第19話 冒険者、町に帰る。

 ※ ※ ※ ※ ※


 城壁都市カルロヴィの町には、6カ所の大城門が有る。東の大門は、青き深淵の森のへと続く街道の始発点で冒険者達の御用達でもある。北の大門は、北部にある3つの農村と5つの開拓村に続いている。


 西の大門はイチーンの町から、およそ600キロを経て王都バニューに至る。主要街道としてそれなりに整備されているが、王都までは馬車で30日から35日とされている。


 南西の大門からは、城壁都市ブロンへと続く。途中、大小の村々が点在しており300キロ先の城塞としての機能を持つ都市コロミエにまで延びている。南の大門も、同じく幾多の農村に繋がり王国南部の穀倉地帯に至る。


 さて、城門をくぐり抜けた処に有る東門衛兵詰め所には、通常16人の兵が警護にあたっている。今は第2直にあたる門番役の5人が列をさばいていた。担当した兵は、女冒険者達とは顔なじみなのか、くだけた感じで話しかけてきた。


「お帰り。ツアーズの皆」

「ただいまー」

「帰りが遅いと、噂になっていたぞ」

「やっと帰れたよ」

「大変だったみたいだな」

「そうですよ」

「フー。オーク達に出くわすわ、採取には失敗するし、ひどい目に遭ったからな」

「そうですねぇ。色々ありました」

「全くですよ」

「そうか」

「シモナなんか、冒険者証を無くすしね」

「ホー、それはそれは。なら、シモナは入城料の銀貨が1枚必要だな」

「エー!」

「冗談だ」

「疲れているのにー。もう!」

「悪い悪い。マァ、帰ってこれたんだ、無事で良かったじゃないか」

「そうですね」

「しかし、結構な荷物を持っているじゃないか? 見た事無いけど、その背負いカバンは野営用か?」

「エェ、まぁそんなところです」

「城門長、調べますか?」

「イヤ、疲れているだろうし、やっとの事で帰って来たんだ。良し。通っていいぞ」

「ハーイ。ご苦労様です」

「「「帰れたー」」」


 ※ ※ ※ ※ ※


 カルロヴィの町は青き深淵の森の恵みを得て、辺境ながら順調に発展していた。東の大門前広場には、相も変わらず雑多な露店が立ち並び、市井の人々があれこれと巡りながら食事をしていた。


 そして、この通りを進めば彼女達の定宿に着き、近くには馴染みの食堂がある。さらに道沿いに進めば冒険者ギルドが置かれていた。


 広場から続く通りは徐々に道幅が狭まり、第二城壁を抜けると商業地区となり、第三城壁を越えれば行政及び貴族地区があり、さらに領主の城へと続いている。


 城には、領主としてコンスタンタン・クロヴィス・クレマンソー侯爵が任じられているが、普段は王都に詰めており、辣腕と言われるオーバン・エドモン・ルドワイヤン男爵が代理を務めていた。


