第八話 送信しちゃいます?

 結局、奈津子が御朱印帳を買い、最初のページに直筆の御朱印を書いてもらった。

 雪子は御朱印の札を買うと、折り目が付かないように奈津子のご朱印帳に挟んでもらい、持ち帰る。


 厳島神社を観光し、思う存分に写真を撮った雪子と奈津子は、陽が沈んでようやくホテルに戻る。


「千畳敷の間が見られなかったのは残念だねー?」

「そうね。あそこを知るのが少し遅かったわ。閉館時間になっちゃうなんて、失敗ね」

「ぐぬぬ。明日は朝に宮島を出るんだよね?」

「だから、千畳敷の間はまた今度ね?」

「やったー! また今度来ようね?」

「その時は、亜希子か波瑠子を犠牲にするわ」

「菜津子、何か言った?」

「いいえ、何も言っていません」


 ホテルに戻った二人は、まずバイキングの時間を確認する。

 満室なためか、夕食のバイキングを利用できる時間が各フロアで分割で決まっていた。

 雪子と奈津子がバイキングを利用できる時間帯は、19時から21時までの間のようだ。


「助かったわね。お昼が遅かったから、まだあんまりお腹が空いていないのよね」

「えー。わたしはお腹が空いたよ?」

「なら、お茶請おちゃうけのもみじ饅頭でも食べていなさいな」

「お茶をれるね?」


 雪子と奈津子の二人部屋は、和室だった。

 畳の上に机を出し、お茶を淹れて、おもてなし用のもみじ饅頭を手に取る雪子。


「先にお風呂に行こうか? 歩き回って、少し汗もかいたし」

「賛成!」


 客間にはユニットバスがある。しかし、ホテル内は大浴場も完備していた。

 押入れを開けると、バスタオルやバスローブまで備えられている。

 雪子と奈津子はそれを手に取ると、大浴場へ向かった。






「温泉……じゃなかったね?」

「当たり前よ。そもそも、温泉じゃなくて最初から大浴場って書かれてあったじゃない」

「でも、わたし的には大浴場といえば温泉のイメージだよ?」

「それは、地元の近くに南郷温泉なんごうおんせん西郷温泉さいごうおんせんがあったり、大分県に行くと温泉ばかりだからでしょ? 向こうの常識は、こちらの常識ではないのよ?」

「そうだね。思い込みは怖いっ」


 サウナ付きの、広い大浴場だった。

 それでも、温泉に浸り慣れている雪子や奈津子には少し物足りない。

 とはいえ、身も心もサッパリとした二人は、バイキングの時間まで部屋でのんびりと過ごす。


「雪子。今のうちに亜希子と波瑠子に連絡しておいたら?」

「そうしよう!」


 奈津子はまだ湿り気のある髪を乾かそうと、ドライヤーに手を伸ばす。

 ドライヤーの乾いた音が響く中、パシャリ、とカメラの音が微かに奈津子の耳に届いた。


「雪子?」

「ふっふっふっ。奈津子のお色気写真をお兄ちゃんに送ってあげよう」

「こらっ、雪子!」


 髪を乾かす大人の女性の後ろ姿。なんともなまめかしい奈津子の写真をゲットした雪子が、スマホを操作しようとした。それを、奈津子が慌てて阻止しようとする。


「雪子、その写真を消しなさいっ」

「いやいやんっ。もったいないよー?」

「もったいなくないっ。こらっ! あっ!」


 雪子の手からスマホを奪おうとする奈津子。しかし、雪子は奈津子の妨害を掻い潜り、写真を送信してしまう!

 プルル、とすぐに雪子のスマホが鳴った。

 スピーカー通話で応答する雪子。


『ぶははははっ。奈津子のお色気写真ゲットだぜ!』


 そして、スピーカー越しに届く亜希子の声。


「ドッキリ大成功〜」


 雪子も笑う。


「あんたねぇ……」

「さすがのわたしでも、お兄ちゃんに奈津子の写真は送らないよ?」

『なになに? この写真を冬兄に送ればいいの?』

「亜希子、そんなことをしたら帰ったらどうなるかわかっているでしょうね?」

『奈津子お姉ちゃんこわーい』

「お姉ちゃん言うなっ」


 と三人で会話をしていると、今度は奈津子のスマホが鳴る。

 菜津子もスピーカー通話で応答する。


『やったー。なっちゃんのエロ写真ゲットだぜー』


 そして響く、波瑠子の声。


「亜希子、あんた波瑠子に写真を送ったわね?」

『冬兄には送らないけど、波瑠子は言われてなかったからね?』

『あれ? 冬兄に送っちゃいけなかったの!? あららー』

「ま、まさか波瑠子!?」

『嘘ウソ。冗談だよー』


 やれやれ、と脱力する菜津子。


「あんたたちは、もう……」

『ぶははははっ。雪子と奈津子は旅行をエンジョイしているみたいね?』

『今、どこに泊まっているのー?』

「あのね。今は宮島のホテルだよ!」

『えっ、なんで宮島よ?』

『出雲大社に行くんじゃなかったのー?』

「それがね。奈津子の素敵な提案で今日は厳島神社、明日が出雲大社になったんだよ!」

『でも、厳島神社の大鳥居って、今は工事中じゃなかったっけ?』

『亜希子、それって本当? つまり……!』

「『『レアだねー!!』』」


 雪子、亜希子、波瑠子の重なった声に、奈津子が笑う。


「貴女たちはアホね!」

『あたしらがアホなら、幼馴染の菜津子もアホよ?』

『アホなっちゃーん』

「アホアホ言うなっ」


 盛り上がる幼馴染み四人。


『それで、雪子。ジムニーの長距離運転はどうだった?』

『厳島神社で御朱印はちゃんと貰ったー?』

「ジムニーはね、楽しいよ! 長距離運転でも全然疲れないの」

『さすがは農家の娘』

「亜希子、なんか言った?」

『何度も言ってやろうじゃないの。農家の娘は体力が有り余っているわよね!』

「でしょ?」

『いや、そこで肯定こうていするんかーいっ』

「あははははっ。それでね、御朱印もちゃんと貰ったよ?」


 そして、一日のことを話す雪子。

 奈津子は自分の髪を乾かし終えると、今度は会話に夢中な雪子の髪も解いていく。

 そうしていると、あっという間にバイキングの時間となった。


「雪子、そろそろ時間よ?」

「亜希子、波瑠子、それじゃあまた後でね?」

『おうよっ。バイキングの話も聞かせてね?』

『雪子、負けるなー!』

「おーっ!」


 と、通話を終了させる雪子。


「雪子、あんたは何と戦うつもりよ?」

「それはもちろん、トラウマとだよ?」

「そうだったわね」


 さて。今晩、雪子はバイキングのトラウマを克服こくふくすることができるのか……






「普通だった!」

「普通すぎたわね」


 夕食のバイキングから客室に戻ってきて開口一番。

 雪子はお茶を淹れながら感想を口にする。


「まさに、ザ・食べ放題! のバイキングだったね?」

「でもそのおかげで、好きなものを好きなだけ食べられたでしょ?」

「うんうん。満足でした」


 特に特徴のないバイキング形式の夕食だったおかげか、雪子は無事にトラウマを克服することができた。

 しかし、欲を言えばもう少し「観光旅行の夕食」を味わいたかったとも思う奈津子。


「でも、本当はお部屋で懐石料理かいせきりょうりのフルコースとかが良かったね?」

「あんたはブルジョワか! ……いや、本物のブルジョワだったわね」

「わたしは普通の農家の娘よ?」

「はいはい。雪子はね? でも、そうね。私も思ったところだったわ。旅行に来たら、やっぱり豪華な食事も良いわよね? そう考えると、部屋で懐石料理はさすがに無理だけど、外に出て食べ歩きでも良かったかもね?」

「奈津子!」

「はい、却下っ! もうお腹いっぱいだし、意外と疲れているからね?」

「むうむう、仕方がない」


 少し残念そうな雪子。


「私たちって、まだ旅慣れしていないわよね? ホテルの取り方だって、夕食の選択の仕方だって、上手くいかないわね。でも、それが楽しいんじゃない?」

「うん。そうだね。最初から完璧だったら、きっと旅行とかすぐに飽きちゃうよね? 今回の失敗を次に上手く活かして、もっと素敵な思い出にしたいと思うから、次も行きたくなるんだよね? 奈津子!」

