第四話 追加しちゃいます?
ジムニーは、国道218号線を快調に走る。
雪子は細かくギアを変速させながら、連続したカーブを曲がり、坂道の
「
「おーけー」
「ETCはセットしてる?」
「うん。菜津子に借りたカードで、バンバンと高速を走るよ!」
「良いわよ。私は楽をしている分、お金は出そうじゃないの」
「流石は税理士事務所務め! 太っ腹だね」
「雪子はまだクレジットカードは作ってないの?」
「うん。だって、まだ社会人半年目だよ? わたしと同じ新社会人なのに、簡単に審査が通る菜津子がおかしいんだよ。やっぱり、持つべきものは国家資格だね! 給料もガッポリ」
「いやいや、雪子だって申請すればすぐに作れるわよ。あんたのバックボーンは巨大なんだから、信用なんて楽勝よ。それに、給料は確かに今は私の方が多いかもしれないけど、数年であんたが軽く追い抜くでしょ?」
「えー。絶対に無理だよ。だって、わたしは平社員だよ?」
「はいはい。今はね?」
二人が会話を交わしていると、ジムニーの背後からバイクの集団が迫ってきた。
走行車線を
「雪子、バイクに道を譲ってあげて」
「はーい」
ウィンカーを出し、路肩に寄せて減速するジムニーの横を、バイクが通り過ぎていく。
左手を上げ、お礼を示して過ぎていくライダーたち。
「あの人たち、マナーが良いね」
「そうね。悪いライダーは背後から
「さすが、現役ライダー菜津子。そういえば、今年はもうチームで走らないの?」
「うーん。年末までにあと一回は走り納めツーリングに行くと思うけど、爺さんたち次第じゃないかしら?」
菜津子は、バイク屋が主催するツーリングチームに所属していた。
「私、
「あはははっ。年末年始の飲み会とか、ツーリング以外には何人か女性が来るんだよね?」
「そうだけどさ。でも、やっぱり女同士で走りたいじゃない?」
「そういう時こそ、亜希子だね?」
「亜希子もバイクに乗っているけど、あの子は110CCのくまモンクロスカブだからね」
「菜津子のバイクは?」
「600CC」
「ジムニーとほぼ一緒だね!」
「言われてみると、そうね?」
大型バイクの免許を取得した菜津子は、最初はもっと大きなバイクを買おうとしていた。そこへ助言をくれたのが、バイク屋の主人だった。
「あのな、姉ちゃん。デカいバイクは格好良いし必ず
バイク屋のアドバイス通りにバイクを選んだ菜津子は、今のバイクに満足していた。
「そういえば、雪子もバイクの免許を持っているじゃない? バイクは買わないの?」
「うっ……。たしかに大型まで持っているけどね? でも……」
「ふふふ。
「そうだよ。お兄ちゃんが『雪子。農家はな、いろんな重機や乗り物を運転する必要があるから、たくさんの免許が必要なんだ』ってわたしを騙して、取らせたんだよ。でも、バイクはまだ買う余裕ないよ。お祖父ちゃんのカブにこっそり乗るだけで精一杯。だって、薄給だもん」
雪子はバイクの免許以外にも、大型特殊や牽引など、様々な免許や資格を兄の冬彦に騙されて取得していた。
これは、東郷家の伝統だった。
冬彦は父に騙されてさまざまな免許を取らされ、父もまた、祖父に騙されて多くの免許や資格を持っている。
そして雪子もまた、東郷家の伝統に従って、余計な資格や免許を取得されられていた。
ジムニーは快調に走り、山都中島西ICから九州中央道に乗って高速道路を北へ進む。
加速こそ鈍いジムニーだが、アクセルを踏み込めばターボが軽快に回り出して、力強く加速していく。
軽自動車とは思えない吸気音や排気音が、運転手の気分を
「今更だけどさ」
菜津子の声掛けに、気分良く車内カラオケを
「なになに?」
「雪子はジムニーの運転を確かめるために下道を走っていたわけじゃない? でも、なんで北九州方面に真っ直ぐ進める東九州自動車道じゃなくて、熊本側に走ったのかしら?」
二人の住む地域から本州を目指すのであれば、実は東九州自動車道を利用した方が楽で早い。それにも関わらず、なぜ雪子は山道を通って九州中央道に乗ったのか。
「ふっふっふっ。ここで、突然の問題です。わたしは今、いったいどこに向かっているでしょうか?」
「は? いきなりクイズ!?」
質問したはずなのに、なぜかクイズになってしまった。こめかみを押さえる菜津子だったが、それでも真剣に考える。
「ヒントは?」
「東九州自動車道をそのまま北に進んで北九州まで行っちゃうと、行き過ぎになるよ」