「そう言えば、戻ってきた時、門番の子、新人がいたでしょう。ちょっと良かったね」

「初めて見る顔だな」

「彼、カバンをジッと見てました」

「ウンウン、検査されるかとドキッとしたよ」

「珍しい材料で出来てますから」

「それにアリーヌが、色の付いたフライパンをぶら下げてましたからね」

「アァ、鉄製は黒一色だからなぁ」

「すいません。でも、ロザーリアだって長靴がはみ出てましたよ」


「いいじゃないか。何はともあれ、帰ってこれたんだ」

「ホント、城門長がオラースさんで良かったです」

「私達、日頃の行いが良いからねー」

「北門のヴィルジールさんだったら、調べられてましたね」

「アァ、あそこは暇だからね」

「悪い人じゃないんだろうけど」


「あの子、美味しそう?」

「門番は、食べ物じゃありませんよ。一応はね」

「恋バナになる前に移動しよう」

「道の真ん中だもな」

「ちょっとだけなら、良いじゃない」

「ダメですよ。でも、気にしないと言うなら良いんです。こないだロザーリアがね……」

「ごめん、ごめん。止めるから」


「仕方ない。残念だが、ギルドには採取依頼は失敗という事で話しをするか」

「ホント、命あってこそだよ」

「オークの群れの事を話しておくべきだな」

「あんなところに、ゴブリンだけじゃなくてオークが出るなんてね~」

「ギルドの索敵情報にミスが有ったんでしょうかねー。伝えないとまた誰かが襲撃されますよ」

「ま、そうだな。このままだと私達もペナルティを受けるしな」

「ギルドの事はシモナに任すとして、これから宿に行く? 食事にする?」

「飯の気分だな」

「お腹すいたー」

「いつもの食堂で良いですね」

「じゃ、私はギルドに報告してくるから、先に行っていて」

「ギルドカードの、再発行も忘れないで下さいね」


 ※ ※ ※ ※ ※


「なんか食いもんある?」

「あんた、ここは食堂だよ」

「いつもの食堂なんだけどねー」

「ウー。リョウター様の飯が目に浮かぶ」

「私も」

「私なんか、食べ物の匂いもするんだよ」

「それは目の前に豆のスープが置いてあるからよ」


「そういえば、ロザーリア。あんた、どこかの定食は嫌だとか何とか言っていたね」

「ああ、確かにリョウター様の所で聞いたな」

「いいの、お腹が呼んでるの」

「空腹に勝る物は無し。と言いますからね」

「お腹すいたー」


「やっぱり、リョウター様のご飯と比較してしまうな」

「美味しすぎたの」

「ディアナ、食堂は食べ物持ち込み有料ですよ。マヨネーズしまいなさいよ」

「見つかると割増料金だが。マヨネーズぐらいならなー。ディアナ」

「そうだよ。マヨネーズの力を信じなきゃ」

「ディアナ、危ない方に行かないで」

「リョウター様は、食べ過ぎは太ると言ってましたよ」

「う、動いているから大丈夫なはず」


「ディアナ、容器を舐めない! お行儀が悪いわよ」

「もう残って無いんじゃない」

「でも、少し残っているし。ここん所とか。振ると出て来るんだよ」

「わたしも、ディアナの様にかければ良かった」

「堅パンの上にか?」

「まさかー。私は常識人ですよ。でも、意外に良いかも知れない」

「ハンバーグにもかけるんですよ」

「アァー、ハンバーグだよな。思い出すとたまらない」

「リョウター様に教えてもらったが、キャンプ場で出たのはマヨパンというらしい。忘れられん味だ。戻ろうか~」

「へー。あれ、そんな名前の食べ物なんだ。おぼえておかないと」

「ディアナはマヨラーと言うのになっちゃたんだね」

「そうですね。リョウター様が言うには、合わないとわかっていても何にでもマヨをかけるのが、マヨラーとかの性とか掟みたいらしいですよ」

「フーン」


「しかし、苦労しただけは有ったな」

「急にひそひそ声になって、どうしたんですか?」

「例のお土産の話ですね」

「ここで良いのか」

「密談できる食事処より、こういう処の方がいいんです」

「食べたり飲んだりしていて賑やかでしょ。皆、意外と気にしていないんですよ」

「フーン、そう言うもんか」

「イレナ、分かっているじゃない」

「伊達に、シーフやってませんから」


「お土産の塩、1キロのが10袋。砂糖も1キロ10袋。同じく、小麦粉1キロ10袋。コショウは1キロでしたから」

