第18話 魔法の指輪

 ※ ※ ※ ※ ※


エベリナとダヌシュカさんがお話をしていた頃、俺っちはイザール父さんから賭けに勝った品を受け取っていた。 イザール父さんは、ゲームをもっと続けたいようだったが、ダヌシュカさんに王城に戻るよう説得されて不承不承ながら戻る事になったらしい。


 テレビゲームで大敗したので落ち込んでいるようだったが、マァねー。俺っちの様なベテランゲーマーとドラゴンとは言え赤ん坊レベルのイザーク父さんでは勝負にならない。とは言え約束は約束らしい。中々、固い男である? 


 で、賞品なのだが、イザール父さんの右手の先に、突然黒い50センチ程の丸が空中に現れた。アァ、黒い丸は、田中町長さんが愛読している、「ちゃんとなろう」系のお話ね。よくお話に出て来る空間魔法とかストレージとか言う例のアレで有る。確か、エベリナのカレーつまみ食いの時にも見たっけ。


 そこを、ガソコソしていたと思ったら、派手な色をした爪付きの指輪を取り出してきた。アーマーリングと言う戦闘でも使えそうな指輪である。ドラゴンの指にはぴったりだとは思うのだが……。


 どうやら、これが約束の品になるらしい。イヤ、頂き物に文句を言うのはなんだけど、かなりあれだから聞いたよ。魔法の指輪だそうだ。しかし、相手はレッドドラゴンである。手を出せと言われたので、素直に従って両手を差し出す。


 イザール父さんは、ミレナがくれたアネットの物だった魔よけの指輪を見ていた。マァ、先にもらったものだからね。それに何時、魔獣に合うかもしれないからね。当然、はめているよ。


 ジッと指輪を見るイザール父さん。話に聞く、鑑定の魔法でも使っているのだろうか? そうそう、聞いた話では男性の場合、中指に指輪を付けると想像力や直感を高めて人間関係もスムーズになるらしい。今の相手はドラゴンだけどね。


「良い指輪だ。伸びしろはかなりあるな」

「そうなんですか。貰いもんなんですけど、魔よけの力が有るそうです」

「確かに。ワシのも魔法の指輪だがな」

「イヤ、申し訳ないんですが指輪と言うのには派手過ぎるような……」

「なんじゃ」

「あまり、手がチャラチャラするのは好きじゃないんで」

「面倒な奴だな」


 イザール父さんは、魔よけの指輪をはめている右手の中指を、見つめていたと思ったらピカッと光って1個の指輪となった。


「エ?」

「言わんでも良い。派手なのは、イヤなんじゃろ。魔よけ指輪に魔法の指輪を融合してアップグレードしたが、形は魔よけの指輪のままにしておいた」

「ハハ、グレートですね」


 ※ ※ ※ ※ ※


 実に短時間で俺っちの願いが叶ったらしい(リクエストした覚えは無いんだが……)。イザール父さんは、口ごもっているが、ごく親しい誰からか呼び出されているらしい。気持ち焦っている様に見える。


 で、事務所前の広場から西の入り口に直ぐに行くように言われた。何しろ相手はドラゴンである。久しぶりの全力疾走である。およそ3分で西門が見えた。倍はかかるはずだが、体力が上がっているのだろうかな。まさか、3分で行けるとは思っていなかった。思い当たるとすれば、あの一滴だけど……。


 それはともかく、余裕で空を飛んできたイザール父さんが、先に降り立っているのがみえる。あろう事か、一つ二つと指折り数えはじめていた。まだ、100メートルはありそうだ。しかも、緩いとはいえ登り勾配である。


 何とか10を数える前に着く事が出来たが、ドラゴンを待たすとはいい度胸をしているとか何とかブツブツ聞こえた。ワォ。ありえないだろう! 俺っちは100メートルを10秒切っているのかよ!


 マァ、ともかく息を切らせてゼーゼー言っていたが、ふと前を見ると置いてあるパイプ椅子の横に、直径10メートルぐらいの赤い魔法陣が光っているではないか。


 イザール父さん曰く、転送魔法陣だそうである。これは後から説明されたんだが、俺っちは魔よけと魔法の融合した指輪(以下、長いので魔法の指輪)なんだけど、指輪は転移魔法陣をコントロールする事が出来る、とんでもグッズらしい。


 転送魔法陣なんてすごい魔法なんだろうな。と素直に思う。魔法使いなら、いつの日かは出来るのを夢見る逸品である。だが、現状では何処へでも行ける訳では無いらしく、転移点を定めるのに一度は訪れる必要があるとの事だ。


