第20話 転送魔法陣です。

 ※ ※ ※ ※ ※


「お昼ですね」

「アァ、仕方ない男共にも食べさせてやるか」

「そんな風に言ったら可哀想ですよ。私達の分も調達しているんですから」

「狩はアッチ、料理はこちらですから」

「角ウサギを獲るだけで食べさせるのは、チョッともったいないような気がするが、仕方がないな」

「数が要りますからね。まぁ、犬や猫の餌付けと同じだと思えば? 懐いた方がよく働くでしょうし」

「アリーヌって。時々、怖い事言うね」

「あら、お母様は男なんてみんな胃袋を掴めば問題無いっておしゃてたわ」

「そうなんだ。アリーヌはそう言う家系の生まれなんだね」

「ウンウン、なるほど。聞いているだけで、勉強になるわー」


 ※ ※ ※ ※ ※


「しかし、深淵の森ともなると、浅くてもゴブリンどもが次から次と」

「本当に、うじゃうじゃ出て来るな」

「その度に狩の手が止まるのはな」

「まだ、足らないなー」

「ゴブリンごときに、引けは取らないが面倒な事だ」

「エェ。でも角ウサギはまだ10日分に届いてないです」

「そうか。オ、そろそろ昼じゃないか」

「ですね。戻りますか」

「最近、食事が楽しみになってきたんだ」

「ウンウン、俺もだよ」

「そうだよなー。今までは食堂の弁当か堅パンだけだからな」

「堅パンと水だけで、何日も何日も……」

「かと言って、俺達が作ると比較的まともな料理でさえ苦いスープになったり、丸焦げの肉になったりだろ」

「あれはなー。もはや炭だったぞ」

「しょうがない。何しろ、5人とも料理の腕は壊滅的だからな」

「俺は神に感謝しているよ。やっと人間らしい食事ができるようになったんだとね」

「違いない」


 野営地で、味(おそらく食べ物と味とお金の匂い両方だと思う)を占めた5人の男冒険者パーティーは、その後どうなかったかというと。完全に餌付けされていた。もとい、青き深淵の森奥深くへと向かう為に準備に邁進中である。


「お腹いっぱい食べて下さいねー」

「オー、ありがとうな」

「ガーディアンズの皆さん。角ウサギ狩りだからと言って油断しないで下さいよ。深淵の森にはオークも出るんですから」

「分かっているって。聞いた通りの分け前なら、美味しい仕事だ。イイヤは無いぜ」

「じゃ、ゴチになるか」


「いけるな。これは良い」

「ウンウン」

「ホントだ。これ恐ろしく旨いな」

「ウゥゥー」

「オィ、涙を流すなよ」

「もっと欲しいです」


 ※ ※ ※ ※ ※


「やっぱり、チャンとしたメシは良いな」

「エェ、美味しいですね」

「そう言えばこの前の遠征の時、彼女達のスープを食べた時は塩気が足らな過ぎたんだが……」

「今回の食事は、塩がきちんと使われていますね」

「ですね。味付けの時にサラサラした白い粉を入れてましたね。それも、見た事も無い袋でした」

「塩って白いのか?」

「上物はね」

「でも、こんな美味しい話が有るんでしょうかね?」

「荷運びするだけで、上手くいけば塩に砂糖。それにコショウだからな」

「儲けの2割は美味しいですよ」

「それにメシだけじゃなく、なんと追加で彼女たち自身が護衛料を出すというんだからな」

「あの女達がですよ」

「フーン。やっぱり金儲けの匂がしますね」

「でもよー、依頼も少ない時期だし、食堂でぶらぶらしているよりウーンと良いぞ」

「俺は、メシがでるだけでも良いよ。ハハハ」

「マァ、食材になる角ウサギは俺達が狩らないといけないんですけどね」

「アンブロシュ。男が細かい事言うな」

「そうそう、ミラーンは○○○に惚れているんだ。察してやるのが友情というものだ」

「バカを言え。俺はリーダーとしてだな、色んな情報を得るという……」

「良いから良いから。皆、分かっているから。男の情けというやつだ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「素材収集のクエスト失敗を、チャラにしてくれる替わりですからね」