「塩と小麦粉は使ったよな」

「塩は1袋。小麦粉は7袋かな」

「この1キロの袋ですと雑貨屋で売っている瓶で5個分ぐらいだな。確か、一瓶の塩が銀貨一枚と言っていたよな」

「エェ、そうです。で、混ぜ物が入った砂糖でも王国金貨一枚」

「コショウは?」

「店には1個だけありました」

「置いてあるんだ」

「エェ、貴重品なのでしまってあるそうです。店には出してませんが、コショウなら王国金貨五枚だそうです」

「砂糖なら最低でも金貨50枚になるね」

「コショウは、かなりの額になるはずだ」

「125枚だよ」

「塩も砂糖もかなりの上物だから、もっとするだろうね」

「小分けせずに、壺で売れば良いんじゃない」

「売れればな」

「そうですね。高額商品ですから、それなりの伝手がいりますよ」

「私が王都の実家に持って行けば、さばけると思いますけど」

「アリーヌに頼むか?」

「でも、アリーヌさんだって帰り辛いですよね」

「まぁね」

「王都に行くにしても、先立つものがいるからね」

「砂糖だけでも売って路銀にしますか?」

「その事なんですけど、パーティー予算もそろそろ無くなりそうです」

「宿代や活動費用かー」

「装備は、リョーター様から頂いたのが有るから助かったけど」

「だねー」

「やっぱり、幾らか砂糖を売らないと」

「砂糖はともかく、問題はコショウだよなぁ」

「ウーン。じゃ、ギルドに売りますか?」

「それもいいけどー。絶対に値切られるぞ」

「多少、安くなるのは仕方ないでしょう」

「コショウの入手先が知られるのも不味いな」

「職員には、守秘義務があるはずです」

「「「仕方ないね」」」


 ※ ※ ※ ※ ※


 ツアーズの女冒険者達が、ワイワイ言いながら食事を終えようとしていると、たまに討伐を一緒に行う連中が入って来た。ティモテ・マケール・リシャール・フェリクス・ジェルマン達で、男5人の中堅と言われる冒険者パーティーのガーディアンズである。


「オ、ディアナ達じゃないか。久しぶりだな」

「森からのお帰りかい?」

「アァ、さっきな」

「門番から聞いたぞ。ゴブリンにやられたってな」

「確かに失敗したわ。でもねー」

「ゴブリンじゃなくてオークだよ。それも群がいてな。でもな、それからが大変だったんだ」

「チョッと、その話は」

「どうした?」

「そうだった。またねー」

「くどい男は嫌われますよ」

「特にシモナとかにね」

「オ、オゥ。マァ、良いか」

「じゃ、またね」


「おい、おかしいと思わないか。彼女達、依頼をしくじったって聞いたがな」

「オゥ、最初は気の毒だと思ったが、そのわりには、盛り上がっていたじゃないか?」

「そうだな。おかしいな」

「依頼は失敗した。でも、それを吹き飛ばすほど良い事があったとか」

「そうかもしれんな」

「機嫌も良かったし」

「それで、失敗した依頼というのはなんだ?」

「深淵の森での採取依頼と聞いたが。トコリコの根だったかな」

「いくら深淵の森でも、奥までいかなければ大丈夫だと思うが」

「彼女達、ゴブリンじゃなくてオークって言ってましたよね」

「オークか」

「オークの群れだとすると、人間が5人だけでは負けるかもしれんな」

「力、強いからな。かなり、やばかったんじゃないか」


 ※ ※ ※ ※ ※


「ディアナが、雑貨屋で壺と油紙を買うって言っていたぞ」

「それが?」

「店に置いてある壺、あるだけだぜ」

「あの店には、30個ぐらいは有ったよな」

「エェ。でも、冒険者がそんなに沢山、何に使うんでしょうか?」

「商売替えー?」

「まさか。油紙もだから、水気を嫌う物だな」

「食べ物とかは?」

「分からん」

「絶対におかしいです。シーフの勘なんですが、何故か金の匂いがするんです。もう少し調べた方が良さそうですね」

「儲け話だったら、俺たちもご相伴にあずかるか?」

「だな」

「じゃ、彼女達の後をつけて廻るんですね」

「何か気になる言い方だが、そう言う事になるな」


 ※ ※ ※ ※ ※


 翌朝のカルロヴィの町は、昨日までと何ら変わらなかった。だが、女5人のツアーズ、男5人のガーディアンズ。合わせて10人の冒険者には違った。もちろん、カルロヴィの町にもやがて来る時代の変化の大波がそこまで来ていたのだが、神ならぬ身ゆえ知る事はなかった。


