カレキの森:決着

「……遅いっ!」

「ですね。もうずいぶん遅い時間なのに、帰ってくる気配がありません」


 ジャンヌが真っ赤に腫れた額に氷の入った袋を当てながら、怪我の原因に恨みの籠もった目線を向けるが、とうのカシミヤはまるで気にもとめていない。右手と左手、さらには尻尾を器用に使って三人分の診療録を丁寧に書き上げながら、むしろ余計な仕事を増やさせた原因が喚き散らすのに顔をしかめてすらいる。


「何か面倒事に巻き込まれたのかもしれませんね。あなたの作った鎌を渡しておいたので多少の魔物なら一捻りではありましょうが……ジャンヌさん、そろそろ迎えに行ってやってください」

「まっ……そうなるよな」


 ジャンヌは机に置かれていた『双子の導き』を拾い上げた。ジーナにも渡されていた道具の片割れだ。


「これ、本当に便利な道具だよな」

「ですね、特にこれを渡した人を探すときにはもってこいで」


 かくしていつまでも帰ってこないジーナを迎えに、女は走る。灯された炎は分厚い闇の帳で覆い尽くされた周囲をわずかに照らすばかりだった。



「さぁ 死ね」


 その頃、ジーナと謎の賞金稼ぎ、ダイゴロウとの戦いは佳境を迎えていた。両手に握られた剣が振り下ろされる。

力を使い果たしたのか、体勢を崩したまま敵を睨み続けるジーナの脳天をその刃が叩き割るギリギリの瞬間だった。 


「はぁッ!」


 突如目を見開いたジーナが地面に向けた左手が光り輝き、爆風とともに地面の小石が砕け、砂煙が巻き起こった。予想だにしない反撃に対応が遅れたのか、攻撃を剣を手放すという最悪の形で中断したのをジーナは見逃さない。


「おのれぇ! こんな力が残っておったのか!! ……くそっ……視界が……ッ!」


 死力を振り絞り、辺り一帯を埋め尽くした煙幕の中にジーナは紛れ込む。ジーナの予想した通り、相手は砂煙のせいで視界が封じられている。……いずれ煙は晴れ、晴れれば必ず殺される。だから今ここで倒すしか無い! そう気を張ったジーナは、狼狽しているダイゴロウの背中側に回り込み、拳を一層強く握り直す。


「ダアアアアアアアアアア!!!!!!」

「ぐあっ!」


 後頭部を狙った強烈な打撃が決まり、ダイゴロウは大きく前のめりに地に倒れ込む寸前で、ジーナは敵の腕をひねり上げた。足を力の限り踏みつけて動きを封じ、両腕は既に縛られている。有利だった戦局が鋭い起点で一気にひっくり返った瞬間だった。


「ぐっ……」

「はぁ……はぁ……! 簡単に……殺されないからナ……!!」


 しかしジーナの体力はとっくに限界を超えていた。もはや気力だけで意識を保っている状態だ。一方賞金稼ぎも先程の頭を狙った攻撃の影響で振りほどこうにも振りほどくことができないようでただ悔しさから歯をきしませるばかりだ。


「おまえ……よくも切り刻んだナ……せめて両腕ボキボキにしてやる……ゾ……」

「くっ……ここまでか……」


 しかし、ジーナが敵の腕をへし折ることは無かった。過酷な死闘の末、魔力も体力も使い果たしてしまったジーナは、力なく仰向けに倒れ込んだ。


「……?」


 両腕を折られると思っていたダイゴロウは、今眼前で起こったことに困惑するばかりだった。一生遊んで暮らせるだけの賞金がその首にかかっている少女が、自分を打ち倒す寸前で力尽きたのだから当然である。

 

 「ま……まぁよい。さっさとこいつをパンデモニウムに連れ帰るか」


 側に転がっていた剣を鞘に収め、ジーナの身柄を確保しようとした矢先……何者かがこちらに走ってくる音が聞こえるのを聞き逃さなかった。


「まずい……仲間かの」


 敵の仲間にしろ同業者にしろ、ボロボロの状態で新しい敵と剣を交えれば本格的に命の危険があると悟ったのか、ダイゴロウは残った力を使って眼の前の高い木の上に飛び乗り、その顛末を見届けようと座り込んだ。


「ジーナ! 大丈夫か!?」

「あ……ジャンヌさん……」


 駆け寄ってきた助けに、身体中の傷に血をにじませたジーナはほっと安堵の声を漏らす。もはや意識を保っているのも難しいようで、今にも気を失いそうになっている。


「いぎっ……!」

「暴れるな……応急処置だ。お前ならすぐに治るだろうよ」


 周囲に漂うのは血の匂い。どれだけ凄まじい争いだったのかが容易に伺い知れる。処置の痛みで暴れそうになるジーナを押さえつけながら、とんだリハビリになったものだと同情の目をジャンヌは向けていた。


「……よし、素材もちゃんと揃えているな。帰るぞ」

「ま……まっテ…!」


 ジャンヌは薬草の入ったカゴも抱え、その場を立ち去ろうとした矢先、ジーナが突然暴れ出し、肩の上から飛び降り、海辺にその身をひきずって行こうとしたのを、ジャンヌは慌てて持ち上げて止める。


「おいおいおい! どうした?」

「か……感じる……! あいつガ……!!」

「何を言ってるんだお前は……わかったよ、連れてってやる」


 ジャンヌは怪訝な顔をしながらも、地面を這いずる怪我人を抱えあげて海辺に歩く。既に空も海の向こうも暗闇に包まれていて、その境目はもはや分からない。


波打ち際をふと見下すと、ジャンヌは驚愕から目を見開いた。腹部にひどい怪我を負っている少年が意識のないまま波打ち際に打ち上げられていたのだ。


「子供!? しかも酷い怪我だ!」

「あァ……ウィレム……!」

「……考えてる時間はないな」


 ジャンヌは片手に持っていた薬草のカゴを放り捨てると、空いた手で少年を抱きかかえ、一瞬目を閉じて何かを唱えると、口から炎を吹き出し、まるで弾丸のごとく飛び出した。爆音の後に残されたのは、長い時間目に残る光芒と、周囲の枯れ木に焼き付けられた炎の跡だけだった。

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