第27話 田中町長、再訪す。

 ※ ※ ※ ※ ※


 こちらはーー、あおい町広報車ですーーー。


 来たる投票日11月9日、日曜日の7:00から18:00まで町長選挙投票が行われますー。町民の皆様は、お手元の投票権を確認の上、是非とも投票においでくださいー。


 開票結果は当日判明いたしますので、皆様奮ってご参加くださいー。町長選挙に係る各種情報は、届け出順に選挙管理委員会にて立候補届出一覧として公開しておりますー。


 またー、先日配布いたしました選挙公報にてー、候補者の政見を書き記しておりますー。御一読の上ー、投票の目安として下さいー。


 投票できる方ー 町長選挙に投票できる方はー、日本国民であることー、年齢満18歳以上であることなっておりますー。なおー、本年、4月1日以前に住民票が作成されて、3か月以上あおい町に住所を有している方となりますー。


 公職選挙法若しくは政治資金規正法に該当する欠格要件に該当しない方となっており、町外に転出された方は投票できませんー。


 と、広報車と有線放送の独特な音調で選挙のあれこれが流される訳だが、かなりのんびりとした感じである。マァ、日本の健全な地方自治はこのように進められるらしい。


 ※ ※ ※ ※ ※


「町長。田中町長、森です」

「オー森君、こんにちは。どうしたの? 役場まで来るなんて、なんか起きたの?」

「キャンプ場の事なんですけど」

「ウン。アァ、出張の時に伝言してくれたんだったね。ありがとうね。詳しい話は、改めって聞いているけど」

「エェ、その話なんですが、この間のパーティーが、お礼しにキャンプ場に来たんです」

「ウン、そうなんだってね」

「それで、ご相談が有るんですけど。バカなと言わずに聞いてください。でも、ここじゃチョッと言い辛いんで……」

「フーン。じゃ、会議室へ行こうか」


「マァ、座ってくれ。それで、話と言うのは?」

「実は、チャンとなろう系の話なんです。本当を言うと、彼女達は異世界から訪れた冒険者なんですよ」

「フーン、冒険者ねぇー? 冒険者って? 登山愛好家のパーティーだったはずだよねぇ」

「違うんです。パーティーとは言いましたが、冒険者のパーティーの事なんです」

「またまた」

「本当にホントですって」

「エー!」

「信じて下さい。何なら、チャンとなろうに誓ってもいいです」

「そ、そうなんだ。ウーン、ここでチャンとなろうが出て来るか。それにしても、チャンとなろうに誓うとは。森君、意味が分かっているよね」

「ハイ」

「フーン、本気なんだね。よし、森君は同好の士だし、互いに長きに渡って迫害に耐えてきた同士だ。信じるよ」

「なんか、すみませんね。ハハハ、そんなに長くは無いんですが……、でも自分で言っといてなんですが、信じてもらえるとは思いませんでした」

「ハハハ、実はね。薄々そんな気がしていたんだよ」

「そうなんですか」

「だって、弟から聞いたら小麦粉に砂糖、塩だろ、そしてコショウとなれば答えは一つだよ」

「分かりましたかー。さすがですね」

「それほどでも無いけどね。ウン。そうか中々、香ばしい話のようだね」


 会議室に入った俺っちは、事の次第をつまびらかに話し始めた。そして、町長はたじろぐ事無く、むしろ目を爛々と輝かせてうれしそうに聞いてくれた。


 自分より年上の人が、こんなに熱心に聞いてくれるのは初めての事である。さすが、チャンとなろうの愛読者は違うのだ。マァ、人間は信じたいものを信じるという事かもしれん。