「アーァ、あいつら何で後をついて来るのかなー」

「マヨネーズの事を知られたのかな?」

「エ。マヨネーズ、見つかったの?」

「ロザーリア! ディアナをからかうのは止めて」


「朝から、ついて来てますねぇ」

「ギルドを出てからもズーとだね」

「私たち、何か事したか?」

「塩、砂糖、コショウを売ったけど」

「そうか。で、勘の良い奴に探られている訳か」

「そうかもしれないけど、私は少し違うんじゃないかと思う。だって、シモナが受付嬢にもっと高いはずだとか言ってたし」

「声を張り上げていたよ」

「そうだねー、買取係にお前じゃわからん。コショウを値決めする時には、ギルドマスターを呼べと叫んでましたからね」

「叫んでか。そ、そうか。そうだったな。私とした事がうかつだったな」

「何をいまさら」

「マ、マ、済んだ事は……すまん」

「シモナだって、うっかりミスする事があるんだから許しましょう」

「もっとも、ギルドマスターを呼べと叫んだのはアリーヌですけどね」


「仕方ない。ここは天下の往来だからな。私達の後をついて来るなとは言えんな」

「シモナは、ガーディアンズの○○○○。好きだもんね」

「エ! 何の事?」

「伏せ字に、しなくても分かります」

「ロザーリア、余計な事を言わないで。私は、パーティーのリーダー同士としてね、時々、ホント、彼と情報交換の為にお話をしているだけなの」

「フーン。じゃ、今はそれを置いときましょう。でも実際問題として、リョウター様の処に行くには、どうしても青き深淵の森を通る事になると思いますよ」「

「そうだね」

「人数が多い方がオークに出会っても安全かと思います」

「ウ、ウン」

「確かに、遺跡都市の転移門まで50キロは有るしな」

「白き塔の門を出てからも10キロかな」

「オークの群れが居たんですよ。森の奥ならオーガだって居るかも知れない」

「確かに、オーク達相手で5人は少ないし……オーガなんて戦力的に無理過ぎるな」

「そうでとも」

「戦力かー。いっそガーディアンズに話をして連れて行こうか?」

「エェ、この際です。荷運び人夫兼護衛という事で雇ってしまいましょう」

「それが良いかも。絶対に人手は要るから」

「オークが出てきても、肉の壁になって逃げる時間を稼いでくれればいいしね」

「アリーヌ、少し話の中身が酷い気がするけど」

「マ、マ、それいう事でいいね。あの路地で良いか。じゃ、呼ぶよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「オーイ、そこの5人ー。こっち来なー」

「オイ、呼んでるぞ。お前達も分かってるな」

「「「「オォ」」」」

「分かった。今行くぞー」


「あんたたち。ちょっと話があるんだけど」

「怒ってませんかね」

「だから、後を付けるのはやめようと言ったじゃないか」

「イヤ、お前だって賛成したろ」

「ハイ、ごちゃごちゃ言ってないで、こっち来るんだよー」


「実は、私達ねー。チョッとした遠出を考えているの」

「ホー。何処へ」

「深淵の森の奥深く」

「オイ、オイ、奥深くだって」

「もちろん、ただの遠征です」

「そうですよー」

「ちょっと遠いけどね」

「言う事と聞いたら、きっと良い事あるかもよー」


「で、奥深くだって?」

「そう言いましたわ」

「青き深淵の森だよなぁ。危ないんじゃないか?」

「危ないに決まってるじゃない。でもね、お金になるの」

「それも、かなりのね」


「あっさりと、教えてくれるとは思わなかったぜ」

「そうですよ」

「深淵の森だろ。金にはなるが命がけだぞ」

「それに、転移門だろ」

「アリーヌが転移門の動かし方を教えてもらったから、やれるらしいけどな」

「遺跡都市の転移門までかー」

「森を通って50キロはあるからなぁ。結構、あるぞ」

「帰ってこれるんだよな?」

「どうだろう? 俺としては行きたいが、パーティーの安全も考えないとな」

「オイ、どうする」

「ティモテはシモナがいるからな」

「チャンと分かっているから」

「バカな」

「良いって事よ」

「ハイハイ。で、どうすんの?」


「決まったー?」

「「「行くに決まっているだろ」」」

「連れてっても良いけど、食料ちゃんと持ってる?」

「あぁ、携帯食3日分はある」

「いつもの食堂の弁当もな」

「そうかー。足りないね。じゃ、あんたたち。3日だけ待ってやるから、ここらで角ウサギでも獲って。そうだね、往復だから10日分に増やしな」

「了解」

「じゃ、頑張って下さいねー」

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