地底の要塞

 ジャンヌに通されたその部屋は、おびただしい量の紙や、何か地図のようなものが貼り付けられた机が一つと、椅子が何個かあるだけの簡素なものだった。促されるままにジーナとマルティスが椅子に座ると、ようやく座ったジャンヌが重い口を開いた。


「さて、ジーナもそろそろ私達が何者か知りたいだろうから……話してやろう。まず、ここは地下要塞……バンカーと呼んでいる。地下奥深くに築かれた施設でな、一つの街くらいの大きさはある」

「街……!? 一体なんのためニ?」

「そう……まさにこの状況に対処するためだ」


 説明すると行っておきながらまるで説明をするつもりの無さそうな口調に苛立ちを覚えたのか、かかとで何度も地面を叩いているジーナを見かね、マルティスが立ち上がった。


「俺から説明しよう。ここバンカーは、俺たち魔王の継承者である『銀の眼』を持つものだけに存在を口伝されてきた。ここは……国に大いなる脅威が迫った時の為の避難所であり、体制と反撃の準備を整える場所でもある」

「大いなる脅威……そうだッ! パンデモニウムは……! パンデモニウムは今どうなっテ……」


 スッ


 そう言いかけたジーナの目の前に、びっしりと文字が書かれた紙が差し出された。恐る恐る手にとって、そこに大きく書かれた文字を震える声で読み上げた。


「か……く……めい……」

「そう……これは魔界帝国の丞相が仕組んだものだ」

「わたし見たんダ! 戦ってるのガ!」


 ジーナはこめかみから冷や汗をたらしながら立ち上がった。魔王城から逃げる直前、あの二人が戦っている姿が今更になって脳裏に浮かんできたようだ。その後に起きた事の顛末を知ることに恐怖を覚えているようで、その眼からは複雑な感情が見て取れる。


「魔王は死んだ。……だから国が乗っ取られた」

「……」


 ジャンヌの淡々と紡いだ言葉で、その場が明らかに冷たくなった。ジーナが横目でマルティスのほうを見てみれば、顔を下に向けたまま、両手をプルプルと震わせている。


「でも……一体何のためニ?」

「ジーナァ……わかってないな……権勢を得てから何かやりたいことをやるんじゃない。権力を得ることそのものが目的なんだ」


 そう告げるマルティスは精一杯平静を装って入るが、声の節々に煮えたぎるような怒りが感じ取れた。


「……でも、丞相っテ確かこの国で二番目に偉いんだロ?」

「そうだ。しかも奴は病気だった父上、つまり魔王に替わってまつりごとを行っていた」

「それっテ、逆に言えば……魔王様を「殺さないと」できないことがあったんじゃ……」


「現在進行系でその「動機」を優秀な諜報員が探ってくれている。今のところの情報によれば……この世界をまるごとひっくり返すような事を目論んでいることは確かだ」


 それは……そうマルティスが言いかけたところで、ジャンヌが二人の間に割って入った。世界をまるごとひっくり返すような事とはなんぞや? という問いは不思議と誰の口からも出てこなかった。


「なんにせよ、父上の敵を討たないままではいられない。それに……俺は王族だ。動かなければ」

「わたしも! 家族が危ないから助けたい! それに……ウィレムをあんなにした奴らを……! タマシイの底から後悔させてやル……!」


 故郷を追われ、これまで健在だった国が滅び、訳のわからぬ奴に乗っ取られたという絶望的状況を前にしてもなお、二人の眼に宿った熱気は衰えず、なお強く燃え上がっている。

 その様子に少しばかり安心した様子を見せたジャンヌは、ふんぞり返っていた椅子から立ち上がるなりこう言った。

 その意気だ、だが何の準備も情報もないまま敵陣に突っ込んでは死ぬだけだ、と。


「それに……情報によればジーナにもマルティス王子にも高額の賞金がかけられている上、敵も全力で探し出そうと躍起になっている」

「そうだ! わたし! 賞金稼ぎニ襲われタ! ギリギリで倒したけど……めちゃくちゃ強かった!」

「……とにかく今日の報告会はここまでだ。なにせ今日はもう遅い。ジーナも王子も、今は体が弱った状態だ。部屋に案内するから付いてくるように」


 強引に会話を切り上げられたジーナは不満げに息を吐き出したが、それに対して何か反論したりはしなかった。マルティスも同じ思いをしているようで、言葉に出さずとも合意したかのように頷くと、立ち上がったジャンヌに合わせて二人も立ち上がったのだった。



「ぐうっ……なんだったんだあの小娘は!」


 完全にしてやられた。脳味噌がグチャグチャに潰されるような一撃だった。まさかワシとしたことが後ろを取られるとは。みすみす百万オーラムのかかった首を取り逃すことになるとは一生の不覚だ。

 

 ダイゴロウは激しく頭を打たれ、いまだ目眩と吐き気が止まないまま、剣を杖代わりによろよろと道を歩いていた。だが、もはやどうにもならないことだと諦めかけていた時……


「……む?」


 ダイゴロウが拾った金色の何かは羅針盤のようなものだった。


「これは……壊れておるな」


 手に取った道具をいろいろなところに向けてみても、中で針がカラカラと虚しい音を立てるだけで、何の役にも立ちそうにない。苛立ったダイゴロウは、放り投げたガラクタを真っ二つにすると、何か賞金首の手がかりは無いかと周囲を見回しても何も見当たらない。というか真っ暗闇で何も見えない。


「……少しばかり休むか」


 ダイゴロウが側の木に大きな洞穴があったのを見つけると、震える足でその中に入り込んだ。

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