第3章 温泉出来ました。お待ちしております。

第31話 ドラゴンビーム!

 ※ ※ ※ ※ ※


 西の入り口の方で、いつもの様にパイプ椅子に座って青き深遠の森を見ていた。普段なら、この時間帯は道の駅に娯楽を兼ねて買い物に出たりしている。だが、役所の隔離政策により備蓄品が揃ったので出かける必要も無い状態なのである。


 イスに座っているが、これは深淵なる思考実験の時間を過ごしているのだからね。時間がゆっくりと過ぎて行くのある。ゆとりだな。アー、すまん。正直言って、暇と言えば暇である。ウン、ハッキリ言って、ヒマだー!


 本日の昼食は簡単に作れて見た目もそこそこ、むしろ見方によればシンプルで美味しいパスタである。恒例の素スパゲッティ又は素パスタである。


 フム、そろそろ名称をパスタに統一しなければならないなぁ。単純にス、スパゲッティはチョットでなんであるからねぇ。ね、こんな様に考察する話題に事欠かないのである。


 そんな時、草原との境から何かが立ち昇っているのが見えた。煙? 火事なのか? 火が出ているようには見えないが、火事ならば避難を考えるべきか?


 燃え広がるでも無し、まして物が焼けた匂いも無い。むしろ、僅かではあるが硫黄の様な匂いがする。ひょっとして、あの白煙は湯気なのかもしれん。


 木々に隠されており、小高い丘の向こうなのだろう。双眼鏡で覗いても、ここからではよく分からない。フムー、噴水に見えなくもない。それも50分と言う時間をおいて、10分ほど噴き上げているのだ。もっとも、2時間ほどしか見てないのだが……。


 マァ、急いで対処する事もないだろう。俺っちは、まったりと観察を続ける事にした。ウン、俺っちの座右の銘の一つに、「好奇心は猫を殺す」と有るからな。


 そう言えば以前、エベリナが来た時に、ピカッと光ったと思ったらチュドーンと、とんでもない音が聞こえてきた記憶があるんだ。念の為、飯時になるだろうが後で本人に聞いてみよう。


 で、これからの俺っち達の食事はイタリアの家庭で作られる、ごく普通の節約料理であり、貧乏人のパスタと呼ばれる物が中心となるであろう。これも杉本さんに、乾麺の買いだめをお願い出来たからである。


 ペペロンチーノの昼食で有ったが、さすがに燃え広がる心配が有ったのでトウガラシはおとなしめの量にした。何しろ、先日の豪華晩餐で、エベリナの火吹きショーが行われてカツ抜きのカツカレーとなってしまったからなぁ。


 これと言うのも、フリカケパスタは何故か拒絶反応が出て来たので、アレンジアップが必要とされたのである。誰にでも作れて美味しいと思う料理で、特に出費がかさむ時は大いに期待したい。


 このような逸品は他にもあるのだ。では、選手入場である。メニュー名は、卵かけパスタ。イタリアでは、スパゲッティ・デル・ポヴェレッロとかスパゲティ・ポヴェレッロである。結構、こじゃれた名である。


 ようは、卵をかけるだけのパスタで、日本の卵かけごはんのイタリア版と理解しよう。手軽に作れるし、ちょっと目は釜たまうどんかと言われそうなレシピではある。


 使う物は、卵・粉チーズ・オリーブオイルが基本である。茹で上がったパスタに粉チーズを振って和える。その上に、とろりと半熟に仕上げた目玉焼きをトッピングサービスするだけだ。


 味付けは、にんにくOK。生ハムOK。アレンジも豊富で何でも載せられる。シンプルイズベストである。なにも無くても、それはそれでOK。もしも、2個使ったら貧乏パスタから贅沢パスタに変わってしまうかもしれないからな。


「エベリナ、食べ終わったようだな。ちょっと聞いて良いか?」

「なんじゃ?」

「このキャンプ場に来た時、ピカッとかスパッとか言っていたよなぁー」

「アァ、あの時か。確か、オーガが居ったのじゃ。だが、案ずるな。群と言うほどでもない。3匹だっかなー? そうそう、1匹は少し離れた所にいたがな。いずれにせよ、歯牙にも掛からぬわ! 木端微塵じゃ。イヤ、ドラゴンビームゆえ、シュパっと貫通かな?」


 と、そんな事を言っている。フム、様子を探っていた狂暴凶悪なオーガに向けてビームを撃ったのか。なら討伐完了で、めでたしめでたしだったのかな?


