは慎重派だからな。


 問題はアネットだ。120センチ弱のお人形さん体型だからな。エベリナが具現化魔法とやらで作ってくれたのだがメイド服ぽっいゴスロリなのである。


 どうやら、女性週刊誌の特集であったらしい。赤ずきんちゃんでも目立つのに、こんなの着せて横を歩かせていたら人目を集める事、確定である。実際の処、アネットは妖精見習いであり、赤ずきんで姿を消せる。消えたら消えたらで、それも問題だろうしな。


「マァ、アネットが着たいというのだ。良いではないか」

「それはそうだけど。妖精がゴスロリとはなー」

「これが良い」

「このデザイン、詳しくは知らんがゴシック&ロリータだったと思うけど」

「フーン」

「ゴスロリは暗黒とか、神秘とか、海外では魔女か吸血鬼のイメージが有るんじゃないかな。いけない訳じゃ無いけど、マァ、そんな感じなんだよ」

「そう」

「ロリータは無垢な少女や愛らしい感じ、これはまだアネットの守備範囲だが、妖精だろ。魔女じゃないだろう」

「リョウターは、中々うるさいな」

「どっか、一本筋が通っているような話ではないか。ひょっとしたら、そうかー。ゴスロリファンなんじゃろ」

「グ!」


 鋭い所をエベリナに突かれて、俺っちは思わずグと言ってしまった。また、秘蔵の書籍にあった特集に触れられるとやばいのである。マァ、本当の事だから仕方ないが。メイドについては、まだ知られてないのでダメージは50パーセントである。


「何やらダダ洩れの思念が……、なんじゃこれ? メイドとか何とか……」


 ※ ※ ※ ※ ※


 別に趣味の世界の事で有るのでさほど気にする事も無いし、成人男子なら当然ともいえるであろう。実際、目の前にはエベリナとアネットの2人しかいないし、無視すればよいのだ。

 

「口止め料を要求するぞ」

「もちろん、払おう」


 エベリナの条件闘争に敗れた俺っちは仕方なく切り札を出して懐柔する事にした。無敵のカラ揚げである。「道の駅あおい町」で冷凍の鶏のカラ揚げを購入してこの様な場合に備えていたのだ。この様な不利な戦いは、事務所の壁に巨大ムフフの映像を投射されて以来である。


 丁度良い、スパゲティーばかりで少し飽きて来たので今宵は久しぶりにカラ揚げとダイエットコーラにしよう。この間頂いたカラ揚げ弁当の魅力の負けたのだ。たまには、奮発して道の駅で購入したあおい町の冷凍カラ揚げ味付き地鶏を製作しよう。


「これさえあれば簡単にカラ揚げが出来るんだ」

「ホー、そうなのか」

「カラ揚げ弁当は、美味しかったね」

「そうだな。揚げたてはもっと美味しいからな」


「エベリナ、最初に言っとくけど火を吹くなよ。絶対だぞ。カラ揚げじゃなく黒焦げになっちゃうからな」

「ウム、しかと承知した」

「カラ揚げ、カラ揚げ。ルンルンルン」

「アネット。嬉しいのは分かるが、全身に歓びを出して踊るんじゃない」


「カラ揚げには、鶏以外にも魚のカラ揚げや野菜のカラ揚げもある。が、俺っちが思うに、王道は鶏のカラ揚げだな」

「「ウン、ウン」」

「カラ揚げは材料もそうだが、下味も大事なんだ」

「「ウン、ウン」」

「市販のカラ揚げ粉もいっぱいある。しかしそれらをすべて考えなくても、美味しく食べれるようにしてあるのが、この冷凍のカラ揚げである」

「「ウン、ウン」」

「とは言っても、適切な温度管理が必要になる。カラッとしたのは二度揚げが良い。最初は油温160度で中まで火が通るようにじっくりと、一度取り出して油温を180度に」

「「ウン、ウン」」

「そうすれば表面はカリカリのカラ揚げが出来る。この時、油温が高いので色にも注意。プロは下処理で水につけると言う技でカリッと揚げるそうだ。いずれにしても香ばしい色は食欲もそそる。瞬間を見極めるのだよ」

「「ウン、ウン」」

「冷凍のカラ揚げでも、油を変えてみるのも良い手だ。いつもの揚油ではなく、オリーブオイルや椿油など、こめ油もいい。違う油で揚げると食感が違い面白いのだ」

「「ウン、ウン」」

「で、今から二度揚げして美味しくいただく訳だ」

「美味しそうじゃのー」

「お前ら、ウンウンばっかだな」

「「いただきますー!」」


 ※ ※ ※ ※ ※


「リョーター、カラ揚げ。美味しかったー」

「そうだなぁ。カレーと双璧をなすかもしれん。だが、美味い物は色々とあるぞ」

「ホー。夢のような話じゃな」

「ほんに、ほんに」

「例えばどのような物が有るのじゃ?」

「俺っちが、同格に扱って良いと思うのは、先ずは焼きそばかハンバーグ」

「ホー」

「マァ、カレーは別格だけどな。寒い時のクリームシチュー、ビーフシチュー、ハヤシライスも捨てがたい。外食だとラーメンなどの中華系は外せないしなー」

「フムフム」

「じゅるり」

「ラーメンには沢山の種類があるんだよ。アァ、チャーハンも捨てがたい。丼物も良いな。親子丼とくれば牛丼。懐次第で海鮮丼なんてのも有る」

「沢山あるのじゃな」

「まだまだこれからだぞ。串カツ、豚カツなどの揚げ物系もなー。ピザやオムライスの魅力には逆らえないからな」

「そんなにもあるのか!」

「マァね。お好み焼きがOKなら、タコ焼きも当然だなー」

「ムムムー」

「ホヘー。でも、みんな食べてないじゃない? 最近はスパゲッティーばかりだよ」

「確かに、妾たちの食はスパゲッティーが多いようじゃな」

「イヤ、ナポリタンだって作ったし、カレーも食べてるぞ」

「そうかなー?」

「俺っちだって、予算が許せばカツカレーで行きたいと思っているよ。イギリスではカツカレーが標準的なカレーと言われてるそうだからな」

「そうであった。アァ、また食べてみたい物じゃ。是非もない、次回はカツカレーでお願いしたいものじゃ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 とまぁ、異世界を公表したにもかかわらず、俺っち達の生活は何事も無く、ただ平々凡々と過ぎて行くのであった。

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