第30話 リザードマン達の怨念。

 ※ ※ ※ ※ ※


 10日後の朝、道路封鎖をしていた小山が取り除かれれば、晴れて自由の身である。そんな事を考えていたら大型運搬車の音が聞こえた。聞こえたと思ったらエベリナの姿が見えないではないか。


 思いつく場所は1つ。パワーシャベルが降ろされるキャンプ場入り口である。駆けつけると、エベリナが部分的に人化を解いた両腕で、小山を一振りで薙ぎ払った後だった。ホントに、ショックだったよ。


 なぜかと言うと、エベリナの手があるべき処にドラゴンの腕が有るというシュールな絵を見せられたのである。完全に人化を解いてドラゴンになって、攻撃をしているよりは、ましかもしれないが……。


 パワーシャベルを降ろそうとしていたドライバーさんは、トラックの向こうに居たようだ。が、気が付いたら小山が無い事にとっても驚いていた。だが、無いものは無い。結局、首を振りながら帰って行った。


 ウン。事務所棟に戻るのだろう、すれちがったエベリナが一言「勝った」と言ったような気がした、聞かなかった事にしよう。


 それはともかく、この話はエベリナのアイテムボックスを片づけたり、パワーシャベルが来たりした後の話。そう、まだ隔離期間中でコタツが健在だった時なんだけど……。


 ※ ※ ※ ※ ※


 アネットが喜ぶ姿は子犬が喜ぶ時に似ている。アネットには子犬の様なシッポは無いが、あるとすれば千切れんばかりに振っていただろう。


 イヤ、エベリナの場合はリアルシッポなのでまる分かりである。ただし、ビュンビュンと鳴り響くムチの様である。マジで怖いし、当たるととんでもなく痛そうなので止めて欲しいものだ。


 何故、2人が喜んでいるかと言うと、俺っちが特別食であるカレーの大盤振る舞いを決めた為である。しかも、ただのカレーではなくカレーライスの上位版と言われるカツカレーなのである。


「「カレー! カレー! リョーター、ご飯まだー」」

「分かっているって、今から作るから。まったく、お前らときたら何もしないのに、なんで腹が減るんだろうなー」

「嫌味を申すな。されど、リョーターの作るカレーは美味じゃからな。待ち遠しいわい」

「ウンウン。ひと味違うからねー」

「そうじゃとも。やはり、魔素入りは一味上じゃな」

「エ! 魔素入り? なんのこっちゃ」

「わかんないのー。リョーター、この間ダヌシュカのお土産食べて美味しいと言ってたじゃない」

「旨いとは言ったが……オイ、魔素は無害だって言ってたよな」

「ウン」

「その通りじゃ」

「???」

「アァ、リョーターの作ったカレーやオムライスには魔素が入っておる。キャンプ場だったかな。妾らにとっては異界であるがな。ここらでは魔素が少ないので、格別な味となるのじゃ」

「で?」

「やっぱり、リョーターは料理の才能が有るんだ」

「才能ねー。ありがとう。イヤ、今はその話じゃない」

「ウンウン、理の実を食べただけは有るよー」

「なんじゃそれ」


 どうやら理の実は言語通訳や解析だけではなく、魔素も吸引する事が出来る体になったらしい。らしいのだが。ウン、異世界の生き物にとっては、魔素は必要不可欠の物だし、多く入っていれば美味いと感じるものらしい。


 その話によると、未来はともかく今は吸引と言っても魔素の蓄積は出来ないようで、集めた魔素を別の物に転嫁できるみたいなのだ。未来って……。


 だが、これで謎が解けた気がする。いくら俺っちの料理が上手くても、やって来る異世界の住人達が挙って「美味い、美味い」という訳は無いからな。


 アネット曰く。その魔素が、俺っちの作った料理には無意識に転嫁されていたらしい。俺っちの「美味しくなーれ」の掛け声は冗談ではなく、理の実によってまるでリアル呪文の様な効果を生みだしていたらしい。


 ホーと驚いた。妖精の王女というのもあながちバカに出来ないものだ。普段、ボーとしている様な言動の多いアネットであるが、妖精であるから魔素の感知には長けているそうだ。