「オークの群れが居たとはいえ、冒険者ギルドとしても何らかのペナルティは必要だったんでしょう」

「そうだろうな」

「北東地区の索敵と地図作りかー」

「マ、面倒だと言っても誰かがやらないとね」

「男達の食事係よりは、こっちの方が良い」

「確かに、皆の平和の為にも良かったと思うよ」

「イヤ、私だって普通に野営料理を出来るよ。ネ、ネ……そうだよね」

「エェ、まぁ」

「ディアナの料理は荒いと言うか、独創的ですからね」

「ガーン」

「それはともかく、あの程度の野営料理であんなに喜ぶなんて、普段何を食べているのかしらん?」

「そうですよねー」

「リョーター様の料理を食べたら気絶するじゃないかな」


 ※ ※ ※ ※ ※


「マヨネーズーーー。マヨネーズーーー、待ってろよー。よーし次、行くぞー」

「相変わらず、ディアナの掛け声は変ですね」

「ディアナは、ほっときましょう」

「ミレナと別れた時は、確かここら辺だったな。道の分岐点近くで、川が流れていたから。エーと、町へ続く道の反対だからここだな」

「シモナ。地図描けた?」

「あと少し。帰りには、あそこの丘に寄ろうか」


「描けた?」

「町から10キロぐらいわね」

「イレナ、索敵は?」

「ゴブリンが1匹。北に70メートル」

「よし、あたし1人で十分だ。潰してくるよ」

「頼んだわ。ディアナ」

「まかしとけ」

「あとは丘までだし、町も近いからすぐに終わりますよ」

「遠征への良い肩慣らしだと思えば良いよ」

「まぁね」


 ※ ※ ※ ※ ※


『ブーン』 (一応、転送魔法陣のそれらしい稼働音です)


「チョッとイレナ。どうしたの?」

「あそこに何かいるんです」

「魔獣か?」

「イヤ、岩の上に急に現れたんですけど……、??? あれは人ですね」

「丘の方に誰かいるのか?」

「アレー? 私にも見えたよ。何でこんな所に一人でいるんだろう?」

「シ! 皆、静かに」

「人ですよね?」

「ですね。ウーン? やっぱり、あれはー」

「リョウター様?」

「見間違いだろ。居るはずない……よな?」

「私にも、リョーター様に見えるんだけどね」

「そんなー、リョウター様は深淵の森にいるはず……アレー? いるね」

「何でこんな所にいるんだ?」

「エェ、ここから転移門のある遺跡都市までは、冒険者の足で10日間の距離ですよ。絶対におかしいです」

「だよねー」

「でもやっぱり、あれはリョウター様だよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


 俺っちは、遥か彼方のカルロヴィの町を見ながら、異世界だなーと感慨深く想いを巡らしていた。


「ゲ!」


 だが、突然の現れた影に拘束された。魔獣かと思ったが、なんと見知った顔ではないか! さすが、シーフのイレナである。後ろからとは言え、羽交い絞めされるまで全く気が付かなかった。


 俺っちは、イザール父さんのブツブツ声のカウントダウンでさえ聞き分けたんだがなー。今からから思えば、100メートルだよ。あり得ないほどの遠距離なのにだよ。そんな高感度の聴音力でも気づけないなんて……。やっぱ、プロのシーフは凄いわ!


 感心している場合じゃなかった。事態は深刻だよな。何しろ、ここは青き深淵の森。イザール父さんに貰った魔法の指輪で、半強制的にせよカルロヴィの町近くに転移したんだった。


