第5話 ロッジにお泊り
※ ※ ※ ※ ※
「最初、休憩した所でしたか事務所? に行った時、ジュースと堅い焼き菓子を出してくれたじゃないですか。あんな甘いお菓子、貴族でも中々口に出来ませんよ」
「それに陽が落ちたら、このロッジっていうのに連れてこられたでしょ」
「一軒家なのか?」
「似たような建物が5・6軒、見えましたが」
「なんか管理事務所という所で、骨みたいな棒を耳にあてて大声でしゃべってましたけど」
「あれは何処かに連絡を取っていたんでしょうか?」
「あんなので連絡できるのか?」
「会話をしていたが分からんな」
「フムー。ここには見た事の無い物が多い」
「この灯りは魔法か、魔道具なのか?」
「明るいですね。小部屋を別にして3カ所もある」
「いずれにしてもかなりの物だな」
「ここの灯りも、あの灯りも、魔法では無いと言ってましたが」
「エェ、どうやら彼は隠遁した魔導士という線も有りますね」
「ウムー」
※ ※ ※ ※ ※
「休業した時に清掃が入ってますから奇麗だと思いますよ。このコテージは家族用ですから6人までいけます。ベッドは下に予備も入れて3個。上のロフトに一応3から4人は寝れると思います。そうそう、トイレは壁に使用方法が書いた紙が貼ってあります。と言っても分からんかな……また、ジェスチャーだなぁ」
「なにか、しきりに喋って踊ってますね」
「紙にも書いているな」
「使い方を説明しているんじゃないでしょうか」
「そうだな」
「これは、紙の束なのか?」
「そうだね。これだけ白いんだ。王都で使いだした上質紙と言う物で間違い無いと思うよ」
「このリョウターって言うのは、頭がおかしくないかな?」
「沢山あるんだなー」
「勿体無いよね、みんな落書きだらけになっているよ」
「貴重品の紙を、こんな風にいい加減に使うなんて」
「紙が豊富にある世界なのでは?」
「そうだと思います。だとすると価値観が違うのでしょう」
「汗を拭きたいと思っていたが、まさか風呂があるとはな。恐れ入った」
「しかし、シャワーは分かるが、お湯が出るとはな」
「エェ、クリーンの呪文も魔力節約の為使えませんでしたから、有難いんですけど……」
「シャンプー?」
「液体の石鹼なのでしょう」
「リンス?」
「頭に振りかける動きでしたから、石鹼の後に使うのでしょう」
「コンディショナーとは?」
「さぁ?」
冒険者達は耳が良いのだろう、発音は真似れるんだよな。異世界で生きていく為のスキルかも知れない。シャワー、シャンプーにリンス。コンディショナーも、そんなにおかしく聞こえないし。
「洗濯機?」
「紙に書いてある通りだとすると、洗濯と脱水ができるのか?」
「汚れものを入れてフタをすれば、後は乾燥まで自動なのでしょうか?」
「着替えは持って無さそうなですね。これ使って下さい。どうせ名入れしてあるので処分するんで」
(……… … … ……………… …… 。………… … … …。………… … … ………)
「この服を、くれるんでしょうか?」
「そうだと思います」
「キャンプ場スタッフのTシャツと作業用のズボンです。ベルトは無いんで我慢して下さい」
(……… … … ……………… …… 。………… … … ………)
「アァ……ありがとう」
「エーとTシャツのサイズはと……。魔法使いさん以外はLからLLLだな」
(……… … … ……………… …… 。……………… … … ………)
「言葉が分からないはずなのに、なんか今。私だけ胸が小さいと言われた気がする」
「しかし風呂場にトイレがあるとは、どうかと思いましたが」
「確かに、機能的ではあるな」
「でも、貴重な紙を使い捨てるとは」
「エー! 居ないと思ったら試していたの?」
「何事も経験」
「ホントか! 水が出て来るんだろ」
「驚いた。ウーン、一度使うと気持ちの良さにやめられない」
「恐れを知らぬ奴だぁ」
「これだから、魔法使いは御し難いと言われるんだぞ」
「探究心は大事。目の前に図が書いてあった。その通りに使ってみた」
「そ、そうなんだ」
「あれは、絶対に使ってみるべき」
※ ※ ※ ※ ※
「お疲れでしょうから、ゆっくり休憩して下さい。後で、サンドイッチでも持ってきます」
(……… … … 、………… …… 。…、… … … ………)
青き深淵の森を抜けて来たんだ。やっぱり、お腹空いているよね。パン足りるかな?
