第28話 選挙は大変だ。

 ※ ※ ※ ※ ※


「リョーター、ちょっと頼まれてくれぬかのー」

「ウン、良いけど。何をすればいいんだ」

「ブルーシートとか言っておったじゃろ。あれを2枚ほど貸してくれんか」

「良いけど。何すんの?」

「久しく開けてなかったので整理じゃな」

「?」

「ほれ、この間。亜空間……リョーターが言う、アイテムボックスから金銀財宝を出したじゃろ」

「アァ、カレーのつまみ食いの時の」

「マ、マァ、そうじゃが……」


 どうやら、エベリナは亜空間魔法で格納してある金銀財宝を整理しようという事らしい。あの後、慌てて戻した為にぐちゃぐちゃになっているらしい。


「虫干しを、するのかな?」

「そんなところじゃ」


 奇跡の様な亜空間魔法であるが、エベリナのアイテムボックスは順序良く並べたりする機能が無いのが玉に瑕らしい。後入れ先出しといかず、剣や槍等のかさばる物は上の方に、金貨や小さめの宝石や魔石は底の方に溜まるらしい。


 すまんのー。俺っちはアイテムボックスなんてのは出来ないのでここら辺、全部らしいの羅列になってしまうのだ。


「オイー! キンキラのお宝が山の様にあるじゃないか。ゲ、なんじゃこれ!」


 2枚のブルーシート一杯に広げられた、山の様なお宝を見ながら思わず声をあげてしまった。

 これだけの量のお宝や金銀魔石が有ると、何となく高価な香りが漂っている気がする。イヤー、お宝の香りって初めてだわ。


「エベリナ、すごいね!」

「イヤイヤ、妖精のお宝もすごいと聞いておるぞ」

「そんな事ないよー」

「謙遜せずとも好いではないか。それに凄いと言えば、イザール父さんのは掛け値なしに凄いぞ」

「「そうなんだ」」

「何しろ使えるアイテムボックスが、一種だけでは無いからな」

「エー!」

「容量制限無しは当たり前。常温保存、冷凍保存、温度上昇はもちろん、時間停止、時間加速、生物収納、等々、10種はあるのじゃ」

「一つじゃないんだ」

「当たり前であろう。思い込みはいかんな。魔素を消費するので、なんぼでもOKという訳にはいかんがな。一つでは不自由でたまらんわ。マァ、妾は若い故4種であるがな。その上、妾のとは違い整理整頓タイプでリスト式だからな」

「そ、そうなんだー。マァ、何はともあれ片づけるか」


「聖剣や聖槍はこっちだな。何でこんな物があるんだ?」

「たまに頭のいかれた聖騎士が寝所に来るのじゃ」

「フーン。オィ、この立派な鎧には鎧下みたいな下着まであるぞ?」

「何とかと言う女騎士のだったな。あまり舐めた事を言ったので、裸に剥いて追い返してやったのじゃ」

「そ、そうかー」

「ク、殺せと言うておったがなぁ……」


 とまあ、キャンプ場で穏やかな? 日々を送っていたのだ。それは良いのだが、もうそろそろ、町役場に行って田中町長に相談しないと……。アポ電、掛けるかなぁ。


 ※ ※ ※ ※ ※


「森君。座って」

「田中町長。さっき広報車が言ってましたけど、もうすぐ選挙だそうですね」

「そうなんだよねー」

「大変な時ですね」

「ウン、マァ、そうなるかなぁ」

「町長、なんだか余裕ですね」

「対立候補が出ればそうでも無いんだ。こう見えても、2期務めているし、それなりのカバンが有るからね」

「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)ですか」

「よく知っているね。という訳で、次回もハラハラドキドキは無さそうなんだ」

「へー」

「残念ながら、あおい町は過疎化が進む町だからね。こう見えても政治家のはしくれだから、頑張らないとね。産業育成策と地域振興は常に考えているんだよ」

「ホー、さすが田中町長ですねぇ」

「照れるね」

「じゃ、今このキャンプ場の事がばれると選挙に不味いんじゃないでしょうか?」

「やっぱり不味いと思うかね。僕は、これが町興しの起爆剤になるじゃないかと思うんだがねー。出来るなら、選挙公約にして大々的にやりたいぐらいだよ」

「ハァ」


「仕方がない。選挙結果が出るまでは自作マニュアルのプランBにするか」

「エー! そんな事まで想定済みなんですか」

「ハハハ、冗談だよ。そんな事はとても無理だよ。でもね、現状では最高の案だと思うよ。マァ、考えてごらん。あそこには、キラーコンテンツが目白押しなんだよ。合成や作り物じゃない、まごう事無き本物だしね」