 ホント、いくら美人さんの冒険者に抱きつかれたとしても、こんな危ない所で引き留められるのは拙いだろう。直ぐにも、キャンプ場に帰還しないと……。


『ブ』『ブ』『ブ』


 一応、転送魔法陣のそれらしい起動音はするのだが、警告音らしいのが鳴っていた。これって転送不可だよー。と言う事なんだろうか? 来た、観た、帰ろ。だったなのに。


「ちょっと待って!」

「帰るんだってばー! 誰なんだよー。俺っちには、こんな所に知り合いなんていないぞ」

「リョウター様ですよね!」

「……ヤァ、イレナだっけ。こんな所で会うなんて奇遇だなー。ハハ、じゃ、また今度ね」

「逃がすなー! 捕まえていろよ!」


「リョーター様、さほどお手間は取らせませんから。チョッとお待ちを、ホホホ」

「あら、足元には素敵な魔方陣が有る事」

「これって、転送魔法陣じゃないですか。リョウター様?」

「そうかもしれないけど、困るなー。動かないじゃないか。皆、転送魔法陣から出てくんない」

「ホー、やっぱりリョウター様は転送魔法が使えるみたいだよ」

「リョウター様は、思った通り青き深淵の森に住む大魔法使いなんだー」

「そうそう」

「何を言ってんだか。俺っちは普通に森に住む一般人だよ。魔法なんか使える訳が無いよ。マァ、転送の指輪は貰ったけど」

「「「エー! 誰に?」」」

「エーと、……ドラゴンかなぁ」 

「「「どうやって?」」」

「ドラゴンと勝負してかなぁー……」

「「「エ? エ? エェ?」」」


 冒険者の皆がキャンプ場を出てからのお話をしたんだが、軽くレッドドラゴンのイザール父さんとエベリナさんの事に触れると理解が早まったようだ。さもありなんである。


「さすがリョウター様。ドラゴンと勝負されたとは!」

「そんな訳ですか」

「この世の一般常識など微塵もありませんね」

「とんでもない話ですよ」

「なるほどです」


「リョーター様はすごい魔法使いですね」

「ウンウン、転送の指輪を持っていたドラゴンが凄いのか、勝負に勝ったリョウター様が凄いのか、迷うところだけどな」

「やはり、まごう事無き大賢者様であったのですね」

「そうですよ。大賢者様、確定ですね」


 アァ~ァ。俺っちは、30才前に魔法使いに認定されてしまったようだ。しかも、プラス凄腕認定の大賢者らしい。


「これって、転送魔法陣ですよね」

「どこへ繋がっているのだろう?」

「ウ、ウン」

「で、リョーター様。どこなんです?」

「それは……」

「分かりました、リョウター様がいるからリョウター様のキャンプ場ですよね」

「ウ、ゥンー」


「このカルロヴィの町近くの丘と、リョウター様のキャンプ場を繋いだと」

「ホホウ」

「ドラゴンって、規模が違う魔法を使うから」

「俺っちは悪く無いぞ。だって、他の町の名前なんて知らないし」

「そうですか」

「君達、仕事中だよね。 じゃ、邪魔しちゃ悪いから……」

「間違いない」

「これなら、やれる!」

「ちょうど良かったです」

「エ?」

「そうですよねぇ」

「今度、お邪魔しようと思っていたんです」

「なにをしらばっくれているんです。転送陣で、ちょちょいと移動できるんじゃないですかー」

「これで楽ちんできる」

「エ? エ? 何の話?」

「ですから、もう一度お邪魔しようと。ね、皆」

「「「お世話になります」」」


「リョーター様。ちょつとだけ待って下さい。皆、どうしましょう。ミラン達ガーディアンズには遠征だと言って、ご飯用の角ウサギを沢山用意させているんですけど」

「マァ、あの人達はいいじゃないですか」

「アリーヌ、さすがだね」

「その内、ひどい扱いだとバレますよ」

「とりあえず、リョーター様の気の変わらない内に、魔法陣のある場所に移動してみようか」

「リョーター様、キャンプ場の西門にあるんですよね」

「エーと、俺っちの意思は?」

「「「お願いしまーす!」」」


『ブ』『ブ』『ブ』 (で、転送魔法陣のそれらしい起動音だが、転送不可だった)


「ウーン、変わらない景色ですか。移動しませんね」

「リョウター様。動かないんだけど。この転送魔法陣?」

「おかしいな。転送陣内なら重さも数量も関係ないそうだけど。アー。そう言えば、これ初期設定がまだって言ってたな。じゃ、調整しないとダメなのかも知れないな」

「転送できないんですか」

「そうなんだよ。ウン、レッドドラゴンさんを待たせているし」

「レッドドラゴンを待たせているって!」

「それって、まずいんじゃないですか!」

「そうなんだよねー。じゃ、帰るわ。サークルから出てね」


「待って! 5日後! 5日後の朝2番鐘の時! 是非とも、この場所で!」

「「「また、戻って下さいね」」」

「そうそう。私達、待ってますから」

「お願いですから、リョウター様。戻ってきて」

「約束ですからね」

「朝、2番の鐘でお願いします」

「私を、泣かせないで下さいね」

「絶対ですよ」

「ウ、ウン。分かったから」


 アァ! 俺っちは、特に涙ぐむ美人耐性が低いのだ。思わず返事をしてしまった。無視すればよかったのだが、戻る約束をしてしまったのだ。律儀な日本男子として仕方ないのだ。


『ブーン』 (転送魔法陣のそれらしい正常な稼働音でした)


 ※ ※ ※ ※ ※


「よし、5日後にはリョウター様のキャンプ場に転移だぞ」

「良かったなー。深淵の森を通るのに、転送魔法陣が使えるぞ」

「幸運ですね」

「魔獣の脅威がかなり無くなるからな」

「遠くても、転送陣で楽勝でしょ」


「そう言えば、転送魔法陣ってリザードマン達が使っていたんだろ」

「エェ、古代の通商路らしいです」

「リョーター様の所までどのくらいあるんでしょうか?」

「どうでしょうね」

「サァ。町から白い塔まで50キロでしょ」

「じゃ、塔と塔の間は?」

「エルフのミレナが、だいたい500キロおきに作られているって言ってましたけどね」

「エー! 500キロなんて。深淵の森をだろ。人間じゃ、ムリムリ」


「そうですよ。普通に居る魔獣だけでも、ムリなのに深淵の森奥深くでしょ」

「森にはダンジョンがあるし、そこから溢れ出て来た魔獣も居るそうだし」

「隠れダンジョンだってあるそうですね」

「溢れ出た魔獣かー。前回のあれが、90年ぐらい前らしいからな」

「スタンビートですね」

「ギルドの講習では、だいたい80年から90年おきと言う事だったな」

「フーン、じゃ次はそろそろかな?」

「分からんけど、壁の補強工事をしているようです」

「そうなんだー」


「リョーター様は戻られるでしょうかねー?」

「あの手の男は、大丈夫です」

「中々の自信だな」

「お母様から、教えていただいてますから」

「そうなの……か」

「マァ、良いじゃないですか。そうと決まれば、私達は町へ帰って用意をしましょう」

「これでガーディアンズの男達は荷運び人に決定ですね」

「大量の塩、コショウ、砂糖の購入予定ですからねぇ」

「そうだな。後、値崩れしないようギルドへの根回しも要るな」

「フフッ。儲かるぞー」

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