 イザール父さんは、誰かさんの呼び出しで気がせいているらしい。一回は転移しておかないと、指輪の初期セットアップが出来ないらしく、明確に行き先を催促された。単に面倒になっただけかも知れないが、目的地設定を初回のみという事でサービスしてくれるらしい。


 どうやら、イザール父さんが知るこの異世界が転移可能エリアらしい。クラドン王国やら、聞いた事も無いリトムニ国の地名を言われてもさっぱりである。もちろん、日本側への転移は、イザール父さんでも転移点を特定が出来ないので転移は無理との事。


 マァ、俺っちは指輪を使いこなすうちに、出来るようになるだろうとの事だ。……ウゥ、出来るんかい! 俺っちのスパーカブがいらなくなる。なんてこったいと衝撃を受ける。


 でも、何処へ? 俺っちが知っている異世界は、ここから向こうの森までで、青き深淵の森の中? 冗談じゃない。だけど、他は知らないしなー? しょうがない。ダメもとで、冒険者達の言っていたカルロヴィの町にしてもらった。他の地名は知らんし……。


 ところがイザール父さんは、地名も知っていたし上空を飛んだ事が有るようで即座にOKが出た。また、近くにある遺跡都市の転移門からの紐づけも出来るので、指輪の設定も簡単にできるのだと言っている。


 転送魔法陣をつなぐのはカルロヴィの町近くの丘にしてもらう。思うに、いきなり俺っちが町の中に現れてしまっては、何かとまずいと思ったんだ。俺っちにはそのぐらいの常識を持つぐらいの、ウェブ小説の教養はある。


 なお、帰るには転送魔法陣の中から魔法の指輪に触れて、この椅子が置いてある場所を思い浮かべれば良い。行きも帰りも、割と簡単であるらしい。


「あらよっと」

「エ、もう使えるんですか?」

「使えるぞー。今は、リョウター殿だけだが、初期設定を済ませば転送陣内なら重さも数量も関係ないしな」

「そうですか。有り難うございました。じゃ、これで……」

「リョウター殿、何処へ行かれるのじゃ? サ、サ、遠慮なさらずともよい。転送をお試しなされよ」

「?! ハッハッハー」


 笑ってごまかそうとしたが無理だった。初期セットアップが終了しておらず、安全性が確保されていない転送陣である。誰が好き好んで訳も分からない異世界の魔道具? を使いたいものか。


「後からでは、まずいんですよね」


 レッドドラゴンの驚異の前には、進も地獄、返すも地獄である。屈するしかない。また、イザール父さんの指折りカウントが始まった。是非もない。では、転送陣の中ほどに進んでGOである、とうながされた。仕方ないね。俺っちは、それなりの決断力の有るジェントルマンなのである。


「よいか?」

「マ、待って。ポーズ、ポーズ」

「ポーズ?」


 転送時には、お約束の片膝を立ててしゃがむポーズである。昔見た映画だよ。ター〇ネーターだったかな? 全裸で転送されるシーンであるが、俺っちは服を着ている。フフフ、勝ったな。


 言われた通り、行き先を「カルロヴィの町近く」と思念すると、ほどなく『ブーン』と転送魔法陣の稼働音が小さく聞こえた気がする。で、アッという間もなく無事転送は終了。


 足元には6メートルほどの赤い魔法陣が光っていた。木々に囲まれた広場のような地である。ラッキー、こっちも良い天気じゃないか。オ、10メートルほど先には、盛り上がった感じで岩がある。見晴らしもよさそうだ。


 岩に登って周りを観察。フムフム。どうやら、ここは森の中にある小高い丘で、転送魔法陣はくぼみのような空き地に出現したらしい。上手い具合に巨木の間が見通せる。イザール父さん、いい仕事をしているな。


 フーン、草原と森との境界近くだな。10キロほど向こうに見えるのが、冒険者達の言っていたカルロヴィの町だろう。手前にある白い一本の筋の様に見えるのは川なのだろうか? 


 フム。ウェブ小説に書かれた通りだ。城郭都市と言う奴だな。なるほど、非常に興味深い。確かに興味深いのだが、青き深淵の森は魔獣がうようよしているのだ。長居は無用である。初期の目標は達成されたのだ。よし、すぐに帰ろう。


 ※ ※ ※ ※ ※


 帰路に就いた5人の冒険者達は、幸運に感謝しつつ、カルロヴィの町に無事に辿り着いていた。正確には、橋を渡り城門をくぐればであるが……。列に並び、順番を待つ。


 列が短かったのは、陽が高いせいもあるのだろう。周りは冒険者だろうと思われる者ばかりである。背に背負ったカゴからは薬草と思われる草や、中には狩り取った獣の足が見える。さもありなん。ここより東は、獣や魔獣の居る危険な青き深淵の森である。


