カレキの森:邂逅
カレキの森。
この国の中央から四方に大きく広がった巨大な森だ。森とは呼ばれているものの、これはただの森ではない。カレキという言葉は正しいようで正しい呼び名ではない。この森を構成する「幹と枝だけになったようにみえる物」は死んではいない。
「……よし、やっとこれで三本目」
ジーナが引き抜いた「カレキ」の根元に生えたその植物も、地中深くから吸い上げられた養分を頼りに、そのカレキに寄生しているものだった。
カシミヤが求めているのは魔界ニンニク四つと煉獄草四本。どちらもカレキの森でしか取れず、特に煉獄草は希少も希少、外に出た頃には月が天球の頂点にあったのに、探している間にかなり傾いてしまっている。
……ジーナは内心大いに焦っていた。しかし、この植物が現在進行系でマルティスを苦しめている呪詛を追い出せるからには、決して諦めて帰るなど出来はしない。
「急がないと」
ジーナはおろしていた腰を一気に持ち上げ立ち上がり、右手に持っているかごを注意深く覗き込む。今あるのはニンニクが四つ、そして煉獄草が三本だ。
ヒュウウウウウウウウウ……
「うぅ……寒い」
森全体を撫でるように冷たい突風が突然吹きさらし、ジーナの体を身震いさせた。この短期間でしゃがみ込んでは立ち上がり、あるいは節操なく襲いかかってくる魔物たちを蹴散らしてきたおかげで、なまっていた体も元通りになりつつあったが、それでも冷たい風はジーナをして疲労を一層強く感じさせる。
全身に染み込むような疲れと寒さを吹き飛ばすかのように大鎌を振るいながら森の通路を急ぎ足でジーナは歩く。
「グッ……グッ……」
「オラァ!」
物陰に潜み、少女の油断を突こうと虎視眈々と構えていた魔物に、ジーナは拾い上げた石を力の限り投げつけた。するとキャイン、という間の抜けた悲鳴を上げながら魔物は逃げ出した。
これまで遭遇した魔物の数は数え切れない。どうしてこんな危険な場所が交通の要衝となっているか、闇の世界の住人でなければ分かりもしないだろう。
答えは単純。この森の外、そしてこの森の奥地は、この森の魔物など小虫に見えるほどに凶暴で狡猾な魔物たちの巣窟だからだ。しかるに、医者であるカシミヤがジーナの機能回復も兼ねてカレキの森外縁部での素材収集を頼んだのは、まさしく理にかなっている理由からだった。
(……人っ子一人いない)
拓かれた道を進みながら、ジーナは小声でそうひとりごちた。このカレキの森は交通の要衝であるからして、人が多く行き交い、その旅人を相手取った商売人も多くうろついていたのはジーナの記憶に新しいことだったが、どういうわけかジーナ以外にいたのは、ただ魔物だけだった。
「……何が起きてるんだ? この国に……」
そんな不安を抱えたまま歩き続けていると、いつの間にか海の近くまで来ていたらしいことが、鼻をくすぐる潮の香と耳を撫でる波の押し寄せては引く音でわかった。ずいぶん遠くまで来てしまったものだ、と周囲を見回してみる。煉獄草の地獄のような刺激臭を微かに感じ取ると、ジーナはその方向へやおら走り出した。
果たしてその先に生えた木の根の奥深くにそれはあった。鎌を器用に使って根を切り取りながら、ようやく最後の煉獄草を掴み取った。……その瞬間
ボフッ
「ッ!?」
その煉獄草の膨らんだ部分が突然弾け、赤い煙を撒き散らした。その煙が目に入った瞬間、ジーナは声が出ないほどの激痛で頭から倒れ込み、なんとか立ち上がると海辺に向けて一目散に走り出した。
「ぎ……ぃぃ……目が……灼ける……!」
ジーナは煉獄草の花粉に侵された目を何とかするために波打ち際の海水に顔を突っ込んだ。傷ついた目に一層海水が激痛をもって染み込むが、花粉をどうにかして洗い流さなければどうしようもない、そう思っての行動だった。
しばらくして、ようやく痛みが引いたのか頭を持ち上げ、両手で顔についた海水を拭い取った。
「し……しにゅかとおもった」
ゆっくりと目を開け、海の向こうを見渡してみると、遠くにそびえ立つパンデモニウムの魔王城がはっきりと見えた。視力には何の支障も無かったらしい。
落ち着きを取り戻したのか、何も言わず落としてきた物を拾い上げてくると、ジーナはまた海辺に戻って何らかのガレキの上に腰掛けた。
さっきの煉獄草、先端の膨らみが何かの拍子で弾けると、さっきのような悲劇が訪れるというわけだ。カゴの中を見てみると、残り三本のうち、一本だけ先端が膨らんでいる。何か刺激を受けることがないように一番上に置き直した。
「あの日から何日経ったんだろう……」
ジーナは沈みゆく月を赤く腫れた両目に映しながら深いため息を吐いた。
いつもならこの時分になれば家路につき、家族と一緒に食事を摂り、弟を風呂に入れてやり、鎌を綺麗に磨き、好きな本を読んで日記を書いて……お祈りしてから眠りについていたはずだった。
……私の家族は今頃どうしているんだろう。当たり前だった日々がどれだけありがたかったか、今身に沁みてわかる。でも……
何よりもジーナの心を苛んでいたのは、ウィレムの安否だった。
あいつを最後に見たときの、あの必死で作った笑い顔がずっと両目に焼き付いて消えない。……あの敵の数じゃ逆立ちしたって無事に逃げられはしなかったはずだ。……それでも、あいつが「必ず合流する」と言ったんだ。……必ずあいつを……助け出すから。
不意に顔を下に向けると、ジーナの両目から拭い取ったはずの海水がこぼれ落ちた。ジーナは口に出さないながらも、心にケツイを抱き、帰還しようとゆっくりと立ち上がろうとすると……
「もし、ここで何をしておるのだね」
不思議な風体をした誰かがジーナに話しかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます