第6話 来ました。昨日の妖精です。

※ ※ ※ ※ ※


「朝、リョウター様がここの見まわりをするようなので、イレナと一緒に付いて廻ったんだが、ここって結構広いんだよ」

「エェ。シモナの言う通り、整備された道を1時間位でしたので、おそらく外周なら10キロはあるかと」

「鍛錬中で行けなかったが、私も午後に一度見て回ろうかな」

「でも、なんか変な感じがするんですよ。時間の感覚が、クラドノに居る時より間延びしてる気がして」

「ですよねー、気のせいとも思えないんです」

「私もそう感じています」

「フムー。なぜだろう」

「魔素のせい?」

「分かりませんが、私達の世界ではありませんから」


「それはともかく、場内にもあちこちに有るんです、時計台。管理事務所にも小さな時計が置いてあるし。時計なんてかなり高価な品のはずですよね」

「変と言えば、建物も色が塗られていて、水道? があって、眩しいぐらいに灯りが有るし」

「美味しい食事。それもあっという間に出来上がる料理」

「部屋のカマドも変でしたね」

「捻るだけで火が点くし、火力の調整も出来るんですよ」

「そうだな」

「昨夜は、お湯を沸かすのに電気ポットと言うのを使いましたよ」

「聞いてみたら、コテージとロッジには全部ついていると言っているような感じでした。言葉が分からないんで、確かとは言えないんですけど」


「おい、あれ。みんな外を見てみろ!」

「子供?」

「こんな森の奥にか?」

「なんか、人でないような感じです」

「ウン、ウン。私もそう思います」

「魔法職と神官職の2人が同じように感じるのか」

「魔人?」

「そうは見えん」

「あれー! ひょっとしたら妖精じゃないですか?」

「そんな感じです。王都の授業で聞いた事が有ります」

「ですね。可愛いですね」

「赤い頭巾をしている。ケープかな」

「やっぱ、妖精ですね」

「「「妖精だ!」」」


「頭巾が付いたマントみたいだが、なんで妖精がここに来るんだ?」

「ひょっとして、リョウター様を探しているんですかね」

「深淵の大森林に住むと言う妖精だ。賢者リョウター様に会いに来たのかな」

「そうかもしれんな。良し、話の途中だがリョウター様の所まで連れて行ってやろう」


※ ※ ※ ※ ※


 事務所の扉がノックされた。冒険者達がドアの前に立っているのがガラス越しに見える。


「リョウター様、妖精さんが来てますよ。お知り合いなんですかー」

「あぁ、有難うございます。シモナさん」

(……、…………。シモナ……)


 と言っても彼女には伝わらないか。取り敢えず、頭を下げておこう。俺っちは礼節を知る紳士だからな。どうやら俺っちの居場所が分から無くて、妖精のアネットに案内を請われた様だな。


「こんにちは、アネットさん」

(……、アネット…)


「ハーイ、こんにちは。リョーター、冒険者に何故だか様が付いてリョーター様と呼ばれているのだが、どうしたのかな?」

「話せば長くなる」

(……………)


「じゃマァ、良いか。こっち来て座って。今日はいい物持って来たんだよー」

「話を聞かんのかい。で、座れば良いのかな」

(………………。…、…………)


「お口開けて。飲み込んじゃだめだよ」

「エ! なんで?」

(…! ……?)


「いいから、いいから」

「こうか?」

(…………?)


「そう。アーンして、ポイ」

「ゲホゲホ」

「それ、すぐに飲み込まないで、お口の中でクチュクチュと溶けるまで転がして。苦くないし、毒じゃないから……」

「オー、急に何を入れるんだ!」

(…、……………!)


「エーと呪文、呪文。ブツブツ…………、ブツブツ……………………」


「このぐらいで良いかな? 喉の調子どうですか? アーアー、……話せますか?」

「う……ん、何かつかえていたものが無くなって……、ゲ! 急にしゃべれるようになった。のかな?」

「良かったー。話せるようになって」

「不思議だ。しゃべっているのか。これって日本語じゃないのかー」

「ウンウン」

「ホントかよ。オー。これは凄いなー、アネットさん」

「エッヘン。喋れるようになったんだね」

「凄い凄い、言語チートじゃないか」

「尊敬しろよ」

「ハイハイ。で、俺っちは何語を喋っているんですかね?」

「決まってるじゃない。リョーターと私はフプラハ語よ」

「フプラハ語って、ここの人々の言葉ですか?」

「イヤ、彼女たちはクラドノ東方語よ。ここクラドノ王国の言葉に決まっているじゃない」

「ホーそうなんだ。じゃ、俺っちは2つの言葉が使えるようになったんだ」

「その通りだよ」

「ウーン。冒険者の皆さんが話している言葉はさっき言ったようにクラドノ東方語。アネットさんと話しているのはフプラハ語なんだ」


「凄いでしょ。意思疎通が出来る言語マジックアイテムなんだから」

「で、俺っちは皆と不自由なく会話が出来ると?」

「そうよ、2つだけじゃないわ。この世界の主だった言葉が全部。だから300言語ぐらいかな? 気にした事無いから。でも、動物とはダメだし、相手の知能が低いのも無理ね」

