第21話 遠征のご用意ですね。

 ※ ※ ※ ※ ※


『ブーン』 (これも、転送魔法陣のそれらしい稼働音です)


「いかがであった? あっという間であろう」

「ハイ、得難い経験でした」


 イザール父さんのご下問である。ウーン、否も応も無い。確かにあっという間には違いない。だが、生殺与奪の力を持つドラゴンに向かって、意見など言える訳が無い。是非も無いではないか。


 しかしまぁ、結果的には良かったんだろうな。女冒険者達に会ったが、異世界の町も見れたしキャンプ場にも無事に戻れた訳だからな。


「怏々、そんなに気に入ったか」

「もちろんですとも」

「ウム、エベリナよ。リョウター殿も気に入られたようじゃ」

「良かったですね。お父様」

「照れるでない。何時ものようにイザールパパと呼んでよいぞ」

「では、イザールパパ。御機嫌よう。お母様によろしく」

「オォ、そうであった。忘れておった」

「陛下、急ぎませんと」

「ウム、分かっておる。では、エベリナも皆も達者に暮らせよ。さらばじゃ!」


 イザール父さんは途中から人化を解いてレッドドラゴンの姿に戻ったらしく、少しするとドーンという音が聞こえて来た。フム、あれは音速を超えたら出るソニックブームと言うやつだな。


 護衛空挺師団のダヌシュカさん達も慌てて後を追っていった。普段からあんなんじゃ、彼女達も苦労しているんだろなー。


「で、エベリナはイザールパパと呼んでおられると」

「せん無き事を申すな。ああ呼ぶと何かとご機嫌なのじゃ。じゃが、転送魔法陣は中々のものであろう」

「そうだけど」

「それにな、魔法の指輪に付与を与えられる者は、そうはおらんぞ」

「確かに魔法で転移できるなんて普通に凄いよね」

「さよう、この世の理を知る其方は理解が早いの。父上のお力は、まっこと神にも等しい力なのじゃ」

「はぁ、何と無く有り難いような気がしてきたよ」

「良かったではないか。説明にあった通り、この後は其方の努力次第で何処へでも行ける様になるであろう」

「フム。そうなのかなー?」

「その通りじゃ」

「場所が特定できれば、どこにでも行けるそうだが?」

「マァ、魔力量によるがな」

「そうなのか。カルロヴィの町へは行った事は無かったけどさ、あれは?」

「父上がご存じで近くに転移門が有ったからな」

「フーン、転移門ねー」

「ウム。このラフ大陸なら、リザードマン達の転送門システムが援用できるからな」

「そうなんだ」

「マァな」


「イザール父さんは即行で帰ったんだけど、あれは、サービスというよりも近場でサッサと済ませたかったんじゃないかな。お母様に呼ばれていたようだし」

「無きにしも非ずじゃな。しかし、リョーターにも分かるとは……」


「アレー……、チョッと待ってくれよ。さっきの話なんだが、もし想像して行けるなら、地獄や極楽に天国だってOKなのか? オイオイ! 地獄なんて、いきなりチョー危ない所に出るんだろ。それって、かなりまずいんじゃないか?」

