第2話 妖精が居たー!

 ※ ※ ※ ※ ※


 相も変わらず、幅400メートル程の草原が広がり、その先にはうっそうとした巨木の森が広がっている。認めてしまうと気が楽になるかと思ったがそんな事は無い。足元を見ながら独り言が出た。


「ウン、森だな」


 事務所に置いてあった双眼鏡を持ち出して見直してみる。観察は必要だと思う。1キロほど先に、うっすらと白い塔のような建物がおぼろげに見えている。実際の話、遠すぎてよく分からないのだが、白い塔が見えるという事はそれなりの文明が有るという事かも知れない。


 俺っちが男の子だからと言って様子を見に行く訳が無い。それを確かめる為に、俺っちが巨木の森に探検に出るって、それは普通に無い。俺っちは普通に一般人である。何があるか分から無いじゃないか。危険そうだし好奇心は猫を殺すともいうし、第一に物語のオープニングでもあるまいに……。


 聞いた話ではあるが、欧州の国々では未だに暗い森とは危険な森とされているはずだ。寓話に出て来る赤ずきんちゃんが、その良い例である。森をうろつく様な事は危険と隣り合わせであるのだ。なにしろ遠く異国の日本まで伝承されているのだ。一般人には。とても危険なイノシシやクマ。オオカミのような獣だっているかも知れんしな。


 何しろ突然出現した森である。恐らくはあらゆる物理現象が不具合を起こし、常識で行動する一般人にとって大変危険な場所と化しているに違いない。ここが電波の入る場所なら、SNSになんか書き込んで世に隠れ住む賢者達に尋ねる事が出来るかも知れないが……。如何せん、電波が届いていないのである。


 野生動物ならまだしも(イヤ、イノシシや熊なんかは本当に怖いと思うが)、どう考えても異界の草原に森である。お話に出て来る一角ウサギやゴブリンがうろついているかも知れない。絶対にやられる自信がある。


 でもまぁ、砂漠や海で無かっただけましかもしれん。だって、砂漠には某ゲームで出て来るような巨大サソリやワームがいるかもしれんし、海にはテンタクルスにクラーケン、はてはリバイアサンがいるかもしれんからな。そうは言っても森というのも中々侮れないかも知れんが……。


 ※ ※ ※ ※ ※


 結果から言うと、西の入口前で、持って来た折り畳みイスに座って双眼鏡で時々、森の方を見ていたと言う訳だ。幸い、天気は良く、風は穏やかである。そして、未知の土地で行動する事の愚を知っている俺っちは、長い観察待機時間の緊張の為に、何時の間にかうたた寝をしていたという事だ。


 俺っちは寝ているな。だが自分が寝ているというのは、不思議と分かるもんだなー。ウン、自分が夢を見ていると、分かるという感覚に似ているのかも知れん。マァ、夕べは雨や雷の音で寝付けなかったし、睡眠不足だからな。無理もない。


「もしもし、もしもし、分かりますか? もー。あんた。起きて! 起きてよ!」

「ウーン。エー、何?」

「起きて! 起きて! こいつ、起きないなあー」

「ウン、ウン。ファー、母さんあと五分だけ寝かして。……って! あんた誰?」

「オッ、やっと起きたか?」


 俺っちは、寝ぼけているんだな……。ウーン、脇腹がチクチクするじゃないか。突かないでくれよ。頭痛もするし。目がおかしくなったのかな? だって、120センチ弱ぐらいの可愛い女児か? 光る小枝を持って目の前に立っているんだ。


 アーレー、コロボックル? そうか、分かった。外人かと思われるコロボックルが森からやって来たのか。コロボックルは日本のお話だったのにこっちは西欧系の顔だ。

 小さい頃はお人形さんみたいで、本当に可愛く見えると言うのは本当だな。しかし、コロボックルなのかなー? 森だもんな。……ワー! 俺っちは何を考えているんだろう。


コロボックル? 「私の言葉分かる?」

俺っち 「ハイ、分かります。けど、だれ?」(…、……。…、…?)


