第24話 金策しないとねぇ。

 ※ ※ ※ ※ ※


 以前、話しに出たのだが、あおい町キャンプ場周辺には果樹園が有る。そう、キャンプ場北には普通の木々と野生化した? と思われるリンゴとカキの閉鎖された観光果樹園があった。


 イヤ、いまだ日本側には観光果樹園の跡が在るのだが、異世界側と繋がってしまった所には代わりにと言ってはなんだが「へびりんごーごー」という果樹が育っている。


 そして、逆もまた真なりの如く、キャンプ場西には深淵の森側が草原となっている。異世界側から見れば、キャンプ場とは例えて言うなら長崎にある出島の様なものであろうか。

 

 アネットによると、この赤い実は「へびりんごーごー」と言われ、青き深淵の森で育つ物は、極めて珍しく、且つ美味しい果実であり魔素が一杯詰まっているらしいのだ。


 「へびりんごーごー」はレモンより大きく、1個は200から250グラム。小さめのリンゴサイズだろうか。青き深淵の森ばかりでなく、他の森でも奥深い場所で稀に発見されるらしい。簡単に言えば、禁断の地におけるヤバい植物である。


 実際、俺っちが先日体験したように、「へびりんごーごー」は、美味しい実を狙う間抜けな動物や魔獣を餌としている。つまり、その身を土に返して栄養素にしていると言う、危険な肉食系? の植物なのだ。


 そして、レモンに似た華やかな香りと白い花を一年中咲かせるようだ。美しい花には棘があるの例えあり。お決まりの動物を引き付ける甘い香りの罠である。


  「へびりんごーごー」の木は、花に麻酔薬に使われる以上の強い毒を持ち 、牛でも僅か一滴で麻痺させる程なのだ。まして、それより小さな体に数滴となれば、二度と目を覚ます事はないと言われる。


 マァ、魔獣の様にすぐさま襲い掛かって来る訳では無い。うっかりとか、ぼんやり言おうか、油断していると蔦のような根が体を拘束するのだ。


 そう、蔦の様な根が襲ってくるのである。まるで、目が有るかのように根が動いて口の中に花の蜜毒を一滴二滴とね。マァ、それさえクリアー出来ればOKではある。


 もともと果樹と言うのは、園地に集めて適切な管理下で栽培すればであるが、かなりの効率で増えて行き高い生産が得られる物である。


 誰が育て始めたか分からないが、「へびりんごーごー」と言うのは美味しく有益な果実とされており、古の昔から、この世界中で栽培されてきたようだ。


 また魔素が豊富に有る為に、極めて有用とされる。財力が乏しい魔法使いの中には、芯や皮はおろか付いていた枝まで余さず食すと言う剛の者もいるぐらいだ。


 もっとも、リンゴ。モモ、アンズ、サクランボ、ウメ、ビワなどの種の中には体内でシアン化毒になる物がある(大量でなければ大丈夫)ので食さないのであるが、「へびりんごーごー」はリンゴでは無いので良いのだろう。知らんけど。


 まして青き深遠の森の産である。魔素をたっぷり含んでいれば尚の事であろう。後から知った事だが、優れた肌用化粧品のような薬効? もあるそうで、女性に人気の高い品であり、需要は一杯あると言う。