「フフフ」

「人間だから、うっかりという事も有る。ミスって地獄だったらさー。やっぱりこの指輪、普段は外しといた方が良いのかも知れんな」

「まぁまぁ、心配せずとも良い。フェイルセーフが発動する故、御身は無事だ」

「良かった。エ! エベリナ。何で俺っちが考えている事が分かるの?」

「それだけ大きな気で思っていれば分かるわい」

「ウン、リョーターの気は駄々洩れだからねー」

「オッと、アネットにも分かるんだ」

「少しは努力して隠せるようにならないと、恥ずかしいよー」

「ウ、ウン」


「ホンに、気が外に駄々洩れじゃて。決して我らドラゴンに対して不埒な事を思うでないぞ」

「待ってよ。じゃ、エベリナに分かるという事はイザール父さんにも漏れていた?」

「もちのろんじゃ。次は無いかも知れぬぞ」

「エー! 早く言ってよーね!」

「ハハハ冗談じゃよ。妾と違って寝食を共にしておられんから、いかに父上で有っても気づかれまいて」

「寝食を共になんて人聞きの悪い。それを言うなら、せいぜい飯と宿と言う所だぞ」

「フォフォフォ。そうかもしれんなー」

「頼むよ。変な噂になったら、イザール父さんに処分されちゃうじゃないか」


「その魔法の指輪はな、かなりの伸びしろが有ると言うておろう。実際、魔獣除けと転送陣の魔法だけではもったいないわい」

「そうだよ。元はアネットの指輪だったんだからね。まだまだ、色んな術を付与できるんだよ」

「そうなんだ」

「とりあえず日々訓練して、使いこなせるように精進するのだぞ」

「ウ、ウーン」


「で、お主。カルロヴィの町へ行ったのか?」

「いいや、町じゃなくて近くの丘までだけど。そん時、偶然だけど知り合いに会っちゃたんだ」

「さようか」

「ウン、エベリナは会ってないけど、前にここに来た事のある女冒険者達だったんだよ」

「女達とな、フーン。リョーターは、まことおなごに弱いからな。いらぬ世話でも焼いてきたかのー」

「そんな時間なかったけど……」

「じゃ、リョーターの事だから何か約束でもしてきたんじゃない?」

「オォウ」


 泣いて頼まれたしなー。俺っち、女難の相でも出てるのかな? しかし、アネットにまで見透かされるとは……。


 ※ ※ ※ ※ ※


「今、何だかぞくりとした」

「ウン、気のせいでは無いな」

「私も。皆も感じた?」

「鑑定魔法の雰囲気に近いかも」

「そうかも知れないけど、どちらかというと殺気に似ていたかな」


「それにしても、転送魔法陣とはな」

「初期設定とか言ってたけど、リョウター様はキャンプ場に帰れたと思う?」

「帰れたでしょう」

「また、美味しいご飯が食べられるわね」

「絶対にマヨネーズよ!」

「ディアナはブレないね。確かに、あれを付けると美味しいけどさ」

「中毒性のある、危ない食べ物って本当なんですねぇ」


「オイ。イレナ、何が危ないって? それに、誰の事を話していたんだ」

「ミラーン、急に話しかけないでよ。驚いたじゃないの」

「すまんな」

「マァ、良いわ。それより用意は出来たの?」

「言われた通り、角ウサギと牙リスで20日分揃ったぞ」

「多いじゃないか」

「アァ、巣穴が見つかったからな。で、今は帰りの分を捌いて軽く燻している処だ。じきに終わるだろう」

「フーン」

「後は堅パンを追加で買えば食料は十分だろう」

「そうなのね。じゃ、よろしく。私達も、雑貨屋で仕入れないとな。何が良いかな?」

「向こうには大抵の物はありそうでした。無さそうなのは思い当たりませんね」

「やはり、ギルドの交易用品になるのかな?」

「それも良いかもしれませんが、雑貨屋さんにも良さそうなのがあった気がします。先に寄ってみましょう」

「こうして話していても埒が無い。行くぞ」

「そうだね。じゃ二手に分かれてと……。後で宿だね」

「じゃ、何時ものようにギルト組と、買い出し組に分かれよう」

「そうだね。アァ、ガーディアンズの皆も来てくれ。予定を伝えるから」


 ※ ※ ※ ※ ※


「これはこれは、ツアーズのお三方。今日は何がご入用でしょう?」

「何時もの様に遠征用品の補充をお願いしたい。あとは交易に使える物があればお願いしたい」

「左様ですか」

「気がつかなかったがご亭主、こうして改めて見ると雑貨屋と言うのは何でもあるもんだなー」

「さすがに壺は売り切れましたがね。ご購入ありがとうございます」

「ハハハ」

「ここは辺境ですからな。まだまだ、うちの商会としては少ないほうなんですよ」


「それで、如何様な物を用意いたしましょうか?」

「ウン。さっき言った通り、ちょっと遠くまで遠征に行く事になったんだ。まず、いつもの遠征用の消耗品を頼む。角ウサギと牙リスの燻製が有るから、エーと食料は20日分位だ」