 この話、まず間違いないとの事だ。こんなに整然とアネットに説明されるとはなー。


 それはともかく、カツカレーライスである。トッピングは道の駅の惣菜コーナーにある出来合いのカツであるが、厚みが有ってそこそこいける味であった。すいません。生意気言いました。もの凄く美味しいです。杉本さん、運んでくれてありがとう。


 話を戻そう。そのご褒美の理由が凄かったのだ。それは、ご褒美のカレー話が出る数時間前の事であった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「アネット、気づいておるか?」

「大穴の事?」

「そうじゃ」

「エベリナも感じたの?」

「何か、異形の者達の気配がするのじゃ」

「調べるー?」

「ウム」

「では、エベリナ隊長。不肖、アネット隊員が探索に行ってまいります」

「そうか、アネット隊員が行ってくれるか。妖精族は高い感知力があるとはいえ、危険やもしれぬ。気を付けていくのじゃぞ」

「ウン、妖精の赤いケープも有るから大丈夫だよ」

「なるほど、不視化のケープなら気配も消せれるし防御力もあるからな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 遥か昔、幾世代もの人族に伝えられた話がある。青き深淵の森。大森林とも言われる中に、嘗て栄えたリザードマン達の都市があったという。


 今となっては何が原因かわからぬぐらい前に滅んだらしい。その原因となった出来事は、もはや知るすべもないが、一説にはおよそ2000年前にドラゴンの怒りによって滅ぼされたと伝わっている。


 未だリザードマン達の遺跡都市にはまだ知られていない魔法の道具や、お宝が眠っているのは確実とされる。その名残りとも思われる遺跡都市の転移門等は今もなお稼働を続けている。


 だが、そればかりでは無い。あろうことか、森の奥に有る遺跡となった都市には、リザードマンの姿をしたさまようアンデッド達と出くわす事が有るらしい。


 らしいと言われるのも無理はない。事実、アンデッドに遭遇して生きて帰った者は極少なく、信憑性に欠け都市伝説ともされるのだが……。等と、まことしやかに語られるのだ。


 そして、俺っちは、アネットとエベリナから聞き出した驚愕の事実を知る事になった。


 ※ ※ ※ ※ ※


 先に述べた通り、嘗てキャンプ場のある場所にはリザードマン達の古き都市があった。それは青き深淵の森の東に広がる湿地帯に築かれていたようだ。


 始まりは何処でも同じなのであろうか? 最初は、小さな村々から始まり、リザードマン達の集まる町へ。青き深淵の森の中に有りながらも、順調に文明を築き、多くの都市を造り出し、リザードマンの国家と呼べる規模となる。


 文明は技術を生み出し、優れた技術は、力を拡大させる。加えて、魔素の豊富な地である深淵の森は魔法の発達を促した。魔法に魔素は欠かせない物である。青き深淵の森の中でも、この地には豊富に魔素が有った。


 それだけでは足らず、リザードマン達によって魔素の集積は意図的に行われていたのかも知れない。今となっては知る由も無いが、魔素が豊富で高価な果物と言われる「へびりんごーごー」の果樹園が作られて、その一助となっていたのだろう。


 おそらく、数は少ないながらも「へびりんごーごー」が、リザードマンがいなくなった後にも育っていたのは偶然では無いだろう。


 それはともかく、よく言われるように、優れた技術は魔法と何ら変わらない。逆もまた真なりで、優れた魔法は技術開発を推し進めていく。リザードマン達の魔法工学はさらに発展し、転送陣を開発するまでになっていた。


 白い塔と呼ばれる転送陣の建物は、青き深淵の森の各所に有ると言わる。女冒険者達のツアーズが逃げ込んだように、状態保存の魔法のお蔭か、その主達が滅ぼされても動作したほどである。


 時は流れても、彼等の勢いは止まらず、広大なる深淵の森の一角ではあったが、リザードマン達の帝国は深淵の森という資源を消費して、さらに拡大を続けていた。その地がドラゴンに滅ぼされる迄は……。