「そうですね」

「アァ、ここの事を知ればコスプレイヤーが放って置かないだろう」

「だろうですか? でも、コスプレイヤーが一番なんですね」

「ウンウン、そうなればコスプレ衣装好きの男共が写真を撮ろうと殺到してくるよ」

「ハァー。異世界の事がメインになると思っていましたが、異世界云々じゃないんですね」

「僕はチャンとなろうの愛好家とは言え、現実的な政治家でもあるんだ。まだまだこれからの異世界の話よりもね」

「そう言われればそうですね。さすが、政治家は見る所が違いますね」

「ウン、現実に利を生む物が一番だよ。実際、某県にある某海水浴場の戦車の看板設置だけでもあれだけの人出があるんだよ。期待してもいいんじゃないかな」

「確かに公開すれば、あおい町の名物にはなるとは言えますけど、国の方は大丈夫でしょうか?」

「何で国が出てくるの? 異世界だから? ここはあおい町だよ。地方分権だよ。文句なんか言わせないよ。地方交付税交付金は貰っているけど。僕は町長だよ」

「それはそうですけど」

「僕は公正な選挙で選ばれた皆の代表者だよ。カバンを維持するのに、まったく幾ら掛かったと思うんだ」


 ずいぶんと熱の入った話し方に変ってきた。以下は田中町長の個人の意見であり、当キャンプ場を代表するものではありません。念の為、申し添えます。


 ※ ※ ※ ※ ※


「だいたい選挙にかかる費用が幾らか知っているかい。選挙の種類や地域・選挙区の規模で違うけど、例えばだけど一般的な市議会議員選挙の費用は200万~800万円かかるんだよ」

「かかるもんですね」

「ウン、最近は派手な事は出来なくなったけどね。このぐらいの町では、選挙事務所は自宅の一室で、選挙カーも軽自動車が当たり前だよ」

「そうなんですか」

「マァ、費用を節約しすぎてもダメだけどね。そうはいっても、お金はドンドン出て行くからね。掛かるものはちゃんとあるんだ。まず供託金がいるよ。法務局に預けるお金でね。絶対に必要なんだ。これ、選挙の種類別にその額が決めてあってさ、規定の投票数が無かった時や、途中で立候補を取り止めると没収なんだよ」

「フーン」

「次は人件費だね。選挙運動に携わる事務員や、ウグイス嬢等の働いてくれるへの報酬。少なすぎても多すぎても違法になるからね」

「へー」


「他にも、事務や、宛名書きに発送作業、看板の運搬、選挙カーの運転、ポスター貼りなど、支払はいっぱいあるんだよ。さっきも言ったように自宅がダメなら、選挙事務所の費用もねー、事務所なんかを貸してくれれば賃料で良いけど、無ければプレハブで仮設するんだ」

「そりゃ、事務所はいりますよね」

「紅白の幕はもちろん、電気や水道、電話。今ではネットが必需品だから光回線などの工事代等もいるしね。で、さっき言ったように、自宅がある人は一室を選挙事務所として使うんだよ。出費を抑える為にね」

「フーン」


「通信費と印刷費もバカにならないんだ。ハガキや封筒の郵送料や、FAXに電話代がいる。でも、選挙ハガキ。アァ、法定ハガキって言うんだけど、それだと郵送料はすべての選挙で無料なんだけどね。しかし、選挙ハガキは郵送料がかからないけど、手書きだと人件費がかかるんだよ」

「そうかー」

「そうだよ。ポスターの印刷代は公費負担があるけど、貼りに廻るには人手がいるんだよ。後援会入会案内やビラ、名刺などの印刷代もかかるからね」

「正直言って、気付きませんでした」

「ウン、普通は気付かないよ。だけど、広告費は絶対に必要だよ。選挙カーの看板や事務所の看板、拡声器代や新聞広告代にも使うんだ。ここみたいに、町村長・町村議会議員選挙は公費負担じゃないのが多いんだよ」