 それだけでは無い。青き深淵の森奥深くにはエルフが住まい、魔法を使いこなして森の民として暮らしてる。だが、エルフは交易の為に森から出る事も有るが、至って人付き合いが悪い様である。


 さらに奥くには、伝説となったドラゴンを神と崇める竜人族が住まう。そのドラゴン達は、森から遥か北方にそびえるレユニオン山脈に居るとも言われる。また、めったに見られない妖精族や、おとぎ話の類として魔法を極めし大賢者が居るとされていたのだ。


 尚、妖精は気まぐれで、いたずら者だが森の中では強者と言われる。妖精は多くの言葉を操るらしいが、仲間やエルフ、ドラゴンなど自分達が認める者とだけ古代フプラハ語で語ると言われている。


 話を戻そう。マァ、彼女達の感謝の念は当然であろう。それもそのはず。今回の思いもかけないクエストからの逃避行や、大賢者やエルフの知遇を受けたのだから……。さて、青き深淵の森の話はこのぐらいにしてカルロヴィの町について話そう。


 カルロヴィの町は、辺境とも言われるラフ大陸の北西、中堅国家のクラドノ国にある。最初は開拓者達の町として、後にクラドノ国の国策として築かれた城塞都市として、およそ200年の歴史を誇る。


 今では人口も3万人を超えており、国策とされただけあって野生動物や魔獣を狩る者として多くの冒険者達が訪れている。結果、辺境にあるにしては規模の大きな都市ととなっていた。


 そんなカルロヴィの町であるが、川を越えて東には青き深淵の森が有る為に、耕作地可能地が西側のみとなり農産物の生産量は少なかった。


 禍を転じて福と為すの例えあり。近くには、野生動物や魔獣が豊富に沸く青き深淵の森である。カルロヴィの町は、見方によれば資源の宝庫と言っても良い場所にある。


 野生動物がもたらす毛皮や食肉、牙や骨の加工品、また魔獣の生み出す部材、希少な魔石が産出する。それだけではなく、青き深淵の森が生み出す様々な薬草や有用植物、特にへびりんごーごー等の特殊な木の実が得られる場所でもあった。


 そして、それらを採取する冒険者、その冒険者達を束ねる冒険者ギルドの実力も高く、クラドノ国のみならず大陸中の名声を得ていた。彼らをまとめる冒険者ギルドは、魔獣等から得られる様々な物品で膨大な富を作り出していた。


 スタンビートと言われる魔獣の氾濫に備えて、防衛用にも立派な城壁が築かれていた。実際、町が築かれてから森から起きたと思われる数度にわたる魔獣の氾濫もこの城壁によって守られていた。


 町に住む人類にも、ドラゴン云々と言う話は伝わっていた。だが、リザードマン達の魔法文明を破壊したような強大な暴力の前には、はたして城壁が役に立つかどうかは分からないが……。


 青き深淵の森の中で遺跡となったリザードマン達の都市がある。意外にも残された物は2000年の時を越えて今もなお稼働する転移門であった。


 古代リザードマンの交易の為に築かれた施設だと言われる転移門は青き森の各所に築かれたており、状態維持魔法によって未だにその機能を有していた。


 冒険者達にとっては、遺跡都市は一攫千金の財宝が隠されている場所と思われた。そして最初こそ何も知らない者達が転移門に迷い込み行方を絶った。迷い込んだ者は、何処とも知れぬ青き深淵の森奥深くに飛ばされたのだ。


 生きて帰って来た者はごくわずかだが、森での恐ろしい体験を伝えた。冒険者達には死の罠と同義であった。そして何十年何百年の経験が積み重なっていく。


 転移門は時を経ても転送先が分からないまま動き続け、さながら罠のようになっていた。まさに悪魔の罠そのものであった。


 今では、遺跡都市の転移門がカルロヴィ近くにあるのはよく知られた事実となっており冒険者ギルドでも注意喚起がされている。


 だが、その罠の中に自ら飛び込んだ5人の冒険者達がいた。彼女達はオーク達に追われ、最後の手段として装備も食糧も、水さえも打ち捨てて着の身着のまま転移門に飛び込んだのだ。


 冒険者達は転移門により白き塔に送られ、やっとの事であおい町キャンプ場に辿り着いた。そして希しくも青き深淵の森の大賢者リョウター、妖精の王女アネット、森の魔法使いと呼ばれるエルフのミレナとの奇跡的な会合をへて、無事カルロヴィの町に帰還をはたした。しかも、希少で高価な品々を携えていた。

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