「行っちゃいましたね」
「「「ウン」」」
「お腹すいたー」
「戻ってくるような、感じがしてましたけど」
「トントン、入りますよー。サンドイッチ持ってきました」
(……、……… ー。…… … ……)
ア、失敗した。俺っちの分を作るの、忘れてたわ。
返事はあるが、俺っちの言ってる事が、分から無いんだろう。戸惑っているがわかる。でも、お盆に乗せた山盛りのサンドイッチとインスタント粉末スープトマト味、オレンジジュース果汁10%を見たら喜んでいたようなので良しとしよう。食パンとスープは買い置きを使用したので、領収書は無い。俺っちのおごりである。
因みにサンドイッチは、ハム・ゆで卵・ポテトサラダを挟んだ物である。ハムは買い置きしてあるロースハムだが、ゆで卵もポテトサラダも、業務用の大袋押し出しチューブ型のである。大型冷蔵庫に入っていたし手早く、そして手軽にサンドイッチが作れるからな。マァ、売店の残りをもったいないからと俺っちが貰った物とも言う。
「むちゃくちゃ、美味いな」
「ほんと」
「ほっぺが御馳走? あれ?」
「ほっぺたが、落ちそうでしょ。慌てて食べると、舌を噛むわよ」
「イーッタ」
「ほらね」
しかし、食べ物を出してからはリョーターがリョーター様に変わっている。現金と言おうか、なんと言おうか……。マァ、良く言えば、人間親切にすればそれなりの礼儀が帰ってくるもんだなと思う。
「それにしても、青き深淵の森と言われるここもおかしい所だが、このリョウター様と言うのもかなり不思議だぞ」
「やっぱり、悪の魔術師なんじゃないですか? でもねー、美味しい物を色々食べさせてくれたから、悪人ではないと思いますけど」
「アリーヌは、リョウター様が悪い人という考えから、中々抜けられないようですね」
「遠慮せずに、一番たくさん食べていたと思いますよ」
「美味しかった。見た事もないし、食べた事も無い味だったよ」
「確かに、少し変わっていたがまずまずの量だし、美味しかったと思うよ」
「あれに、エールさえついていたら言う事無いんだけどなー」
ちなみに、冒険者達は興奮状態にあるらしいので、俺っちはアルコールは体に良くないはずであると判断した。自販機の缶ビールを、出さないのは俺っちの思いやりである。自販機、レシート出ないしな。
「お盆とコップ、終わったらそのままでいいから、こっちに置いといて。タオルとバスタオルは分かるよね。あと、これロッジのお客さん用の女性用宿泊セット。一人、一個あるからね」
「この袋、透明だ」
「不思議だねー」
「なんか一杯入ってますよ」
「中身はエーと、歯ブラシセット・チューブ歯磨き粉、カミソリ、ヘアーブラシ、くし、マウスウォッシュ、シャンプー・リンス・コンディショナー・ボディーソープ、石鹸、ローション、ボディースポンジ・シャワーキャップ等バス用品、ボディータオル、ヘアーバンド・ヘアーターバン・ヘアークリップ、綿棒・コットンセット・フェイスケアセット、あぶらとり紙。有るねー。今まで読んだ事無かったけど、ロッジ高い訳だ。どこぞのホテル? 並みだな」
「何か、一人でブツブツ紙見て言ってるな」
「効能書き? 説明書? 結構な量と種類があるみたい」
「みんなー、開けるな! 開けるのは、これ一つで良いだろ」
「そうよ、何か高そうなのよ。このビン、王都で似たようなのを見たの」
「すごいね!石鹸は使った事あるけど。リョウター様! ボディーソープっていうのは、液体の石鹸で良いのかね? なんかビンに入っているのは化粧品みたいだけど。ビンはひょっとしてガラスかい?」
「だと思うけど。プラかも」
(…… ……。…… …)
いつも思うけど、なんで化粧品は高そうな入れ物なんだろうなー。中身で勝負じゃダメなんだろうか?