「良し良し、チート確定だぞ! 一瞬で300もか。そんなにも沢山。ホント、頭が痛くなるような凄い情報量だな」

「大丈夫、今、しゃべれる分を足したけど、聞こえる方の300言語は前にインストール済みだから。そうね、あと5日のガマンだわ」

「ヒェー、待てよ。するっていうと、この間から頭痛がすると思ったら。お前のせいなのかー」


 アネット曰く。俺っちが、妖精や冒険者達の声は分かるけど言葉が話せないのは、最初に豆の置いた所が耳だった為らしい。口にしとけば、しゃべっていうのは分かるが、妖精や冒険者達の話す質問が分から無い。それで、大急ぎで話す用の豆を持って来て、俺っちに食わせたというか吸収させた訳らしい。なるほど、理屈は分かる。妖精と言うのも意外と頭が良いんだな。


 この豆、なんでも2個で1組を使う事で、聞いたり喋ったり出来るとというマジックアイテムだそうだ。言語データベースだけでなく会話も可能になるなんて。魔法のある世界と言うのはすごい!

 おまけに、このマジックアイテムが次に作れるのは「何とかの実」がなるという30年後であるとアネットが言っている。凄い貴重な品なのかもしれん。


「いきなり頭の中に300言語以上も入ったのか」

「そうね」

「俺っちの脳みその容量大丈夫かなぁ。ハードディスクの上限を超えてデータ書き込まれたんだろうか? 俺っち、生きていけるかなー?」

「たぶん大丈夫」

「オイ! アネットー! そこは、絶対に大丈夫と言う処だろ」

「ちょっと、リョウター。アウアウ……揺さぶらないでえー!」

「仕方ない。今日はこの位にしておいてやる」

「フー、可愛い妖精になんて事をするの。プンプンだわ」


※ ※ ※ ※ ※


「ところでリョウター、人間が増えているのね。あの人達はだれ?」

「エ、あの人達? ウン、5人の女性だが冒険者らしいよ。青き深淵の森で、オークと言う魔獣達に襲われて逃げてきた処を保護? したと言う感じだよ。丁度良い機会だから紹介しようか」

「リョウターって、立ち直り早いね」


「リーダーをやってるシモナです。右から戦士のディアナ。神官のロザーリア。魔法使いのアリーヌ。そして。シーフのイレナ。の5人です。よろしく」

「アネットといいます。青き深淵の森の見習い妖精です。あと少しで妖精になります。よろしくです」


「オイオイ、大変だぞ」

「やっぱり、妖精なのか」

「凄い。見たのは初めてだ。町に帰ったら自慢できるな」

「さすが、妖精。魔力量がすごそうだ」

「見習い妖精だと言っていたが」

「そうか、どおりで足跡が小さい訳だ。おかしいと思っていたんだ」

「それは違うと思う」

「確か、学園の授業では妖精の見習い期間は300年ぐらいだったような」

「じゃ、あと少しで300才なのか」


「マジックアイテムが有って良かったですね。あの変なクネクネ踊りが、見えなくなるのはちょっと残念ですが」


 オイオイ、今言ったのは誰だ? そんな事なら、ジェスチャーはもう見せてやらん。と思ったが5人全員で頷かれるとは……。残念だが俺っちには、俳優の才能が少しだけ足りないらしいしな。そうとも、俺っちは現実を直視できるのだ。


 ジュースを、紙コップにつけてアネットの前に置く。一人だけと言う訳にもいかず全員分用意する事になるんだが。前回と違う味のお菓子も添えてね。しかし、冒険者達も妖精のアネットも元気そうだ。

 日本の食べ物や飲み物が、異世界人にとって有害ではないという事なのかな? 念の為に言っておくが、俺っちは生体実験を重ねて様子を見ている訳では無いよ。親睦の為なんだよ。ほんとだよ。


「飲み物ね。お菓子も有るのね。頂くわ。喉、乾いていたの。ありがとう」

「甘い! 何これ? 前のと違うクッキーなのね」


 遠慮しない食べ方だな。モグモグと口に放り込んでいる。これが可愛い妖精なのか。フム、妖精は彼女達に合わせてクラドノ東方語で普通に話しているらしい。マァ、見かけによらず博識であるな。


