史上最悪のイタズラ

「それデ、何するんダ?」


 狭い路地を何度も通りながら先を行くマルティスにジーナが尋ねても、ただ今にわかると壊れたからくりのように繰り返すばかりで、一体なんのためにこんな遠くまで歩かされているのか二人は要領を得なかった。


「ここに隠しておいたんだ」


 ようやくマルティスがその足を止めたのは、四方を家屋に囲まれた小さな空き地だった。ずいぶんとガラクタで溢れている。どうやらこの王子以外でここに来るようなもの好きはこれまで現れなかったようだ。マルティスはガラクタの山を漁った末、小さな箱を取り出して叫んだ。


「あったぞ」

「なんダ? これ……」


 その小さな箱が開くと、さらに小さな四角い何かが現れた。一面だけが白く光る青い水晶のようなものに見える。


「こいつはな、『録画石』というアイテムだ。魔力が通っている間にこの白い面が接している方向を動く絵として記録できるのさ!」

「まるで魔法のようなアイテムですね」

「だろう? なにせ父上の宝物庫から借りてきたアイテムだからな!」

「エ……」


この皇子の何気ない言葉で、三人しかいない場が凍りついた。


「うわァ……マルティス皇子、一線を越えましたね……」

「今までで一番エグいナ」


 ウィレムは頭を抱え、ジーナはもみあげを縛っている金色の髪飾りを指で弾いている。ウィレムが帰るかと問うと、少女は頷き、「ツキアイキレネ」と言い残してその場を立ち去ろうとした。


「これから暇かィ? エレンの奴が昼飯にうなぎのパイを焼いてくれるらしいんだ」

「おおマジか! 行く行ク! エレンのパイ大好き!」

「そんなら、もう二人分増やして貰わねェとな。お前はめちゃくちゃ食うしな」

「おいおいおいおい! ちょ、待てよ!」


 勝手に帰ろうとする二人を前にマルティスが立ちふさがった。


「まだ話は終わってないぞ!」

「いや、流石に付き合いきれませんって」

「王子はうなぎパイ食べたくないのカ?」

「待てって! 最後まで話を聞いてくれって!」


 さっきとは打って変わり、マルティスはずいぶんと真剣な表情を浮かべている。その剣幕に押され、ウィレムとジーナはその足を止めた。


「一体何をしようってんですか? 王子なら知っているでしょう、魔王様の宝は門外不出だって。これがバレたら俺もジーナも首と胴が泣き別れどころか、一族郎党みんな粛清の憂き目に遭うんですよ」

「そ……それはわかってる! でも禁を破ってでもやらなきゃいけないことがあるんだ!」

「まぁ……いいんじゃないカ? きくだけきいてみても」


 ジーナの言葉でウィレムは気が変わったのか、マルティスに話すように促した。


「……もうすぐ、建国千年を祝す儀式が始まる。それには俺も参加するわけだが……最近、丞相の動きが怪しい気がするんだ」


 丞相とは魔王に次ぐ地位を持った役職だ。それこそ魔王に代わって政治や軍事の決済を下すこともある。魔王の持つ権限は絶大だ。だからこそ、丞相は魔王の縁者から選ばれるのが通例であり、当代の宰相は魔王の実兄から選ばれた。だというのに……


「丞相がもしかしたら何かを企んでいるんじゃないか、と王子は疑っておられる。そうですか?」

「そういうことだ」

「……では、なぜ俺達みたいな子供に任せる前に、お父上にそれを伝えないのです?」


 ウィレムがそう尋ねると、マルティスはとたんに苦々しい顔をした。今まで見せていた自信に溢れた、力強い面持ちはもはやそこには無い。


「ここだけの話なんだが……父上はここしばらくずっと病に伏しておられて、直接会ってお話することもままならない。手紙を書こうにも途中で全て丞相の手が入っているみたいでな、俺の言うことが耳に届いておられないようだ」