「リョウター様! これこれ、村じゃ見たことないもんばっかね」
「さしずめお姫様用じゃないかねー」
なめてたわ。女の感は凄い。名前はともかく、ほぼ正確に使用方法を把握したみたいだ。見た事無い物なのに、女子バナの燃料を投下したみたいだな。このままだと、果てしなく時間がかかりそうだ。俺っち、飯まだなのに。腹減ったなぁ。もう解説に付き合っていられない。手を振りながら言っといた。
「また、明日教えるよ。じゃ、おやすみなさい」
(……、…… …… 。……、……)
メシだ。メシだ。早く帰って食べよ。
「敵対的では無いですね」
「フムゥ、確かにそうだな」
「寝袋と言うのをもらいましたけど」
「服もです」
「そうだよね、それどころか野営道具を一杯くれたよね。装備を無くしたから有り難いけど、なんか凄いもん貰ったんだな思ったよ」
「封筒型のシェラフ? と言っていたな」
「軽くて暖かいわ」
「寝袋なのかな? 野外でも暖かかそうだし、それにファスナーって聞こえたけど何で出来ているんだろう?」
「これなんか暖かいままの温度を保つ水筒だと言ってましたけど」
「エェ、人数分貰いましたね。なんか冷たいのにも使えるって言ってましたけど」
「とっても優しいのは事実ですよ。食事を出してくれたし、不思議な装備も頂きました」
「普通以上に親切な人ですよね」
「だからと言って、こんな青き深淵の森。それも最深部と思われる場所だ」
「訳の分から無い所に居るのは変だと思うけどな」
「そうですよー。人の力では森の入口に居る魔獣に勝てません」
「やはり、並みの者では無いという事か」
「まさか、さっき言ったように青き深淵の森の大賢者なのか?」
ここには、ピザの宅配なんてのは来てくれない。デリバリーサービスなんて夢の夢、都会の贅沢だ。誰かの苦労が誰かの幸せを生んでいるんだ。事務所に帰って、自分の分のサンドイッチを作りながら長かった一日を思った。もっとも、長くなるのはこれ以後、それも普通に起こるようになったんだが……。
※ ※ ※ ※ ※
昨日は何かと大変だった。バタバタしたが、仕事は仕事。臨時とは言え管理人の業務を続けないとな。キャンピ場の見まわりも、日に二回とちゃんと続けている。俺っちは根が真面目なのだよ。マァ、朝一の散歩替わりのと、午後の腹ごなしの散歩であるとも言う。
もうすぐ冬になるとはいえ、夏の暑さも過ぎて屋外で過ごすには絶好の季節ともいえる。巡回コースとして設定した周辺散策道は、このキャンプ場をぐるりと一周しており、チェック項目にレ点を描き入れながらでも一回り約一時間であり、非常に健康に良さげである。
いつもは朝一の巡回、朝食を済ませた後に片付けと清掃をする。昼食の後、午後の巡回見回りまでのまったりと過ごす。貴重なティータイム後は昼寝か古いテレビゲームをやる。そうでなければ、愛車のバイクで、飯の買い出しに「道の駅あおい町」か、ちょっと離れた「日帰り温泉あおいの湯」まで行くかと言う日々である。
アァ、既にお気づきかと思うがどこかへ消えた妖精と違って、冒険者パーティーの5人は消えていない。幸か不幸か分からないが、まだキャンプ場のロッジに居るんだ。
朝の見回りの時、途中で出会った冒険者の2人がついて来たそうだったので、事務所に引き返しペットボトルを1本ずつ渡して一緒に見回った。冒険者は体を使う職業だから朝練なのかなーと思う。
キャンプ場周辺には果樹園が有り、リンゴとブドウが作られている。西半分は草原と森に変わったが東半分は今まで通り果樹園だった。これは普通にOKである。しかし、西半分が草原だけならともかく、双眼鏡で見ると知らない果樹が所々に生えていたんだ。
でもまぁ、5人の冒険者パーティーがいる事に比べれば些細な事だと思うが……。どっちもどっちかな?
「リョウター様、宿泊セットと言うんですか、あれ良かったです」
「そうですか。それは良かったです」
(… …… 。…… ………)
マァ、話しかけて来たので頷いておく。様付けはいらないんだが、気にはしているんだろう。
「そうそう、色んなのが入っているし」
「嬉しかった」
「高そうー」
「ウンウン」
「ゴハンー」
まだまだ、処分予定の在庫ならたくさん有る。そんなに気に入っているなら、今晩も支給しておこう。タオルにバスタオルだってつけてやろう。田中町長が言うには、名入りの物品は新オープンすれば破棄予定だと言ってたし。処分費の削減にもなるしね。
そうそう今朝は、6人分の朝食を作った。自分の分はともかく、作らされたともいう。夕べの手作りの料理がよほど気に入ったのか、熱い視線を受けたのだ。特にロザーリアから。
彼女達、冒険者と言うのはフィールドワーカーだから自炊は苦手ではない。むしろ出来る方だと聞いた。俺っち? 俺っちは今時の男子たる者、厨房に入らなければ男の子ではないと言う母の尊い教えを実践している。料理はそこそこ出来ると思っている。それに、このキャンプ場では食事は出てこないので、自炊しないと飯抜きという悲しい現実がある。
提供したのは、アメリカンスタイルの朝食だ。バタートースト・ベーコン・目玉焼き2個にキャベツを千切りにしただけのサラダ。大袋押し出しチューブ型のポテトサラダにカットした少しのミニトマト。ちょっと見は贅沢なモーニングセットである。
コーヒーが苦手な人もいるかと思ったのでミルクティーした。ここ最近、はまっているのでティーバックではなく、お茶は茶葉から出したものだ。
「オイ、ディアナ! マヨネーズの掛け過ぎだぞ」
(……、ディアナ! ………………)
名前は覚えたのでね。
「ア、ごめん。美味しいのでつい」
ドレッシングの代りに出したけど冒険者と言うのは、体が資本なんだろうね。かなりガッツリだと思うが、朝からペロリと食べていたし、お替りも欲しそうだったがない袖は振れない。飯のストックが、いっぺんに減ったのだ。道の駅の安売りセールの時に余分に購入しておいた冷凍した食パンも無くなった。(こうやって地味に食費を節約しているのだ)
でも、まぁ最近は一人での食事だったので、偶にはこんな賑やかなのも良いなと思うのである。
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