「知りませんでした」

「マ、広告費をケチると落ちるからね。選挙は公約より見た目で決まるからね、プロカメラマンに撮らせるのは当たり前だよ」

「エェ、何となく分かります。写真の印象で随分と変わりますからね」


「細かいといえば、文具費なんだが画鋲やボールペンなんかはいつの間にかなくなっちゃうんだよ。皆、持って帰るんだ。でもね。筆記用具だからねー。絶対に補充が必要なんだよ」

「……」


「運動員のお弁当代は、期間中の総数と人数、1食の上限金額も決められているからね。事務所でのお茶とお菓子代も必要だよ。宿泊費もいる時があるんだよ。運動員が宿泊する時に出すんだけど、まさか事務所の床で寝てもらうのもねー。もちろん上限も決められているよ」


「雑費は忘れると痛い目に合うよ。選挙に使う白い手袋、テープや選挙で使う物の費用。これは、収支報告書として提出しないと怒られるよ。選挙費用は、選挙運動費用収支報告書。後援会は政治活動だから、政治団体として収支報告がいるんだよ」

「ハァ」

「忘れてた。タスキに事務所看板と横断幕、立て看板はポスターと同じぐらい目立つからね。ネットで選挙運動サポートもいいけど、書き込む頻度や内容によっては逆効果だからね。慎重にね。後はあると嬉しい必勝だるまや、皆のハチマキ、きれいな白手袋が沢山、拡声器も選挙に必要だなー」


 以上となります。ご清聴ありがとうございました。思いもよらず長く話してしまったが、田中町長には色んな思いがあったんだ。


 ※ ※ ※ ※ ※


「これからの 未来を決める その一票」

 ピンポンパンポン……こちらはー、あおい町広報車ですー。日曜日のーあおい町町長選挙は無投票になりましたー。あおい町長選挙につきましてはー、届出のあった候補者が1人でしたのでー、投票は行われない事になりましたー。


 良かったですねー。田中町長。尚、広報車も以前はカセットテープ式だったが、今では回転むらや音質劣化の無いSDカード式の録音再生器付き車載アンプを使うそうだ。しかしながら、ピンポンパンポンのチャイム音と、言い回しと言うか独特の節は変わらないなぁー。