「エベリナ。確認するが、お前がドラゴンビームを撃ったのだな」

「オォ、そうじゃとも。オーガ3匹、上空からシュパッとチュドーンじゃ。ほれ、リザードマン達の地下ダンジョンと同じじゃ。規模は小さいがの。ホレ、リョーターも言っておったろう。ライオンは弱き獲物であっても、全力を出すと」

「そうか……」

「さすが、妾じゃ。ビームが3匹同時に、それも奇麗に決まったのじゃ。愉快、愉快」

「その調子じゃ、出力調整なんてしなかっただろう?」

「エ、何じゃそれ。出力何とか……?」

「やったのは、こいつか!」


 仕方ないから、白煙が立ち上る丘まで確認に出かける事にする。白煙がたなびく場所までは、200メートルほどしか離れていないだろう。だが、深淵の森にはオークどころか1クラス上のオーガが居るんだ。


 見通しの悪い草原は危ないと思うのでエベリナ達に同伴、イヤイヤ、同行を求めたのだ。マァ、レッドドラゴンのエベリナが居るからたいていの魔獣は大丈夫だと思う。


 当然、エベリナが先頭となり俺っちは後ろをついて行く。そして念の為にアネットは俺っちの後ろだ。慎重派と言うのは、ちゃんと危険を予知する事が出来るのだよ。


 ※ ※ ※ ※ ※


 西の結界を出て、青き深遠の森との間にある草原に一列になって入って行く。魔よけの指輪や、たとえレッドドラゴンが守ってくれるにしても、世の中にはまさかという「さか」もある。


 油断大敵であるが、ここまではOK。ウン、気にしすぎたら負けであるかも知れん。よって探索続行。エベリナもいるし、アネットも逃げて行かない様だから多分良いだろう。


 電車ごっこの様に一列になって草原の中をゆっくりと歩いて行く。ふと振り返ると、なんだか不思議な景色が見える。草原の中にポツンとキャンプ場の施設が有るんだ。


 ちょっと大袈裟な言い方をすれば、大海原に浮かぶ孤島だな。これならアネットでも気付くだろう。もちろん、魔獣達の目にもはっきりと分かるだろうなぁ。


「ちゃんと案内しろよ。それと、お前達は俺っちの楯だという事も忘れるなよ」

「フン。妾に歯向かえる魔獣など居らんと言うておるじゃろ」

「お散歩、お散歩。嬉しいな」

「アネット。走り回るんじゃない!」

「エエイ! 鬱陶しい。リョーターも、妾のシッポを掴むなと言うておろうに」

「ゴメンなさい」


 行列は丘に近づいて行く。もっとも、丘と言ってもさほど高くはない。ビームをぶち当てたエベリナは、まったく悪気は無い様である。オーガを駆除した訳だし、キャンプ場にも近い。むしろ褒められる様な事である。


 どうやら貫通力が凄すぎて地下水脈に到達したらしい。それも、湯脈に見事ぶち当たったようだ。ビームが細かったせいか、地下に有ったお湯が出るまで時間がかかったと言う事であろうか。


 しかし、一瞬のドラゴンビームで幸運にも湯脈を当てるとはー。ドラゴンと言うのは持っているモノが違うんだろうか?


 念の為にオーガ3匹の死骸が有ると思われる丘の反対側を、重点的に探してみたが骨の一本も発見できなかった。やはり、何か大きな物をズルズルと引きずったような跡があるではないか。


 オーガもかなり大きく、しかも3匹である。それを持って行くとは……。おそらくだが、すでに何処かにいる誰かの胃袋に収まってしまったのだろう。やはり危険生物がいる青き深淵の森である。


 近づいて分かったが、丘の下には大小2カ所から小さな湯気の出ている池と、小川の様な水路が出来ていた。一匹は少し離れた所にいたそうなので、ぶち当てたのは2つの水脈になるのかな?