コロボックル? 「何言ってるか、分かんないわよ。ちゃんと、話して」

俺っち 「イヤ、しゃべっているって。あんた、だれ?」(…、………。…、…?)


コロボックル? 「この、豆で良いはずなんだけど? 聞こえては、いるのよね?」

俺っち 「ハイ、聞こえてます。あんた、だれ?」(…、………。…、…?)


コロボックル? 「モー、聞きたいのはこっちよ。何で、青き深淵の森に人間が居るのよ?」

俺っち 「何の事? 分からん?」(……? ……?)


 あぁ、こいつはコロボックルでは無く妖精らしい。何故わかったかというと、自己紹介してくれたから。なお、妖精だとは言ったがプワプワと飛んではいない。まだ、若い上に見習い妖精なので飛べないと言われた。話によると妖精は生まれてから、300年経たないと羽が生えないそうだ。


 フムゥ、どうやら俺っちは、妖精の声は聞こえて「分かる」けど、コロボックル型の妖精の言葉は話せないらしい。イヤ、妖精が聞き取れないのかな? 言葉になっていないのか? 妖精は口をパクパク動かしているので、俺っちが何か話しているのは分かっているようだ。俺っちは、妖精の言葉を聞く事は出来るし、言っている意味も分かるんだが。


 こいつもあと6カ月で300才らしいが、やっと羽が生えて見習いの文字が取れると嬉しそうに言っていた。へー。それにしても300才まで、後6カ月なのか。フーン見かけによらず年寄りという事かな? ばぁちゃんでも若いのか。よう分からんけど、妖精ならそれも有りなのかな?


「今、何か失礼な事思わなかった?」


 意外と鋭い。やはり、子供のように見えても女はオンナである。イヤ、よく知らんが俺っちの想像していた妖精の姿よりかなり大きいんだ。俺っちは妖精と言えばピーターパンに出て来るティンカーベルみたいな羽の生えた小さな蝶もどきを思い出すんだが……。こいつの身長は120センチぐらいだから小学校1年生? なのである。……300才近くだそうだけど。


 ウン、話を進めよう。ここら辺が大人の判断力である。で、妖精の登場である。可愛いコロボックル? もとい、可愛い見習い妖精の登場である。この妖精、自己紹介によるとアネット何某と言うそうだ。


 もちろん、俺っちも自己紹介で森良太と名乗る。名前に苗字が有るので貴族か、身分のある者かと問われると言う約束のような話が有って、やはり異世界だなと思っていたが、アネットの方が名が長かった。完全に負けている。


 聞いたところ、アネット・セルジュ・マルセル・ドラン・エティエンヌ・ガストン・チオーと言うらしい。やたらと長いし、カタカナ表記だからね。だいたいだよ。で、面倒だから以下アネットに統一する事にした。


 彼女がここにいる理由はと言うと、青き深淵の森で突然おかしな建物を発見して近づいてみる事にしたと言う。一見、至極、真っ当な理由であるように思えるがこれはもちろん甘い罠である。妖精の言う事だし、物事は慎重に進めなければならない。


 あの森は青き深淵の森と言うのか。名は体を表すと言うらしいが、富士山の樹海を連想してしまう。探索に行っていたら確実に迷子だな。本当に行かなくて良かった。慎重な判断をした俺っちを褒めてやりたい。


 そこでイスで寝ていた観察待機中の俺っちを発見したとの事だ。で、ちょっかいを掛けたという訳である。アネットの話では、500年ぐらい前にはリザードマン達の都市が有ったそうである。白い塔もその名残りらしい。今では森の中にある人一人いない廃墟であるそうだ。


 青き深淵の森は普通の人間族程度の力では、生存が許されないほど危険極まりない森だそうである。そりゃあ不思議だろうな。そこで椅子に座っていた俺っちに声を掛けたという事である。たしかに分からない事が有ったら、人様に聞いてみるのが早道かも知れない。それに、こんな可愛い妖精であったら、親身になって答えたくなるしな。