「ホント、見習いは大変なのよ。お師匠がうるさくてね」

「それは、魔法使いも一緒。課題の提出が遅いと怒られたりするんですよ」

「それは、シーフの訓練と一緒ね」

「それは、剣の修行にも言えるな」

「何処も同じという事ですね」

「お腹すいたー」


 前回と同じ会話だ。会話内容があまり変わらないという事か。皆、クッキー好きらしい。イヤ、絶対に好きだな。結果的にすっかり馴染んで、妖精がプラスされた女子会になってしまった。


「妖精が得意なのは転移なのよ。それこそ、どこにでも現れる事が出来るのが妖精だからね」

「ウンウン、分かるわ。得手不得手はあるわよねー」

「苦手な魔法を使うとねー。大風ならまだましな方よ。この間なんか、大きな雷を落として、次元の壁を破っちゃて慌てたわ。それも、久しぶりの極大魔法だったから、有る有るよー。後始末が、もー大変。散々だったわ」

「! !」

「そ、そうなの大変だったわね」

「でも、苦労話はもういいわ。明るく行きましょう」

「盛り上がるなら。恋バナでないとねー」

「「「ねー」」」


「ちょっと待てー! 今なんて言った?」

「お腹すいたー?」

「恋バナ?」

「イヤ、アネットだ。雷を落としたとか、何とか聞いた気がするが?」


「エーと……お菓子、美味しかった。じゃ、また来るわ」

「急にどうしたの?」

「ウンーチョッと……」

「アネット! ちょっと待て! 待たんか!」

「ア、ア、ゴメンねー。ォウ! 私、急用を思い出したわっと……」

「お前、次元の壁と言ったのか!!」


 アネットはこの青き深淵の森にいる、見習い妖精だ。見習いだから練習をする。実験だって訓練の一環なんだろう。それは良いのだが、どうやらアネットの下手な雷の極大魔法の実験で、次元の壁をぶち抜いてしまったようだ。こいつだったのかー!


「お前なにしたのか分かっているのか!」

「ウン、軽くは」

「軽くも重くも関係ない。次元の壁をぶち抜いたんだぞ!」

「私だって、一応考えたんだよ。確かに大昔は町だったようだけど、ここら辺は人っ子一人いない草原だし……」


「グゲグゲ。ゆ、揺らさないで……」

「このぐらい何ともないだろう」

「イヤイヤ、頭が……。皆が、み、見てる……」

「チェ」


 確かに、はたから見れば児童虐待に見えるかもしれんが、アネットはもうすぐ300才である。それに多少肩を揺すったとしても、青き深淵の森に住む妖精である。弱い訳では無いだろうに……。皆が見ており、体裁が悪いだろうとの適格な判断力だけでなく、演技力まで有るとは……。侮れぬ妖精である。


 次元の壁を問いただしていただけのつもりが、白状させるのに結構時間がかかってしまった。時計の針は12時を少し過ぎている。昼抜きで話していた事になる。

 ロザーリアだけは、お昼ご飯が出てこないと無いとはっきり主張していたようだが。……分かったよ、そんな泣きそうな顔しなくても。今日のお昼は、何となく和食、じゃなくて洋食と言う感じだな。


「料理を作ると言ってたけど、直ぐ出て来たしな」

「こんなに早く料理が出来るなんてなー」

「カマドで、お湯を沸かしただけみたいだけど、麺打ちしてませんよねー」

「これ、いい味だな」

「美味いです」

「スパゲティー? これパスタですよね」

「リョウター様達の国では、スパゲティーと言うのでしょう」

「名前はどちらでも良い。どちらにせよ美味い事に変わりない」

「一流のシェフの味付けだ」

「ほんに。ウ!」

「水をのめ、変な言葉になってるぞ。ちゃんと飲み込んでから話せよ」


 ミートソース大盛り、普通に売っているレトルトパックのミートソースをかけただけのスパゲティーである。大盛りなので1.5人前と書いて有る。前回からの希望も有ったので、麺も増量して大山盛と言おうか皿からあふれるぐらいの特盛である。それを、あろう事かアっと言う間に食べ終えたようだ。


 アネットには、俺っちの分の0.2人分をやった。1.5人分の0.2である。誤差に近い。アネット。あのな、ブツブツ言っても、冒険者達のスパゲティーの量を見てみろ。お前の頭より大きいんだぞ。いくら何でも、そんなに食えんだろ! 彼女達だってお腹一杯のはずだ。


「まだまだいけるー。お替り無いのー」

「誰? 今言った奴」

「「「「「ハーイ」」」」」

「良かろう。その、挑戦受けてたとう。ただし、タバスコましましにするがな」


 なんて奴らだ。タバスコましましを突破して完食するとは。実に恐ろしきは冒険者達の味覚と胃袋である。だが、アネットだけはお腹を押さえており食い過ぎ感がハンパないので良しとしよう。

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