「却下! というか、亜希子と波瑠子もいるんだから、次はあの二人を誘って旅行に行ってきなさいな」

「でもそうすると、わたしたちの面倒を見てくれる頼れるお姉ちゃんがいなくて、大変なことになるよ?」

「そんなの、私の手には負えないわよっ。ってか、お姉ちゃん言うな」


 笑う雪子と奈津子。


「さあ。それじゃあ、早めに寝るわよ? 明日も長距離運転が待っているんだからね?」

「そうだ。菜津子も運転しない? ほら、ここから出雲大社まではほとんど高速道路だし?」

「そうね。雪子にばかり運転させているのは悪いし、高速道路中心ならマニュアル車に慣れていない私でも大丈夫よね」

「それじゃあ、わたしがナビ役ね?」

「いや、方向音痴の雪子にナビをさせたら、何故か伊勢神宮に着きそうだから却下」

「菜津子、ひどくない!?」

「あははっ。ゴメンごめん。冗談よ」

「そうだよ? さすがのわたしでも、伊勢神宮には辿り着けないよ? きっと、大阪あたりで迷子になっちゃう」

「いやいや、その時点で既に出雲大社から大きく逸れているからね?」

「確かに!」


 机を片付けて、布団を敷く。


「ねえ、布団を並べて寝ようよ? 修学旅行みたいじゃない?」

「あんたは中学生かっ」

「修学旅行、良いよねー。よし、今度は四人で旅行して、学生気分で夜更よふかししようね?」

「はいはい。また今度ね?」


 布団を敷き終わると、二人はすぐに潜り込む。

 そして電気を消すと、程なくして寝ついた。






 翌朝。

 ごそり、と雪子が動き出す気配に、奈津子は目を覚ます。


「ゴメン、目が覚めちゃった?」

「ううん、気にしないで。今何時?」

「五時だよ?」

「……は?」


 いくらなんでも、朝が早すぎよ。と布団に潜り直す奈津子。


「うん。奈津子は寝ててね。わたしは朝の散策をしてきます」

「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」

「はーい。行ってきます」


 雪子は朝から元気に部屋を飛び出す。

 そして軽い足取りでホテルを出ると、先日何度も往復した表参道へと足を向ける。


「おー! すごい。誰もいなーい」


 シャッターの閉まった商店街。

 人気が全くないからだろうか。昨日は全く意識に入ってこなかった頭上の電線が、なぜかよく視界に入る。

 雪子はスマホを取り出すと、静かな商店街の街並みをレンズに収めていく。


 次に、商店街を抜けて海辺へと出る雪子。

 内海の見渡せる通りは、店々がシャッターを下ろしていても観光地然とした雰囲気ふんいきかもし出していた。


「わっ。お尻がハートの鹿だ。可愛すぎ!」


 親子で浜辺を散策する鹿を撮る。

 子鹿の尻部が白いハート型になっていた。

 他にも道端で寛ぐ鹿や、雪子を恐れることなくのんびりと歩く鹿がいる。


「やっぱり、人の多い時間帯よりも朝とかだと鹿がいっぱいいるんだねー」


 鹿と一緒に、厳島神社の方角へ歩いていく雪子。

 しかし残念ながら、朝が早すぎて拝観の時間にはなっていなかった。

 雪子は仕方なく、厳島神社の周囲を見て回る。


「この階段を上がっていくと、千畳敷の間が見れるんだよね。でも、残念でした。まだ時間が早すぎるのだよ」


 と、一緒に散歩する鹿に話しかける雪子。

 次に、ロープウェイ乗り場に行く。


「こっちも時間外。もっとゆっくり観光できていたら、山の上まで行ってみたかったな? 前にテレビで、この山の上にすっごく見晴らしのいい展望台があるって出ていたんだよね。よし、次来た時には行ってみようね?」


 うんうん、と頷く鹿。


「次は、向こうだー!」


 厳島神社を迂回するように進むとお寺があり、その先には松の美しい公園のような広場に出る。


「おはようございます」

「おは、え? おはよ……え? ええっ!?」


 地元の女性が、二匹の犬を連れて散歩をしていた。

 雪子がいつものように気兼ねなく挨拶を送り、女性も気さくに返答しようとして。

 雪子が当たり前のように鹿を連れて歩いている姿に目を丸くする。


「あははっ。なんか懐かれちゃって?」

「そういう人を初めてみましたよ?」

「そうなんですか!?」


 雪子と女性が会話を交わしてい間、鹿は大人しく雪子のそばにたたずんでいた。

 女性の連れた二匹の犬が、困惑したように尻尾をまたはさんでいた。


「それじゃあ、ごきげんよう」


 と女性と別れ、松の広場を散策しながら歩く雪子。

 鹿も着いてくる。

 幾つかの小さなおやしろに手を合わせ、先端まで歩いて引き返す。

 そして今度は、厳島神社の背後にあるお寺へと向けて進む。


「少し紅葉が出ていね? 綺麗だなー」


 アーチ型の橋の周りには、赤や黄色に染まり始めた紅葉が数多く見て取れる。雪子は何枚も写真を撮っていく。

 そして階段を登ると、重塔のあるお寺にたどり着いた。


「宮島といえば厳島神社とその大鳥居だけど、お寺もすごいね! びっくり! 絶対に菜津子も知らないはずだよっ」


 もちろん、お寺でも何枚も写真を撮る。


「ああっ、このお地蔵さん可愛い!」


 足もとに並ぶ小さな地蔵様。はちの上に置かれたお地蔵様。どれもが可愛らしい表情で、しかも帽子を被っていたり服を着ていたりと、乙女心をくすぐる。

 雪子は無限にシャッターを押していく。


「そろそろ、厳島神社に入れる時間かな? 帰る前にもう一度だけ見ておこう!」


 そして最後に、拝観時間になった厳島神社に向かう雪子。

 しかし、雪子は自覚していない。この後、自分が早朝のテロを起こした犯人になろうとは。






 朝七時過ぎ。

 宮崎県の実家。それに菜津子と亜希子と波瑠子の携帯が、着信音を延々と鳴り響かせた。


「なによ!?」


 飛び起きた菜津子がスマホを確認すると、何十枚もの写真が雪子から送信され続けていた。

 慌てて雪子に電話する菜津子。


『もしもし? 菜津子、写真届いた?』

「あんたねぇ……。写真をたくさん送りたいなら、アルバム機能を使いなさいよ? そうしないと、一枚一枚写真が送られてきて、スマホの着信が鳴り止まないわよ?」

「ええっ、そんな機能があったんだ?」


 どうやら、雪子はお気に入りの写真を関係者に一枚ずつ送信していたらしい。

 雪子の早朝テロに、各地で悲鳴を上げる者が続出したという話は、旅行から帰った後の笑い話になった。

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サイでしょ!  ジムニー×ゆきんこ×御朱印帳 寺原るるる @yzf

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