 そう言えば、この森ではリザードマン達が文明を築いていたそうだが、ひょっとしたら彼らが栽培していた果樹の子孫なのかも知れないな。 


 そんな「へびりんごーごー」がキャンプ場のすぐ横にあり、俺っちの役に立つと思うと、ある意味、天の配剤なのかもしれんなぁ。


 ※ ※ ※ ※ ※


「アネット、エベリナ、皮をむいたぞ」

「ありがと」

「馳走になる」

「「「ムシャ、ムシャ。シャリ、シャリ」」」

「美味しいね」

「ウム、いけるではないか。やはり、青き深淵の森のは一味上じゃな」

「程よい酸味だし、歯ごたえも良いな」


 俺っちは、朝の巡回コースの時に敷地からチョッとだけ出て「へびりんごーごー」を採ってきたのだ。安心してくれ。もうあの罠には掛かるようなヘマはしない。


「冒険者達は?」

「さぁ? 食後の一服でも、しているんじゃない」

「フーン。ところでアネット、この「へびりんごーごー」の実を1個食べれば元気100倍なるって本当かー?」

「ウン、もちろん比喩的な意味だけどね。分かるよねー」

「オォゥ」

「フーン。マァ、その通りだよ。魔素が一杯入っているし。言ったよね」

「そ、そうだっかな? 聞いて無いと思うけど」

「ア! ごめーん」

「お前はー。……チョッと待て! 魔素! 魔素ってなんだよ」

「魔法の素だよ。言ったよね」

「そ、そうだったかな」

「もうー! 人の話をチャンと聞かないから……」

「ア! ごめーん。まだ、だったかも」


「お前なー、早く言えよ。食べちゃったじゃないか」

「でも、これを食べないと魔法陣が使えないから、カルロヴィの町には行けなかったよ」

「なんのこっちゃ?」

「魔法を使うのには、たくさん魔素が要るの。「へびりんごーごー」には一杯あるんだよ」

「そう言えば、あの前。美味いって食べたよな」

「そうなんだよねぇ」

「だけど。絶対に毒では無いんだな」

「ウン、大丈夫。魔素はね、空気って言ったけ、それにも入っているの。ここの東とか深淵の森には沢山あるよ」

「森が深くなればなるほど濃くなるものじゃ」

「フェトンチッドみたいなのかなー?」

「そうなのー? わかんない。でも、魔法には魔素の吸収が必要なんだよー」

「魔法? じゃ、俺っちがイザール父さんの転送魔法陣が使えたのも?」

「ウン、そうだよ。マァ、魔法の発現には才能や個人差が有るけどね」

「俺っちは、異世界人じゃないぞ。普通の日本人なんだから魔素なんか吸収できないんだろ」

「イヤイヤ、リョウターの体にも溜まり始めてるから。ホラ、指輪が使えたでしょ」

「!?」


「アネットの申す通り、リョーターはイザール父さんの血を貰ったであろう」

「だからって、一ッ滴だぞ」

「レッドドラゴンの血だよ」

「確かに、アッという間に傷が治ったしな。……まさか、俺っちもドラゴンに変身するんじゃないよな」

「無い無い。でも、ドラゴンの血だからね。魔法が使えるようになるには一滴で十分なんだよ」

「ホホゥ。俺っちは魔法使いに成れたのか」

「無論じゃ。チャンと指輪が発動したではないか」

「魔素が無いと魔法は発現しないんだよ。魔素がある「へびりんごーごー」とレッドドラゴンの血だからね。常識だよー」

「ォウ、それって常識なのか……。アネットに常識を教わるとは」

「こっちの世界では、魔素は濃い薄いはあれど当たり前にあるのじゃ。この世界の生き物なら、普通に息しているだけでも、多かれ少なかれ体に溜まるのじゃ」

「フーン」

「それに指輪の魔素使用量はあんまり気にしなくても良いよ。私が持っていた魔道具だからね。リョーターが補充しなくても少し時間はかかるけど、その魔法の指輪だけでも勝手に集めてくれるから」