 そう。やがては青き深淵の森が消え去るかも知れないほどの資源を食い散らして巨大な勢力となった時、彼らはレッドドラゴンの怒りに触れたのだ。


 レッドドラゴンのブレス、いわゆる広域破壊光線で地表にいた生命体や、築かれた建造物は完全に破壊、殲滅させられたのだ。


 今では、キャンプ場の有る異世界の地では、だだっ広い草原があるだけだ。それだけなら、百歩譲って良しとしよう。生きとし生けるものはすべて生者必滅 会者定離である。悲劇であったが、歴史と共に姿を消すのは、ある意味必然であろう。


 失われた都市が有ったとされる場所には、キャンプ場が出現するまでは500年を経ても木々は育たず、中央部は未だにガラス化していた。辛うじて、舞積もった土埃に草が生えるだけの地となってしまっていた。


 だが、巨大都市の地下には帝国が築いた大規模な地下施設があった。そこには、レッドドラゴンの脅威から逃げこんだ幾千幾万のリザードマン達が居たのだ。


 地下深くに築かれた設備により、リザードマン達は何カ月も耐え生きる事が出来た。だが、カラス化した地上部分への出口は硬く閉ざされてしまっていた。


 高温となった地表はガラス化し、フタとなって地下に逃げ延びた彼らを完全に閉じ込める事となった。そのフタは、彼らの総力を持ってしても動かす事が出来ず、外界への脱出はかなう事がなかった。


 高度な魔法工学により、息をする為の空気や喉の渇きを癒す水は作れた。しかし、幾千幾万のリザードマン達は、物資の供給を絶たれて口にする物さえ無くなる。食物は無くなったが、目の前には動く肉がある。


 リザードマン達は、共食いを止める術はなかった。やがて、その肉も無くなり、リザードマン達は滅ぶはずであった。だが、彼等には転移門を築くような優れた魔法工学が有った。


 彼らが選んだのは暗黒魔法と言われる禁断の行いであった。高度な魔法と恨みは、リザードマンゾンビとリザードマンスケルトン達を作り出した。地下施設はダンジョンと化した。


 リザードマンレイスの様な強大で凶悪な魔法使いがいなかったのは幸いであったが、うごめく者達は怨念を抱いたまま500年の時が過ぎていく。


 そして、空間が歪められた時、ガラス化した地表には「あおい町キャンプ場」が孤島の様に出現した。地表に現れたキャンプ場の地は柔らかい。リザードマン達が気づけば、すぐにでも地表に姿を現す事が出来るだろう。


 今まさに、リザードマン達の怨念は500年の歳月を経て蘇る事だろう。ダンジョンのうごめく死者達は、生者を死に引き込もうとしていた。


 ※ ※ ※ ※ ※


「さっき、大きな音と、一瞬だが体が浮き上がったような感じがしたが、またアネットが何かしたのか?」

「違うよー。アネットは報告しただけだよ。エベリナがシュワとしてジュワなの。でも、今回はドーン! だったけど。で、ボッコーンになったんだよ」

「ドーン! にボッコーンってなんだ?」

「べつにー」

「ボッコーンって、あれは地震じゃないだろう。そう言えば、エベリナはどこだ?」

「ちょっと、お外に。でも、もう帰って来ると思うよ」


 そして、俺っちは驚愕の事実を知らされたのだ。さっき言ったようにアネットとエベリナから、曰く因縁をきちんと説明されたのだ。


 ドラゴン、妖精、エルフは、共に青き深淵の森の秩序を守る者達である。事実、妖精族の姫であるアネットが森を見て廻る理由の一つでもある。


 500年に渡るリザードマン達の怨念の籠ったダンジョン化した地下施設を、エベリナが文字通り、きれいさっぱりとかたづけたのだ。イヤ、方法は分からんけど。ウン、何となく知らない方が良いような気もする。


 何はなくともめでたい事には違いないだろう。あと一歩遅ければ、恐ろしいゾンビやスケルトンが溢れ出すところだった。そうなれば、キャンプ場ばかりで無く、あおい町も危なかっただろう。


