ジーナ復活

 ……あれから十日の時が経った。ドクターが最高の治療をしてくれたおかげで、無事二本の足で地を歩けるようになった。液体のような食事ばかりだったがそれも今日で終わりだ。


 ジーナは目を覚ましてベッドから起き上がると、足に巻かれていた包帯を一気に解いた。火傷の跡は微かに残ってはいるが、よく目を凝らしてやって見えるほどに目立たない。


「ふっ……」


 よろっ……


「わっ」


 試しに片足を勢いよく振り上げてみる。やはり長期間体を動かさずにいたせいか、すぐにバランスを崩して倒れ込んでしまった。……今すぐにでもあいつを助けにいけると思ったのに、とジーナは心底悔しそうに床を力の限り殴った。


「……だめカ」

「そりゃあ無理もない話ですよ。で、痛みはあります?」

「ぜんぜん痛くなイ。ドクターのおかげ」

 

 カシミヤは尻餅をついたジーナを長い尻尾で持ち上げ、ベッドに腰掛けさせると、懐から透明な箱を取り出した。


「ほら、これで最後の薬です」


 ジーナがその箱から薬を取り出し、一瞬だけ苦い顔をするなり、口の中に放り込んだのを見届けると、カシミヤはにっこりと笑い、治療は終わりです、とつぶやいた。


「ドクター、あなたに本当に感謝しまス」

「いえいえ。それが役目みたいなものですから」


 ジーナは今まで保留になっていた、「自分たちがどういった経緯でこの場所にたどり着いたのか」という質問に答えるか答えるまいかと悩んだ末、ようやくこの怪しい集団を信じることにしたのか、今までの事を説明しようと口を開こうとすると、カシミヤはすっと手を伸ばし、それを制止した。


「あぁ、マルティス王子から色々と聞きましたよ。……サイアクな目にあっていたようですね」

「なんだ……王子が言ったんだナ」


 バタン!


「ドクター! 大変だ! 王子が!」


 カシミヤとジーナの会話を扉とともに蹴り破ったのは、件のジャンヌだった。肩でゼェゼェと息をしながら、一緒に来るように頼み込むかのように、まるで犬のように扉の外と内を行ったり来たりしている。


「……行きますか」


 かくしてマルティスの部屋に入ってみると、マルティスはベッドに横になったまま、何か恐ろしい夢でも見ているのか、眠ったまま激しくうなっていた。全身が獣人のようになったせいか、汗をかく代わりに薄桃色の舌をハフハフと必死に動かしている姿が痛々しい。


「これは……恐らく彼の体内に潜んだ邪念の残りカスと、彼のタマシイが戦っているのでしょう。……あと一週間も放置してれば勝手に治るでしょうが……流石にこのままにしておくのは忍びないですね。残された時間も少ないし」


 そう言い残すと、カシミヤはどこかへ走っていってしまった。その場に残されたジャンヌとジーナは、ひたすらに無言を貫いていた。……それも非常に気まずい沈黙である。


「君、ジーナと言ったか」

「それガ何カ?」


 ……会話は以上である。それほどに二人を隔てる壁は分厚く大きかった。


「あなたハ……何者?」

「話せば長くなることだ……それに、我々は魔界帝国の王室に仕える身。……素性はマルティス王子に許されるまでは語ることは出来ない」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、ジーナが口を開くが、全く望んだ答えを得られなかったことに苛立ったのか、すぐにまた会話が止んでしまった。


「……そうだ。君には本当に悪いことをしたな。色々と耳を疑うことばかりで苛立っていてな」

「イライラしてたからわたしを力いっぱい蹴り飛ばしたんですカ? 悪いことをしたと思ってるのニ、ゴメンの一言も無いんですネ」

「……いや、本当に悪かった。邪教徒どもを見ると頭より先に手足が動いてしまうものでな……」

「ねえ! そのジャキョウト? ってなんなんですカ!?」


 その勢いに面食らったのか、ジャンヌは少しだけたじろいだが、すぐに落ち着きを取り戻したようだ。


「邪教徒……そうか、この事は公にはされていなかったから知らないのも無理もない。……いいだろう、今回の事件にも関わることだ。話してやる」


 ジャンヌが床にどかっと座り込んだのに合わせ、ジーナもたどたどしくも座り込んだ。床に。ジャンヌはあぐら、ジーナは膝を揃えて畳む、いわゆる正座だ。


「そんな格好じゃ辛かろう。崩してもいいぞ?」

「わたし……足見せるのすごい嫌イ。この格好じゃ足が見えル……」

「あ~、そうか。そういえばそうだったな。死神族は」


 ジーナは深い恥と嫌悪の色をその顔に浮かべながら、そわそわとして落ち着かない。死神族は男女問わず自分の足……特に素肌を人に晒すことをひどく嫌う。なぜなのかはジャンヌの知る所ではなく、ただ「そういうものだ」と知識として知っているだけだった。

 とはいえ、さすがのジャンヌも、足の怪我を直したばかりの人間に正座をさせ続けるのはまずかろう、と纏っていたマントをそっとジーナの足元に広げてやると、その一連の動作を黙って見つめていたジーナも、少しだけ警戒心が解けたようで、マント越しに足がもぞもぞと動いたのが見えた。


「でだ。まずは君が知りたがっているであろう邪教徒……ひいては邪教について話そう。」

「……これはいまかr


 ドタン!


「大変! 薬が切らしちゃってました! ジャンヌさん! ……あれ?」


 ジャンヌの言葉は、突然彼女を襲った強烈な衝撃と、慌てふためいたドクターの声にかき消された。扉の目の前に座っていたジャンヌは、突然の不意打ちに受け身を取ることも出来ず、吹き飛ばされて頭を壁にぶつけ、そのまま動かなくなった。


「あらら。……扉の前に立つなって何百回言えばわかるんでしょうねこの人。……ジーナさん。唐突で悪いんですが」


 カシミヤは涼しい顔をしながら長い尻尾でジャンヌを適当に押しのけてジーナの方を澄んだ瞳で見つめた。


「実はですね、マルティス王子の薬を切らしてしまいまして」

「ハァ」

「ちょうどリハビリにもなりますし、材料を採ってきてくれますか?」

「材料……どこヘ?」


 ジーナは怪訝な顔をしてそう返すと、ドクターはこう答えた。「カレキの森へ」、と。


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