 ※ ※ ※ ※ ※


「イヤね。いよいよ、我があおい町も運が向いて来たんじゃないかと思うんだよね」

「兄貴、なんの話だ?」

「町興しさ。だってさ、キャンプ場には本物の妖精とドラゴン。時々は、冒険者も訪れるというじゃないか」

「アァ、この前。兄貴に聞いたからな。確かにいいかも知れないな」

「だろ。絶対そうだとも。この状況を活用すれば、今はやりのコスプレイヤーだったけ。そうそう、コスプレ衣装好きが殺到してくるのが目に浮かぶようだよ」

「かも知れんが……」

「何しろ、妖精とドラゴンに冒険者の三者そろい踏みだ。異世界のキラーコンテンツが目白押しだぞ」

「そうだな。マァ、彼らは、まごう事無き本物なんだろ」

「もちろんだよ。ゴーストライターを雇ってストーリーを作れば、アニメ化だって夢じゃないだろう」

「兄貴の趣味は置いといて、確かに、妖精とドラゴンと言うのは話題になりそうだな」

「冒険者も忘れないでくれよ」

「ウ、ウン。だとすると、呼び物は妖精たちで良いとして……話だけじゃ、人は来んからな。人が来てこそ、お金を落としていくんだぜ」

「となると、それらしい施設がいるなー」

「アァ、そうなると何処からお金を持って来るかだな」

「ウーン。待て待て、どうせキャンプ場は改装するんだ。予算も降りているからな。土産店は、あからさまか……。マァ、道の駅タイプの小さな物なら箱物も作れるだろう」

「そいつは良い考えだ」

「はったりを効かせて、お題目を掲げればいけるんじゃないか?」

「だな。なら異世界ターミナルというのはどうだろう」

「オー、いいんじゃない。兄貴、今日は冴えているじゃないか」


 ※ ※ ※ ※ ※


「森君、電話ですまないね。ちょっと頼みがあるんだが」

「エ! 俺っちにですが」

「ウン。力を貸してくれないかね」

「良いですけど。でも田中町長、改まって何ですか?」

「アァ、急いで話をまとめたいんだけどね」

「そうなんですか」

「もちろん後からチャンと会って話すよ。この間の話の事なんだけど、頼まれてくれないかね」

「異世界云々ですかね?」

「アァ、そうだよ。実は町営キャンプ場に異世界ターミナル建設の要請が、うちの派閥の田中町議員からあってね」

「田中町議員? アァ、道の駅の田中店長ですね。で、異世界ターミナルですか」

「ウン、ウン。そんな大げさな物じゃなくてね。最初はこぢんまりとした連絡事務所みたいのを作ったらどうかという話でね」

「フムフム。それで」

「キャンプ場を、改装ついでに異世界との交流場としたらと言う事なんだけど」

「それがターミナルという事ですか?」

「そうだよ、僕はここが異世界との橋渡しの場所、つまり駅だと思うんだ。最初はごく申し訳程度だけどね。キャンプ場の設備として、付け加えて行くつもりなんだけど」

「そうですね。何時、異世界と連絡が無くなるかもわかりませんしねー。こじんまりで、良いと思います」

「取り敢えず食堂にお土産なんかの販売所。可能なら宿泊が出来れば良いと思うんだ」

「そうなら、キャンプ場がぴったりですね」

「だろ。大勢の人が来てもキャンプ場なら宿泊も可能だし、追加の施設もさほど要らないだろう」

「よく分かりませんけど、そうなんですか」

「そうだよ。でも、念の為に検疫所みたいのは作った方が良いだろうがね。病原菌がいたり、おかしなのが来たりするかもしれないし」


「エー。待って下さい。俺っち、何回か道の駅や町役場にも行きましたけど」

「ウーン。どのぐらい」

「3回と2回だったと思いますが……」

「何時?」

「最初は2週前の昼頃だったかな」

「2週間も前かー」

「町長も、今日までにキャンプ場に2回来てますよね」

「そうだった。でも、昔からインフルエンザも罹った事もない健康体だよ。僕は大丈夫だよ、タフな政治家だからね。マァ、念の為に検診は受けるけどね」

「怖い話はやめて下さいよ。病気になっているなら、もう症状が出てますよ。大丈夫じゃないんですか」

「そうだね。感染しているならもう症状は出ていると思うが……。コロナの時も2週間だったしね。マァ、何事も無いかもしれないがね。念の為に重度な接触者には検診を受けてもらおうかな?」


 さすが、田中町長はチャンとなろう派である。アメリカ大陸で起こった悲劇だからな。昔のインカやインディオの人々が激減した理由をご存じのようだ。


「後、僕。異世界の人と接触しました。この間は、向こうの町にも行ってきましたよ」

「そうか。なら、君はキャンプ場で10日間の隔離延長してもらうね。ウン。インフルエンザやコロナと同じだよ。心配しなくても良いよ。念の為の、外出禁止だからさ。アァ、もちろん責任をもって食料は届けるからね」

「食料は町からの支給なんですね」

「そうだよ」

「お金は、いらないんですか」

「ウン。こう見えても健全なと言うか、赤字の少ない自治体だからね。建前は自主隔離だけど、こちらからお願いしているんだから食料ぐらいは届けるよ」

「そうですか。マァ、10日間なら我慢しても良いかなー?」

「その代わり、キャンプ場から出ないでね」

「ハーイ。了解しました」


 ※ ※ ※ ※ ※


 道の駅と役場の接触者は検診を受けてもらうそうだ。俺っちも、食費を出すからと言われて懐柔されてしまった。キャンプ場の管理人のバイト代の事もあるし、断りづらい雰囲気もある。からめ手で来るとは、やり手の町長だけある。


 そうだ。念のため、冒険者達が交易品と称して持って来たガラス玉や色石は、日光消毒しておくか。エベリナの虫干しの為に、ブルーシートを出したしな。細菌とかが含まれていても紫外線照射でOKだし、食品類は全く0だから関係ないだろう。


 町長に渡した剣と盾は、消毒してから愛でるように頼んだし、冒険者達が泊まったロッジは清掃して消毒済みだ。このご時世、消毒液は簡単に手に入るし沢山流通しているからね。


 一応、検査と隔離をするらしい。何とか熱とか○○病が出ないと良いんだが。しかし、異世界のウイルスや細菌の検査がきちんと出来るか分からん。が、有ったとしたら人類の抵抗力を信じる事しか無いのかー。

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