 この話の間、田中町長は微動だにせず、ただひたすら聞き続けてくれた。が、その顔に浮かぶ微笑みはまるで至福の時を迎えた殉教者のごとくであった。


 イヤ、殉教者などに会った事など無いけど。今までに有っただろう田中町長の受難の日々が瞼に浮かんできたんだ。知らんけど。


 もちろん、何か本物だと分かる物を見せないと、他の人への説得力に欠けるだろう。やはり証拠が必要だ。 よって、本日は冒険者達が持って来た交易品を、証拠の品として大き目の紙袋から取り出す事にした。


 これが有れば、キャンプ場が異世界に通じていると信じてくれるかも知れない。


「森君、これは何かね?」

「彼らの交易品だそうです。ガラス玉やきれいな色石が有ります」

「ホホウ。定番と言えば定番だねぇ」

「ですよねー」


 田中町長が定番だねと言う商品を取り出してみたものの、いまいち説得力に欠けるようだ。では、これならと、チョットお気に入りの小型剣と彫刻の入った楯を取り出す事にした。袋からはみ出した部分には、包装紙の切れ端を巻き付けて誤魔化して持って来たのだ。


「小型剣です。それと彫刻の入った楯です。冒険者達から分けてもらった品です。イヤ、趣味と言うより男の子ならこの辺のが好きになってたりして……」

「ウンウン。これがアキバで売っていたりする鎖帷子や剣なら疑うけど、……分かるよ。なんとなく漂う香りはアキバ製では無い証明だね。この楯のクオリティの低さを見たら、とても日本人が許すと思えない出来の悪さだね。だとすると、これは間違いなく本物だろうね」

「エ! 自分で言っておいてなんですが信じてくれるなんて。アキバ製で無いのは間違いないですけど。さすが、町長。やっぱり見る目が有りますね」

「照れるねー。なに、君もこれを手に入れたんだ。かなりの目利きじゃないか」

「いやー、それほどでも無いですよ」

「弟から聞いた話じゃ、道の駅で色々使ったって。58000円になったそうじゃないか」

「おかげで、金欠状態です」

「ハハハ、そうなんだ。購入は自腹だったんだろ」

「そうなんですよ」

「で、良い考えがあるんだ。そっちの交易品は森君の物だ。僕は剣と盾を貰おう。どうだね、これを6万円で譲ってくれないかな」


 財布から、サッと取り出された10000札が6枚。扇のように広げられて、こっちにおいでおいでをしていた。もはや買取を拒否する事など不可能である。


 町長の金と権力でかなり強引にお気に入りの小型剣と楯を売らされてしまった。ここだけの話、小型剣は銃刀法違反になるのではないかと思ってはいた。却ってよかったかもしれない。


 それは町長も同じだろう。で、尋ねたのだが、答えは簡単。美術工芸品として親戚の古物商に話を付けてもらうからOKらしい。


 長い物には巻かれよとはよく言ったもので、これが無理でもやりようは何とでもあるらしいので売却決定。公人である町長言われると一般人との差を感じてしまう。


 俺っちは世の流れに身を任せた訳だけど。これはマ、現金に目がくらんだとか、現金のもつ魔力とも言うのだろう。イヤ、正直言って俺っちの欲のせいかもしれんが……。


 会議室での町長との会話は思っていた以上に続く。途中で事務のおばちゃんがお茶を持って来てくれた。その際、テーブルに置かれた剣と盾を見て何か憐れむような眼で見ていた。


 マァ、全くもって正常な大人の反応である。ウムー、これって地味に効くんだよなー。


 ※ ※ ※ ※ ※


 田中町長はともかく、一般人には交易品や剣と盾の証拠だけでは弱いような気がする。で、異世界であると言う追加の証拠である。先ずは町長にと、スマホに保存した決定的な証拠を取り出したのである。