 この妖精見習いのアネットは、童話に出て来るような赤ずきんちゃんタイプの服を着ている。欧州の国々で 語り継がれてきた、赤いずきん?  赤いケープ? の少女の話は知っているけど ……? 少し違うのは肩からたすき掛けにして、ポシェットの様な小さなカバンを2個掛けているのだ。


 そして一番気になるところは、お腹のあたりに、30センチぐらいのフェンシングの剣? を腰から下げているのだ。赤ずきんちゃん、剣なんて下げて無かったよな。あれは小枝だと思ったんだが、剣だったのか? ア! 上着に小さな穴が開いているじゃないか! 何て事しやがる。

 

「豆を置いたところが、拙かったのかな? 口にしとけば良かったのかなー」


 アネットによるとこの豆粒。持っていたのは1個だが、これはマジックアイテム? らしい。小豆位の大きさだそうだ。これを相手の耳の近くに置き、呪文を唱えるとスーと頭の中に溶けていって、たいていの言葉が分かるようになるらしい。イヤ、アネットの言葉が分かったんだから、これはホンマモンだよな。


「エ! チョッと待て! 頭の中って……。大丈夫なのか?」


 コクンと頷いたアネットだが、因みに、ここまで聞きだすのに2時間は掛かった。異国の言葉であるし、アネットは要領の得ない事ばかり言うし、喉は乾くは、腹も減るはで、体力削りまくりとなったので場所を変えて休憩タイムを取る事にした。


「ウン、ついて行けば良いのね?」


 俺っちはうなずいて、事務所の方を指さす。もうコツは、分かった。みんな、ジェスチャーだ。俺っちには、俳優の才能が有るに違いないな。イヤ、基本は言葉だが気は心と言うか、基本的な動作は異世界でも通じると思うんだ。


 事務所までは、いくらもかからずに到着。喉が乾いているので、冷蔵庫から買い置きしてある天然果汁10%のジュース風飲料をコップにつけて前に置く。一人だけ口にするのも何なので、二人分用意した。お菓子も添えてね。俺っちは、気遣いできる男なのだ。


「これ飲み物よね? 頂くわ。喉、乾いていたの。ありがと」


 ありがとうと感謝の言葉を出せるとは常識は有るのかも知れない。返事代わりにうなずいてみたが、直ぐに意見を変更。疑いもせずにゴックンとするとは……。いくら、俺っちがまともに見えてもアネットにとっては、ここは異世界のはず。毒だったらどうするんだ。少しは、ためらったり疑ったりしろよと思う。


「甘い! エー何これ? 花の蜜より甘いじゃない。ワー、お口の中が甘い匂で一杯。疲れが取れた気がするわ。私、ここに来た時には少し疲れた気がしたのよー。ア、これはお菓子なのね。返事はいいわ。どうせ分からないもの」


 食物成分分析表によると、アネットは砂糖分マシマシの飲料を飲んで感激している。そして遠慮しない食べ方で、パクパク、モグモグと、これも糖分たっぷりのクッキーを口に放り込んでいる。よっぽど、気に入ったんだろう。結局、アネットの話は紙に書いたりジェスチャーしたりで、何となく分かったんだが突然帰ると言い出したんだ。


「美味しかった。じゃ、帰るわね」

「イヤ、まだ話の初めと言うか、これからじゃないのか?」

「また来るから」


 エ、! また来るらしいけど。アレー? 目の前に居たはずなのに、急に居なくなった。おかしいなー。これ、絶対に夢じゃないよな。クッキーだって減っているし、空になったコップもある。現実だよな? だとしたら働き過ぎ? イヤ、多少の寝不足感はあるが働き過ぎでは絶対ない。


 事務所の電話で、役場にこの事を報告しようと思ったが止めといた。冷静に考えたら、巨木の森と妖精を見たから報告します。なんて言えないよなー。だって、普通におかしく思われるよ。うっそうとした森はともかく、妖精が見えるようになりました。なんて言うのはやっぱり拙いよな。イヤイヤ、ともかくじゃなくて、森もやっぱりおかしいし……。

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