カレキの森:死闘

「よくもやりおったな……両目が灼けるようだ……ッ」


 ダイなんとかと名乗った奴は、さっきよりもずっと強い殺意を纏って目の前に現れた。確実に両目を潰したはずなのに、よく動けたものだ。


「おかしいナ……おまえ、目が他にあるのカ? それとも……」


 辺りを照らす光源は無い。夜目の効く私でさえ周囲はよく見えない。まさか、気配が読めるのか? 目が他にあるなんて抜かしてみたが、そんなことはありえない。……とにかく、この暗闇の中こちらの位置を把握する能力が奴には備わっている。逃げることは無理か。


「どこへ逃げようと無駄だ。ワシのこの目が貴様を逃しはしない」

「……!?」


 その時、自分の目を疑った。木の上に見えた人影に目を凝らしてみると、普通のヒトの目がある部分の少し上……眉毛辺りだろうか、そこに不気味な光を伴って刺すような目線を浴びせてくるものがあった。


「驚いたか? これがワシの能力だ。……この「眼」を見て生きて帰った者はおらん。そして貴様もその一人だ」



 瞬間、瞬き一つする間もなくジーナの懐に飛び込み、振るわれた二つの凶刃が首に向かって飛ぶ。ジーナは大きくのけぞって刃をかわし、その弾みで敵を蹴り上げようと足を振り上げるが、それも飛び退かれて回避される。


「ふん……やはり弱いな。蹴りの力は見事だったがな」

「言ってロ! おまえなんかボコボコにしてやるからナ!」


 両者の間に距離が生まれ、挑発に鋭く啖呵を切って返したジーナから目を少しもそらすこと無くダイゴロウは剣を構え直す。獣のようにじりじりと互いに距離を縮めながら、どちらかが仕掛けるのを虎視眈々と狙っている状況だ。


 ……敵の左手に握られた短剣は逆手持ちだ。不用意に突っ込んで右手の長い剣をいなせたとしても、もう片方の短剣でグサリだ。手数が違いすぎるから大鎌では対処が難しい。……なら、遠距離から叩くしかない。消耗が不安だが四の五の言ってられない。

 

 腹を決めたように目つきを鋭くしたジーナが何かを唱え、念じて力を込める。すると大鎌が淡い光をまとい、やがて激しい光の奔流となった。


「なんだ? 光の魔法かの」


 その異様な様子にダイゴロウはいつでも回避できるように警戒を強めながら、今までの記憶を辿りながら相対する敵の技を分析しようと試みるが、そんな術はダイゴロウの記憶には無い。


「くらえェ!!」


 一喝と共に振るわれた大鎌から、光の刃が飛び出した。刃を起点にムチのように刃が広がり、周囲の木々を切り倒しながらダイゴロウに襲いかかる。


「むっ!?」


 加速と減速、拡大と縮小を不規則に繰り返す刃の動きに惑わされたのか回避が遅れ、鋭い閃光がのけぞったダイゴロウの髪先をかすめる。放たれた光は時間と共に弱まり、ついには消え去ってしまった。


「……なるほど奇妙な技を使う。あの光に触れると、ああなるのか」


 ダイゴロウは切り倒された木の断面と、鋭利な刃で切ったような切断面を見せる自分の前髪を交互に見つめながらそうこぼした。


「はあっ……はあっ……! どうダ! これでビビったならさっさと……帰レ!」

「……やはり、今の術、相当消耗するらしいのぉ。……牽制にしてはやりすぎだ。こういう時に大技は使わぬ……」


 言い終えるが早いか遅いか、ダイゴロウは雷のような踏み込みを見せ、鎌を杖代わりにしながら激しく息を切らしているジーナに再び強襲をかける。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!」

「あああああああああああああああ!!!」


キィン!キィンキン!!キキン!キィィン!!  


 空を切り、まるでかまいたちのように襲いかかる二本の刃をジーナは死にものぐるいでいなし、打ち合い激しく飛び散った火花が真っ暗なカレキの森を照らし、耳を鋭く突くような金属音が響き渡る。

互角にやりあっているように傍目では見えるが、やはりジーナの疲労は隠せない。いなしきれなかった斬撃が少しずつ肉を削る度、ジーナはその顔に苦痛の表情を歪め、痛みで防御が鈍り、受けきれなかった斬撃で更に傷を負い……ジーナは確実に追い詰められていた。


キィン!!


「……っ!」


 特別力強く振るわれた一撃がジーナの手首を捉えた。ギリギリ狙いがそれて鎌の柄に命中したが、その衝撃は凄まじく、吹き飛んだジーナの得物は重々しい音を立てて小石だらけの地面に滑り込んだ。


「くそっ! ……ッ!?」

「まさか武器を取りに行かせてやるわけがなかろう?」


 武器を拾い上げようと体をそちらへ向けたジーナの視界を冷たい輝きが埋め尽くした。あれだけ激しく打ち合ったというのに、ダイゴロウの剣には刃こぼれも傷も一つも見えない。


「ふん……ここまで戦えるとは正直思ってはおらなんだ。認めてやろう……貴様は弱くは無い。だが足さばきがなっておらんな。……その力と動体視力を活かしきれておらん」

「おまえ……なんでその強さを……こんなことに……使うんダ……」


 全身に刃傷を負って血を出しすぎたのか、ふらふらと崩れ落ちたジーナは能面のように無表情を貼り付けたダイゴロウの顔をにらみつける。


「こんなことだと? 貴様はまるで……なぜこの強さを善きことに使わないのか不思議そうだな」


 ダイゴロウの額に開眼した目から先程までの勝利に勝ち誇った色が消え去り、途端に虚ろな、感情の感じられない目でジーナを見下ろしたまま、その言葉を続ける。


「……力に善も悪も無い。そして力を振るうのに大義も何も必要ない。ただ思いのままに弱者を蹂躙すれば良い。……力がなければ逆に蹂躙されるだけだ。……今の貴様や、かつてのワシのようにな」

「……もしかしたラ、わたしを見逃すと良いことがあるかもしれないゾ……?」

「百万オーラムに勝るものは無い」


 苦し紛れにそんな言葉を言ってみるが、当然効果は無い。長い方の剣を両手に構え、高く掲げたのを止めることは出来ない。


「……苦しまないように一発で終わらせてやる。……何か言い残すことは?」

「そうだナ……わたしの死に様をしっかりと見届けてほしいナ……」

「安心せい。ワシは人を斬る時、決して目をそらしはせん。……ではさらばだ」


  ダイゴロウが深く息を吸い直すと、息を吐いたはずみで一気に剣を脳天めがけて振り下ろした。

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