「町長、これを見て下さい」

「スマホの写真と動画だね。これが森君の言う結果的な証拠かね」


 おそらくだが、田中町長は無意識の内では有るが異世界の事を当然のように受け入れているが不安もある。やっぱり、ダメ押しの証拠を加えたかったようだ。


「ウーン、何となくだが……いけるんじゃない?」

「でしょ?」

「ウーン……森君。この写真、なんか変じゃないかね?」

「エェ。確かに少し小さいですが、ピンチアップしてよく見て下さい」

「……」

「キャンプ場で撮った、普通のお昼の風景なんですけど」

「普通って、チョッと待ってよー! これ、妖精とドラゴンとケモミミが写っているんだが?」


 町長さんは、一目見て妖精とドラゴンにケモミミだと分かったらしい。俺っちを、見ながらジト目で見据えてきた。さすがチャンとなろう派である。


 そう、スマホの写真フォルダに保存してあるのは、赤ずきんちゃんのような妖精と、ケモミミの巨大なクマゴロウさんが並び、人化を解いたドラゴンが空を飛ぶ20枚のスナップである。


「レッドドラゴンのエベリナさんの飛行シーンと、その背中に載っている妖精のアネットです」

「ホー、動画もあるんだねぇ。振り回しているのはエベリナさんのシッポか。確かに作り物には思えないだろうし、やっぱり、そうだよねー」

「わかります?」

「この手の写真はたくさん見てきたけど……これなら本当に使えそうだよー」

「そうですよ。異世界なんです」

「君、こんな大発見を凄く簡単に言うね。チャンとなろうで趣味レーション、イヤ、シミュレーションをしてたから良いけど」

「エヘヘ」

「普通の町長なら、イヤ違った。そう、普通の人なら卒倒しているよ」

「そうなんですね。さすが、田中町長ですねぇ。貫禄と言おうか、落ち着きがありますもね」

「ハハハ、よいしょしなくても良いよ。これが、キャンプ場が異世界と繋がっている証明になると言う訳だね」

「ハイ、そうです。繋がっていると思います。でも、まだ町長以外、誰にも話してません」

「そうかー良かった。実は僕、こんな事もあろうかとマニュアルを作成してたんだよ。机に入っているからチョッと待ってて」


 とても普通とは思えない返答が返ってきた。さすが、町の車に何時でも転移に対応できるセットを積んでいる厨二病をこじらせた人である。


「どうだい。前にも話した通り、僕はチャンとなろう派だよ」


 いつの間にか僕と自分の事を言っている。厨二病患者特有の表現が出始めた気がする。これは悪い兆候かもしれない。夢が叶っちゃたんだもなー。しかし、マニュアルって何だ?


「この日の為に、マニュアル自作して苦節幾十年。長かった」

「町長、良いんですか? そんな事をカミングアウトして。世間にチャンとなろう派とばれたら、選挙前なのに一騒動おきませんか?」

「それもそうだな。当確するまでは隠しておこう。で、森君。異世界にはいけるのかね?」

「ハイ、行けると思います」

「危なくないのかね? ア! そうだった。写っているパーティーの人達って、異世界から日本に来たんだよね?」

「エェ、そうですよ」

「ワー、大変。侵略!! なのかね? だったら、すぐに自衛隊を呼ばないといけないんだろうね!」

「落ち着いて下さい。確かにドラゴンはいましたけど、某ゲートの話と違います。それと、侵略じゃないと思います」

「すまん、早まったようだ。脅かさないでくれよ」

「今の処はですけど」

「エ!」

「大丈夫ですよ。そんな感じです」

「そうかー。そうなのかー! でも、ドラゴンはいるんだよね。ゴジ〇より強いのかね? 空を飛べるみたいだからモス〇。イヤ、ラド〇も居るのかな?」

「エェ、ドラゴンはいますけど。ウーン、ゴジ〇達は何とも言えません……。ですが、妖精のアネットとドラゴンのエベリナは手懐けている? という事になるのかな」

「手懐けている?」

「エェ、餌付けに成功したと言うとか何というか。それに、今の日本にレッドドラゴンを止めれる術は、無いんじゃないかと思いますけど」

「でもそれって……、やっぱり危ないんじゃないのかい?」

「マ、暴れなければスタイリシュな方ですし、かなりの美人さんですよ。妖精の方も可愛いですし、300才近いけど幼女? だし」

「ホー、会わせてくれる?」


 ※ ※ ※ ※ ※


「初めまして。お食事中、大変失礼いたしましす。あおい町の町長、田中と申します。この度は遠路はるばる当あおい町キャンプ場にお越しいただき感謝に堪えません。是非、今後ともよろしくお願いいたします」