「そうなんだ」

「今なら3か4回ぐらいの転移量かなー。ここら辺なら、3日で1回分ぐらいは補充できるんじゃないかな?」

「魔素不足にはならないのか」

「足らないと発動しないから」

「フーン、そうなのか」

「とは言っても上手く使ってね。絶対に使いすぎはダメだよ。無理をすると、近くに有る魔素吸収体から強制的に使ちゃうからね。例えばリョーターの体からとか」

「ウム、魔素不足になると、大変な事になるのじゃ。昏睡状態ならまだまし。悪くすれば干からびて死に至るのじゃ」

「アァ、そのあたりの話はウェイブ小説で読んだ事あるから知ってるぞ」

「へー、そうなんだ」


「魔素はね。ここの東の荒地にも多いけど、妖精の里やエルフの里はもっと濃いんだよー。世界樹もいっぱい有るし」

「世界樹? 世界樹って1本じゃないのか」

「大昔はね。でも、タネが出来たら蒔いて育てるでしょ。最近は、株分けや接ぎ木でも増やしてるって聞いたよ」

「フーン。そりゃぁ、何百年も育てていたら実もなるわな。園芸技術だって進化するから増えるんだろうな」

「そうだよ」


「魔法かー。確かに30才前に魔法使いに成る夢はあるにはあるが、何だかなー」

「使えれば便利だよ。リョウターは、もっと沢山の魔法が使えるかもだよ」

「ウーン魔法には利点も多いと思うが、何故だか罠にかかったような予感がするんだが……」

「フーン、もう終わった事だし諦めるんだね」

「アネット。それってなんかの暗示なのか?」

「物事には歴史的必然。因果応報、会者定離と言うものがあるんだよ」

「お前、本当に意味を分かって言っているんだなよ」

「当たり前のこと。私はもう少しで300才だよ。一人前の妖精になった暁には、青き深淵の森を守り、物の理を司る者になるんだよー」

「へー、そうなのか。御見それいたしました」


 ※ ※ ※ ※ ※


 魔法使いになる話は一先ず置いて、そろそろ、利益が出る物を考えなければならない。俺っちの懐からは、買うばかりでも入ってこないので、正直なところ金欠気味である。加えて、ツアーズの女性冒険者達の依頼品である。


 ニート気味のサイフの持ち主としてはかなりの出費となる訳だ。日本側も異世界側、どちらでも良い。なるべく早く金策を真剣に考えないとなー。


 で、考えたのである。異界の果物「へびりんごーごー」は魔法の実である。評判通りなら、かなり良い値段で売れるのではないだろうか? これは、我ながらグッドアイデアではないか。


 リスクを限りなく少なくして利益を生むには……。何事も実践しなければ分からない事も有る。そこで、はたと思いついた訳である。思えばしごく簡単な事であった。


 マァ、なんの事は無い。貴重な果樹園に有るリンゴの様な実を摘んで売る事にした訳だ。幸い、採取可能な技を持つだろう、地元の有望な若い男性冒険者達が訪れたのだ。


 これを利用しない手は無いではないか。さすれば、資本を投下して季節労働者の採用である。メキシコの人々をこき使うカルフォルニア方式とも言うのだがね。


 ※ ※ ※ ※ ※


「リョウター様、ヒゲ剃りセットと言うんですか、あれ良かったです」

「特に安全カミソリと言うんですか。良い感じですよ」

「ナイフと違って楽だし、剃りのこしも無いしな」

「そり心地が全然違いますよ」

「そうですか。良かったですね」


 フム、やはり男性冒険者達に渡した物品は好評だった。どうせ、キャンプ場の名入りのヒゲ剃りセットは破棄予定だし、俺っちが自由に処分して良いと言われているからね。


 破棄予定品とは言え、男女ともお願いシーンには良いカードになる。なんなら2、3個、追加しても良い。フフフ、掴みはOKであるので、そろそろ本題に入ろうかな。


「どうだろう。ガーディアンズの皆さん。良ければ、ここにいる間だけでも収穫の手伝いをしてくれないだろうか?」

「何をです?」

「イヤなに、「へびりんごーごー」の収穫なんだが」

「「へびりんごーごー」ですか。へーそいつは珍しい」

「かなりの数が、すぐ北に実っているんだ。もちろん、収穫した実は収穫実績に応じて渡そうと思うんですが」


「オイ、この地を支配されている深淵の森の大賢者様が頼んでいるんだ。ここは一肌脱いで、活躍すると言うのはどうだろうか」

「良いんじゃないか」

「実がもらえるのか。「へびりんごーごー」なら良い値で売れるぞ。やったね!」

「ツタにさえつかまらなければ、割のいい仕事だしな」

「あんなのに掴まるバカはいないぞ」

「愚か者の罠か。あんな鈍臭い根に誰が捕まるかよー」

「ハハハ、まったくだ」

「ウーン、その話は聞いた事が有るような無いような。で、頼めるかなー?」


 青き深淵の森には、肉食動物(中には植物もいるらしい)がたくさんいる危険な森である。「へびりんごーごー」はかなり有益な果実である。そして、「へびりんごーごー」の罠は、一般に広く知られているらしい。