 イヤ、カルロヴィの町はもちろん、クラドン王国のみならずラフ大陸も危なかっただろう。ひょっとしたら、日本もダメだったかも知れん。


 不死者の軍団であるから、時間はかかるだろうが2つの世界を征服したかもしれん。その危機をエベリナとアネットが打ち砕いたのだ。


 アネットによると、エベリナの収束された魔力波はイザール父さん(ここで500年前にリザードマン達の帝国を滅ぼしたという恐ろしいレッドドラゴンの名が分かった)の広域破壊光線とは異なり、ダンジョンと化した地下施設の構造体を打ち砕いたらしい。


 結果、細断された柱や梁はダンジョンを支える事が出来ず、重力によりダンジョンを完全に陥没させて、崩壊させた。おそらく、隙間に流れ込む土砂により一時的に周辺の土地が飛び上がるように浮き上がったようだ。


 マァ、普通に考えればレッドドラゴンとは言え、そこまでの攻撃力は無いと思いそうだが……。待て待て、エルフのミレナやアネットを始め、冒険者達の恐れよう。護衛空挺師団のダヌシュカさん等、沢山の竜人族が崇めている事もある。


 ウーム。等々、皆から聞いた話が、仮に話半分としてもレッドドラゴンの攻撃力は生半可なものでは無いという事だ。


 そのレッドドラゴンの姫であるエベリナの力も推して知れる。やはり、リザードマンゾンビ云々を、壊滅させたと言うのは本当の事だろう。


 やがて、ボッコーンの場所。ガラス化した地表には窪地ができ、雨が降れば水が溜まりガラスがキラキラと輝く沼となる事だろうとエベリナは事も無げに語っていた。


 何はともあれ、不死者達の世界征服を阻止したのだ。めでたしめでたしである。待てよ。確か、ゾンビやスケルトン達を倒すには聖魔法系の何かが要るんじゃ無かったっけ。


 それを、物理的? な力で殲滅するとは……出来るのか?  ひょっとして、ゾンビ達は死なないんだったら、活動を止められただけなんだろうか?


 イヤ、ここは良い事のみを考えよう。結果として死者の怨念から世界を救い、危機を脱した訳で有る。だよねー。


 しかし、この出来事を知るのは、手を下したエベリナとアネットを除くと俺っち一人。世界を救った偉業かも知れんが、ヒーロー物語にしては何となくわびしい気がする。


 他に偉業を知る者は無くとも、俺っちは知っている。ならば、一人だけでも祝ってやらねば男が廃る。で、豪華絢爛のカツカレーの登場となったのである。


「エ! 俺っちが寝ている間にそんな事が起きたのか。で、もう大丈夫なんだろうな」

「ウン、大丈夫だよ。でもね、少しおかしんだよ」

「ウム、そうなのじゃ。ほんの少しじゃが、空間に亀裂が拡がった形跡が有るのじゃ」

「拡がった? このキャンプ場で?」

「アァ、自然現象とも思えん。人為的なものかも……。分からんがな」

「とりあえず、今はOKだよ」

「フーン、そうなんだー。じゃ、良いか」

「ウン」

「マァ、大変な危機を未然に防いでくれたんだから、ご褒美には豪華なカレーを出そう」

「それは良いのー。で、どのようなカレーなのじゃ」

「カツのトッピングでもするか」

「オォ、では話に聞いた、カツカレーなのじゃな」

「ワーイ。やったー!」


 ※ ※ ※ ※ ※


「エベリナ、このカツを温めたいんだけどな」

「良いぞ。一息、ブワーとな」

「ア! チョ、チョッと待って!」


 エベリナは辛いカレーを食べると、時々火を噴いているので頼んでみたのだが、火炎放射器など足元にも及ばないドラゴンブレスである。


 俺っちに責任があるかも知れん。正直、うっかりしていた。アっという間に、カツは丸焦げ。炭化してカツの形をした炭となっていた。


「オゥ。マァ、仕方ないのじゃ」

「エーン! どうなってるのー」

「アネット、泣くなよ。また、今度なー」

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