「リョウター、誰?」

「このキャンプ場の所有者では無いが、この町の役人で一番上? えらい? 人になるのかな。皆の代表者では分からんか。領主? ウーン、ここはやっぱり代官とでもしておくかな」

「森君。こちらの方は先ほどのお話に有った?」

「やっぱり、わかります?」

「だって、ビキニアーマーなんだもん」

「そうでした。ご紹介します。レッドドラゴンのエベリナさんです」

「ではこちらは、妖精さんですね」

「こんにちは、妖精のアネットだよ。代官なのかー、よろしくねー」

「さようか、良しなに頼むぞ」

「ハハー」


 お代官様にしては貫禄が無い話し方である。さすがは、民主主義国家、日本の政治家である。それとも、一瞬にしてドラゴンとの力量差を判断したのであろうか。だとしたら、老獪な政治家かもしれないな。


 アネットは、言葉使いはともかくチャンと挨拶している。エベリナは、今回はかなりおとなしい。貫禄と言おうか、レッドドラゴンと言う最高種で生命与奪権を持つ者の話し方である。


「何となくだが、優しそうなご婦人方の様だね。それにしても、そのエベリナさんのぶんぶん振っているシッポと言うのは作り物には見えないし、やっぱり、そうだよねー」

「そうですよ。正真正銘のレッドドラゴンなんです。異世界なんです」

「君、凄く簡単に言うね。もっとも分かってしまう自分もどうかと思うけど」

「そうですね。さすが、田中町長ですねぇ。何と言うか、落ち着きがありますもね」

「ハッハッハ。こう見えても、学生の頃は3日に1度は異世界転移する方法を真面目に考察してたからね。苦労のしがいが有ったよ。で?」

「で、と言われても」

「お二方とも、ずっとここにいるのかね?」

「さっきお話しした通り、餌付けをしたからかなー? と思います」

「ウンウン、お食事を差し上げているのか。好き嫌いは?」

「なんでも食べるみたいですよ。マァ、特にカレーが好きとは言ってましたが……」

「しかし餌付けなんて、ペットみたいな言い方だね」

「待てよ。アー! こいつら、詰まるところ、ただ大飯喰らいだったかもしれん!」


 ※ ※ ※ ※ ※


「ホー、好物がカレーなんだね」

「昼は過ぎましたが、町長もご一緒にどうです?」

「いいのかね?」

「もちろんOKです。でも、パックご飯とレトルトカレーですが」

「いやー、有難いよ。選挙運動中は、お握り片手に走り回るんだから、食べれるだけも有難いよ。是非、ご相伴にあずかろう」

「最近、ここでの普通のお昼の風景ですけど、考えてみると確かに珍しい風景ですよね」


 皆、揃って広場で楽しい昼食会となった。エベリナは辛い辛いと言いながら、よっぽど好きなんだろうな。口から空に向かって火炎を噴き出しながらお昼を食べている。尚、エベリナがカレーを食べる時は、火災防止の為、外のベンチで食べるというのがお約束になっている。


 田中町長は時々、アネットとエベリナを覗き見ながらカレーを食べていた。もっとも火を噴き上がる時にはあんぐりと口を開いていたのだが。


 まったくエベリナも辛いのが苦手なら、辛いガラムマサラを入れなければ良いのに。アネットは水の入ったコップに舌を入れながらヒーヒーと言っていたが、これはいつもの事だった。

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