 こっちは高さ20メートルぐらいの温水を吹き上げていた。今一つは、実に温泉らしく普通にブクブクとお湯を出している。調べてみないと分からないが、温度は高そうなので裸では近寄らないほうが良いだろう。


 フムフム、立ち昇る湯気が暖かいってより、かなり熱い。これって、温泉で良いよな? いったい地下何メートルまで届いたのだろう。


「ビーム穴って崩れないのか?」

「たぶん大丈夫じゃろ」


 エベリナは、高温と思われる水溜りの中に手を入れて平然と答えてくれた。打ち抜いた土の部分は、ドラゴンビームの高熱でセラミック化して直径20センチ程の鉄管の様になっているそうだ。


 地中のマントルと言うのは熱くて、深い所では岩が溶けているじゃなかったかな。それでもって、ドロドロのガラスの様に溶けて噴き出したりするかな? ハハハ……まさかねー。


 それはともかく、おそらく地下空間には温水が溜まる空洞があって、地下水が溜まって50分置きに噴き出すと言う訳だろう。ウン、実に論理的な思考である。


 結果から言うと、エベリナは温泉を、掘り? 当てたようだ。しかも、脈動するタイプの温泉だ。間欠泉?と言うんだったのかな?


 マァ良い、今回は水脈だったからな、温泉が出たという事にしておこう。この温度なら、温泉タマゴは製造可能であろう。ならば、蒸し料理も出来るだろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「森君、隔離期間も無事終わったね。その後どうだね、変わりないかね。アネットさんとエベリナさんも元気しているかい?」

「はい、町長。電話、ありがとうございます。エーと俺っち達は普通だと思います」

「そうなの」

「エエ、変わりありません。変化と言えば、西の入り口近くで温泉が出たぐらいですね」

「お、温泉だって?」

「エベリナが掘り当てたんですよ。温度計が無くて湯温が測れないんですけど、温泉タマゴは出来ましたね」

「オォ、凄いじゃないか。見に行かないと」

「でも、町長。お湯が出ているのは結界を超えた所ですからね」

「じゃ?」

「エエ、キャンプ場にある結界の向こうです。日本側からは、200メートル位離れてます」

「そうかー。少し怖いね」

「魔獣が居ますし、肉食の植物も居ますから」

「温泉なら、町興しの良い話題なったんだろうがな。でも、どんなのか見たいから昼休み過ぎにそっちに行くよ。ア、そうそう、忘れないうちに言っとかないとね」

「なんです?」

「イヤなに、広場にあるポールに日の丸を掲げておいてね。事務所の保管棚にあるはずだから、頼むね」


 国旗掲揚ポール? 役場の駐車場にもそんなポールが有ったが、急にどうしたんだろう。良く分からんが業務命令には違いない。後で探して指示通りにしておくのがベストだな。


 ※ ※ ※ ※ ※


「エベリナさん、アネットさん。こんにちは!」

「「ハーイ。町長さん、こんにちは」」

「森君。じゃ、お願いするよ。少し怖いけどね」

「大丈夫です。温泉の場所も近くですし、ここにはそこそこ強い結界が張ってあるそうです。それに魔よけの指輪という魔道具をもってますからね」

「魔よけの指輪?」

「ア、町長には言ってませんでしたか? 俺っち、魔よけの指輪を貰ったんです」

「貰ったって!」

「エェ、アネットから。話すと長くなりますから、また今度話します」

「ウン、頼むよ。絶対だからね」

「ハイ」


 思わず指輪の事を話してしまったけど、田中町長はチャンとなろう派である。これに関するお話は、一を聞いて十以上を知るだからね。魔よけの指輪が、転送魔法陣が出来る魔法の指輪になったとは言いにくな。