「承りました」

「30万ゴールド位で良いかな」

「そのぐらいですね。少し出ますが、まぁ勉強させていただきましょう」

「悪いね。あとは交易品だな。ギルドの物は何となくドンくさいのでな。マ、何か気の利いた品があるかと思ったんだが」

「お客様は運が良いですね。先ほど一か月ぶりに王都便が入りました。ラッキーですよ」

「へー、そんなのがあるの?」

「エェ、こちらです。どうぞご覧下さい」

「そうそう、ご予算はいかほどでしたかな?」

「3万ゴールドぐらいで頼む」

「ハイハイ、遠征費は贅沢できるほど懐は温かいと。オット、私とした事が失礼いたしました」

「イヤ、今回の遠征は10人で行くんだ。だから倍という事だ。それに、贅沢とまでは思わないが食糧は必要経費だから」

「そうですね。冒険者は体が資本ですからね」


「品物は後ほど宿にお届けしますが、先ほどのお話に有った交易品ですが、どのような部族なんですか?」

「アァ、それか」

「カルロヴィから遠距離となると、さぞや野蛮な部族なんでしょうな」

「イヤ、さほど野蛮とは思わん。ただ変わってはいるようだが」

「なるほど。では定番の光物では難しいか……。ご予算では王都製のガラス玉では足りませんし、ウーン……そうだ。王都便に有った珍しい色石にしておきましょうか?」

「色石?」

「川原で採取したそうです。中々良い品ですよ。嵩もサービスして増やしておきます」

「ありがとう。あと、この持参した紙束を買って欲しいのだが」

「拝見します。フーム、この白さと薄さ」

「300枚は有る。どうだろう?」

「かなり上質な紙ですな。これを売られるので?」

「そうだ。マァ、買取が難しいなら交換しても良い」

「交換ですか。なら何とかしましょう」

「で、相談なんだが、出来れば色付きの絵がたくさん載っている本と交換して欲しいのだ。もちろん古くても良い。新しいのを出せと無理は言わん。種類も任せる」

「変わった御依頼ですが何とかしましょう。なに、神殿に伝手が有りますから、種類を問わなければ可能でしょう」

「3、4日ぐらいでお願いしたいのだが」

「それは急ですね。分かりました。お得意様ですからね」

「この手の事は、ギルドでは頼めないからな。助かるよ」


 ※ ※ ※ ※ ※


「ア、ここまで来たんだ。せっかくだから神殿に寄って行くわ」

「そうか。そうだな」

「じゃ、私も付き合うわ」


 今、彼女達が居るのは、ギルドに近い冒険者達の御用達の店前である。この東の大門付近から続く道には冒険者ギルドも有るが、多くの神々を祀る神殿も有った。


 神々を祀る神殿は、ラフ大陸の多くの国々で信奉されており、クラドン王国の国教と言うべきものであった。カルロヴィの町にも、他の都市と同様に大小の神殿が置かれていた。


 その各神殿入り口前広場には、簡易店舗が軒を連ねており、様々な露店が毎日の様に出ており民の生活を支えていた。


 この世界では、魔獣が居れば魔法もある。そして、魔法による治療をする少数の治療師と呼ばれるヒーラーがいる。もっとも、何もかもが魔法で治る訳では無いのだが……。


 神殿は神の教えを説くばかりではなく、様々な機能を持たされていた。神の奇跡と呼ばれる治癒魔法を行える者が居り、併設される治療院もその一つである。


 治癒魔法を使える者は少ないものの、その力は自然に発現する。だが、治癒魔法を極めようとすれば、神殿に籠って神々の加護を得る事が重要であると言われた。


 最初、ヒーラーは見習い神官となって研鑽を積み、やがては高度な治癒魔法の使い手となる。この為、使い手の生活は保証される。が、高度な治癒魔法は高位の神官か、神殿が認可を与えた者しか許されていない。


 そして、ご多分に漏れず高度な魔法やポーションには、高額なお布施と呼ばれる施療費がかかった。高度な魔法の為か、はたまた高額な治療費に疑問を抱く為なのか……。それが動機かは分からないが、少数ながらも神官が辞して市井のヒーラーとなる者が居るようだ。


 また、神殿は人口増加に伴い社会的機能を保持する為に孤児院を併設していた。これは、医学が未発達であり生活環境が劣悪な為に、人々の病による死亡率が高い事による。また、単純に生活苦による者や、二親や親類縁者が死亡した為に孤児となった者も多い。


 15年前に森の角狼と呼ばれる魔獣が、川を越えてカルロヴィの町の北方にあった開拓村を襲った。何年かに一度起こる渇水であるが、たまたま出来た浅瀬を渡って青き深淵の森から侵入したものと思われた。


 都市とは言え辺境にあるカルロヴィの町である。その更に果てにある開拓村の防衛力は推して知るべきだろう。シーㇷのイレナと戦士のディアナは、その村のわずかな生き残りであった。


 町の神殿付属の孤児院で共に過ごし、冒険者になった。勘の鋭いイレナはシーフに、力が強いディアナは剣士になったという訳である。


 一方、お嬢様と呼ばれたロザーリアは、旅の途中であったが何やら複雑な事情が持つらしい。そのロザーリアのとった宿が孤児院の近くに有る。イレナとディアナとの縁が繋がったのもそんな些細な事がきっかけであった。


 ※ ※ ※ ※ ※


「お帰りなさい。どうでしたか?」

「アァ、上手く行った。後で届けてくれるそうだ。金はいつもの通り払ってきたぞ」

「まぁ、冒険者にツケで良いなんてお店は無いでしょうしね」

「ギルドの信用貸しは利子が高いですからね」

「そうそう、ご利用は計画的にしとかないとね」


「ロザーリアは、相変わらず信心深いね」

「見習いとは言え神官だったし、何より神官魔法の使い手ですからね」

「収入の、十分の一ですよね」

「コショウは高かったから、皆助かったわ」

「そうですね」

「彼女。神官を辞めたから税では無いのにね」

「あの子は、食費がかかるけど。あぁ言う所はしっかりしてますから」

「噂によると、神殿へ通えば神官魔法のスキルアップもあるらしいから」

「フーン。アリーヌ、魔法使いにもあるの?」

「スキルアップですか?」

「ウン」

「本当かどうかは分かりませんが、御祈りして加護を得ればと言われますけどね」

「ヘーあるんだ」

「マァ、修行したり、経験を積んだりして。そこは皆と同じかな。魔法という事なら、学院出はそこそこ早く習得すると聞いてますけど」

「リョウター様はどうなんだろう?」

「神殿や学院は、関係なさそうですよね」

「食事や住んでいる所もですけど。ドラゴンと戦ったなんて浮世離れしてますよ」

「そうだなぁ」

「リョウター様は、やっぱり大賢者様ですねぇ」

「あと4日か」

「待ち遠しいです」

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