 あのツタに引っかかる者は間抜けか愚か者と決まっているみたいだ。フム、これでは俺っちは愚か者になってしまうではないか。ここは、黙っておこう。


 ※ ※ ※ ※ ※


「リョウター様、これくらいあれば良いですか?」

「上等、上等。助かった」

「喜んでもらって、なによりです」

「約束通り、現物支給という事で、20個渡そうかな」

「はい。ありがとうございます」


「で、物は相談なんだが、珍しい「へびりんごーごー」を市場で売ればかなりの額になると思うのだ」

「ハァ」

「が、ここは青き深淵の森だからなぁー」

「?」

「冒険者の皆は、どっかでこれを売るんだよね。そうだ。カルロヴィの町には、さぞや大きな市場が有るんだろうなぁー」

「?」

「どこかに売ってくれる人は居ないかなぁー」

「……分かりました。リョウター様。でも、ここから運んで売るんですよね」

「ウン。利益のロクヨンでどうだろうか?」

「ヒチサンなら考えても良いんですが」

「ヒチサンか……。OK。じゃ、売れたら君達冒険者が70%、俺っちが30%でいいね」

「了解しました。皆も良いな」


 俺っちには良心と言う物があるので、非情な搾取は心苦しかったが、計略は成功した。手伝いと言いながら何もせず、彼らに販売させて売れたら利益の30%をかすめ取ると言う。だが、お互いが納得した取り決めである。


 勝手に生えている「へびりんごーごー」だし、元手は0円ですむ。実に、良い取引だと思う。残念ながら、代金の回収方法についてはまだ考えていないが、何事も種を蒔かなければ収穫も得られないだろうしね。


「これ良いんですよー。凄い効能が有るんですよ」

「魔法にも、美容にも幅広く効くらしいからね」


「そう聞いています。ですがただ売るだけでは、芸が無いので差別化して下さいね」

「ホーどうやってです?」

「そうですね。この様にしてですねー」


 と言って、くたびれた雑誌(道の駅からの貰い物である)のタイ特集に載っていた、少し懐かしい果物彫刻をみせた。チョッと前までは、アジアンエスニックで結構流行っていたんだけどなぁー。


「この通りじゃなくても、それらしい雰囲気が出れば良いんですよ?」


 果物の皮に彫られた優美なデザイン。このタイ式で無くとも、そこそこ彫刻できる腕が有れば、かなりの好感度を上げれるだろう。上手くいかなければ、初心者向けであるリンゴのウサギさんに変更すればいいし。


 試しに「へびりんごーごー」のケービングをやらせてみると、意外な事に戦士で脳筋と思われたマケールがかなり上手い。彼の隠れた才能を掘り起こしたようで、小型ナイフでは、難しいかなと思ったけれど実に器用に削りだしていた。


「いいですねぇ。見るからに魔法の果物である豪華さになってますよ」

「そうですかー。照れるなー」

「エェ、これなら文句なく売れるでしょう」


 ケービングした豪華版は、2、3個のデザインを変えて作ってディスプレイしておけば良いだろう。実際には「へびりんごーごー」の一個売ではなく、一口サイズを少し小さめにカットしておく販売方を勧めておいた。


 そして、購入時には皮付きの方が効果的で、二個、イヤ、三個の方がもっと良いかも知れないと囁くのである。そう。一個当たりの販売単価を下げて、その分を数で稼ぐのである。


 おまけに、皮をむくと言う手間は減らして、収益効果を最大限にするのだよー。フフフ、これで我が策はなったも同然よなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る