「で、効力が有るのは君だけなんだ」

「ウーン、指輪は個人用ですからそうですね。でも、今回は強力な魔獣が居てもエベリナ達が護衛してくれますから。安心して下さい。どうぞ、こちらです」

「ウ、ウン。じゃ、行こうか」


「これかー」

「エェ」

「ホー、ボコボコと、中々の勢いだね」

「そうですね。あっちのは、時間を空けて噴き上げてます。危ないから湯口近くに行かない方が良いですよ」

「ウン、気をつけるよ。なるほど、思ったより良いんじゃない」

「そうですか」

「そうだよー。温泉があればキャンプ場の呼び物になるなー」

「そうなんですか」

「間違いないよ。何とかして曳きたいな」

「ですが、ここは異世界の草原ですからね。深淵の森にも近いですから、結界が有っても魔獣が出るかもしれませんよ」

「ウーン、西の入口の結界までは200メートルは有るな。やっぱり、危険なんだろうかね。無理かなー。でもまぁ、せっかく来たんだから見るよ」


「どれどれ、アッチ! 離れた場所でも、湯温は手を長く入れれないくらいか。良し良し。となると、まずは成分分析だな」

「成分ですか」

「ウン、素人が良いお湯だと言ってもねぇー。チャンとしたところで調べてもらおうかなと思ってね」

「へー」

「いきなり施設建設は難しいからねぇ……。専門家にも調べてもらいたいし。でもマァ、穴は掘らなくても、湯が出ているから色々と助かるよ」

「そう言うもんですか」

「ウン、計画の説得力が違うよ」

「温泉ランドですか。じゃ建物とか湯船とか色々と作るんでしょう」

「もちろんだよ。建築基準法が通るように設計して、お湯の再提出とか、色々と必要かな」

「時間、かかりそうですね」

「そうだねー。容器を持って来たから、取り敢えず成分分析に出してみるよ」

「ア。間欠泉の方は、時間になりそうだから気を付けて下さい」

「ありがとう」


 ※ ※ ※ ※ ※


「リョウター。さきほど小耳にはさんだのじゃが、温泉を曳くのに難儀しておるのかのー?」

「アァ、200メートルは有るからなぁ。ひょっとして、エベリナならどうにか出来るのか?」

「妾なら結界を動かせるぞ。範囲も強度も思うままじゃ。何しろ魔法を極めたドラゴン族だからな」

「オ、オゥ」

「このソフト結界は、ミレナが作ったんじゃろ。エルフの結界なら解析済みじゃ」

「へー出来るんだ。そうなんだ。じゃ、町長。エベリナに頼んでみて下さい」

「森君、良い所に気が付いたね。ぜひお願いします。エベリナさん。イエ、エベリナ様、女神様!」

「ウム、そうじゃのー」

「もちろん、些少ですがお礼の品も用意いたします」

「フフフ、お礼の品か。町長とやらは人間が出来ておるようじゃ」

「いいんですか? 町長」

「良いよ良いよ。交際費で落とすから。エベリナ様の好みを教えてね」

「それは構いませんけど……。金銀財宝は持ってたし、魔石は用意できないしね。やっぱ、カレーとお菓子全般かなぁ」


「ン、話は終わったか? マ、妾は女神では無いがなー。ホッホホ、誰かとはえらい違いじゃのー。良々、雑作も無い事じゃ。どれ、ウン。OKじゃな」

「今のでOKって? 1秒かからなかったけど」

「もちろんじゃ、湯の出る所まで結界を動かして広げておいたからな。結界強化はおまけじゃ」

「オォー! エベリナ様、ありがとうございます」

「だがな、町長。その先には青き深淵の森が有るからな。普通の人間では行けんぞ」


「そうなんですか。異世界の町に行けた森君がうらやましいなー。行きたいなー」

「町長、本音が出てます。それに遠目に見ただけです」

「リョウター君。イヤ、森君。うらやましいねー」

「残念だが、出来ないものは仕方ないからねー」

「町長。露骨におねだりしてせん?」

「ハハハ、言うだけでも言っとかないと。不断の努力がいつか実を結ぶかもしれないからね」

「さすが「チャンとなろう」派ですね」

「そうだよ。いつ転移が有るか分からないから……常に備えよの精神だよ」


「何の事か分からんが、今なら近づいた故、青き深淵の森の緑が良く見えるぐらいになったと思うのじゃ」

「そうですか。でも、温泉が出ただけでもありがたいです。これでこのキャンプ場にも複合娯楽施設の建設計画が進むますよ」

「そんな計画があったんですか?」

「アァ、昔の事だけど予算のせいでダメになったんだ。温泉井戸を掘ろうとすれば、探査するだけでも2・3000万は飛んでいくんだよ。ウンウン、それが0円だからね。来春のキャンプ場改修計画の、目玉になる事は間違いなしだね」

「そうなんですか! 3000万ねー」

「それも上手く行けばの話だよ。絶対に温泉を出すとなれば1億円はいくからねー」

「ハァ」

「森君。エベリナ様の機嫌を損ねないようにね。温泉と言うのは、当たると大きいよ。ここらは、ショッピングモール無理かもしれないが、キャンプ場だけでなくスパ施設だろ、飲食店、遊技場、衣類物販、意外に冠婚葬祭センターも良いかもしれないねー。雇用も増えるかも知れないなー」


 さすが、田中町長である。産業育成に雇用問題まで考えている。この場所は、あおいの湯と競合しかねないが、こちらはキャンプ場内にあるので一応はセーフらしい。


 それはともかく、人気は出ると思う。だって、異世界の青き深淵の森を見ながら入れる露天風呂である。インパクトは絶大だし、流行らない訳が無いだろう。


 それに、チャンとなろう派にとって、温泉の話は異世界なら付き物と言うか必然でしょ。ならば、絶対に作らないとね……。

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