「なるほド、だから王子の知り合いで一番強イわたし達に任せようってことだナ」

「その通りだ。丞相、父上、そして俺。この三人が集まるのはお父様の年齢を考えればこれが最後だ。だから全てが手遅れになる前に……あの男の悪事を暴かなければならない! この通りだ! 協力してくれ!」


「……」 「……」


 ウィレムとジーナはしばしの間見つめ合い、頭を深々と下げているマルティスの肩を叩いた。


「……分かりました。今回はただのいたずらじゃないことはね」


 そう言ってやると、マルティスはまた嬉しそうに笑い、狭い空き地を飛び出した。


「よし! 来てくれ! 作戦はもう決めてあるんだ!」


 ◆


 時分は既に九時。魔王城での儀礼は十時半より始まり、正午に終わる予定だ。三人は魔王城へと通じる長い大通りを歩いていた。そこから見る山上の魔王城に満月が重なり、なんとも言えぬ美しさをたたえている。


「……やはり何かおかしい」

「やっぱり、おまえも気づいたカ」

「……」


 三人は、パンデモニウムの街の異様な状況に気づいていた。去年の初めの頃は走るどころか歩くことすら難しいほどの人だかりが出来ていたのに、今日この日は人がほとんどいない。たまにいるかと思えば、路上で寝ている連中ばかりだ。


「朝からずっと、何か気のせいだと思っていましたが……王子の言った通り何かとんでもないことが起こっている気がしますね」

「……この人の少なさだけじゃない。小さい子供が突然消えるってことが何度も起きてる。それなのに下手人は誰なのか全く捜査が進まない」

「なんカ……すごい空気が重くて、イヤな感じ……」


 よそ見をしていたせいか、ジーナがつまずいて転んでしまった。背負っていた鎌が外れてガシャン!と重たい金属音が鳴り響く。


「キぇ……スイマセン……」


 思い切り地に着いてしまった手を痛そうに広げながら立ち上がり、つまずいてしまった男に謝ろうとする。

 が、失敗した。みすぼらしい風体をした男は、自分の足に誰かがつまずいたことなど気にもとめていない。それどころか、鎌が立てた大きな音をしても、その男を目覚めさせることはかなわなかった。うつろな目で口をぽかん、と開けたままだ。


「ジーナ! ほっておけ!」

「う、ウン!」

「ジーナ、さっき言ってたのはつまりどういうことだ?」


 二人の列に戻ってきたジーナに、マルティスが問いかける。先程言っていた、「空気が重くて嫌な感じ」というのはどういうことか、それが気になって仕方ない様子だ。


 ジーナはう――んと唸った末、ようやく言葉を見つけて口を開いた。


「なんかコウ、悪い幽霊が近くにずっといるような感じなのに、近くにいないようナ感じ?」

「悪い幽霊がいたらすぐにお前は気づくはずだ。それなのに、どこにいるかも分からないってことか?」

「ウン、それがよく分からなくテ、怖イ……」


 ジーナはまるで外敵を警戒する小動物のようにキョロキョロと周囲を見回して止まらない。そんな少女をなだめながら、城門広場への長い道を渡り終えた。


「よぉし、着いたな」

「まさか正門から入るわけにはいきますまい、どうするんです?」


 ウィレムがそう問うと、マルティスはこっちだ、とだけ言って城をぐるりと回る。鉄のブロックがいくつも折り重なったような壁のうち、ひとつだけサビに覆われていないものが見える。マルティスはそこをぐっと足で押すと、その鉄レンガは重い音を立てて奥の方に押し込まれてしまった。


「ほら、この穴の中だよ」

「……王子……あなたって人は」

「今更だロ? 今度は何があるカ、楽しみだナ!」


 鉄レンガの隙間にジーナがマルティスを追うように入ると、ウィレムも焦って入っていった。その周囲には誰一人目撃者も守衛もいない。こんなバカげたことを、社稷を背負う一国の王子がやってのけるなどと誰が考えられるか? マルティスはそんな大人たちの先入観の穴を突いたのだった。


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