「うーん。別のヒント」
「そうだねー。運転していると、甘い物が食べたくなったりしない?」
「はい、わかった!」
「ええええっ、もうわかっちゃったの!? なんで? 早すぎだよっ」
プンスカと頬を膨らませて、菜津子の鋭さに抗議を入れる雪子。
でも、まだ正解だと決まったわけではない。そう心を切り替えて、雪子は菜津子に答えを促した。
「雪子は単純娘だからね。先月、私が福岡に出張に行ったお土産は美味しかったでしょう?」
「うっ……」
「あれ、並ばないと買えないんだよね」
「うううっ……」
「あんた、すごく気に入って、十個をペロリと食べ切ったわよね? そして、また食べたいって瞳を
菜津子の言葉に動揺した雪子の視線が泳ぐ。雪子の視線を追うようにジムニーも走行車線内をフラフラと走った。
「こらこら、真っ直ぐ前を見て走りなさい。ってことで、答えは」
「ドキドキ」
「博多に売っている、ベルギーワッフルを買いに行くつもりね?」
「ガーン。簡単に当てられちゃったよー」
「まったくもう。あんたは単純すぎるのよ。でも、雪子の考えに私も賛成するわ。美味しいものを食べながらのドライブって、最高だものね」
「うんうん、最高なんだよ!」
菜津子に同意を貰えたことで、雪子の気分は更に上がっていく。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、ハンドルを握る。
「それにしても、雪子は面倒くさがらないわよね?」
「ん?」
「いや、だってね。出雲までの長距離運転中に、遠回りしてまで目的地を追加したりしないわよ?」
「そうなのかな?」
「そうよ。私なら、遠回りするぐらいなら次の機会にって思っちゃうもの」
「農家の娘だからかな?」
「いや、意味わからないから」
雪子の不思議思考に、菜津子は笑う。
「ああ、そうだった。寄り道して買い物するって話で思い出したわ。今日のホテルを予約しなきゃね」
と、奈津子はスマホを触りだす。
「そうだったね。まだ、宿泊ホテルが決まっていなかったんだった!」
「雪子が急に出雲に行くなんて言いだすからよ?」
「うっ。ごめんなさい」
口笛を吹く素振りで視線を逸らす雪子の姿に、反省の色はない。
菜津子は、雪子の唇を軽く摘むと、スマホでホテルを探し始めた。
「ねえ、雪子」
「なになに?」
「悲しいお知らせと、残念なお知らせ、どっちが聞きたい?」
「ねえ、それってどっちも聞きたくないんだけど!?」
普通は、良い話と悪い話の二択じゃないの? と困惑する雪子に、奈津子は「現実は厳しいのよ」と首を横に振って応えた。
「ううう……。それじゃあ、悲しいお知らせを聞く。本当は聞きたくないけど」
「はい、かしこまりました。では、発表します」
「ドキドキ」
「悲しいお知らせです。本日、出雲周辺にホテルの空室はありませんでした」
「ガァァァーン!」
本気でショックを受ける雪子を、笑いながら支える菜津子。
「だって、仕方がないわよ。神無月の週末だもの。みんな、出雲大社に行きたいわよ」
「そうだよね……。みんな、御朱印欲しいよね」
「いや、御朱印だけが旅の目的じゃないと思うわよ?」
観光。参拝。御朱印巡り。何にせよ、出雲は今、全国から神様だけでなく人々も集まってきている。すると、近場のホテルはあっという間に埋まってしまうのは仕方のないことだった。
「困ったね? このままじゃ、車中泊になっちゃうよ? あっ。車中泊もしたいね!」
「今日は却下! 雪子、言っておくけど、いきなりの車中泊だけはゴメンだからね? そもそも、そういう装備を持ってないでしょう?」
「うん、今度揃えておくね?」
「あんたって子は……」
どうやら、車中泊イベントは確定してしまったらしい。
菜津子はこめかみを抑えながら、スマホの検索に戻った。
ジムニーは、中央道を抜けて嘉島JCTに入り、福岡方面へ進む。
「あー。雪子」
「なになに?」
「この際だからさ、もうひとつ目的地を追加しない?」
「何の食べ物を買うの?」
「食べ物屋さんじゃなーい!」
ワッフルから思考を切り替えなさい、と怒る菜津子。
「んんっとさ。ホテルを検索していて思ったんだけど。別に、出雲周辺に宿泊しなきゃいけないって理由はないじゃない?」
「そうだね。泊まれるなら、離れていても良いもんね。今のわたしとジムニーなら、どこまででも走っていけるよ」
「良いね、雪子。そんなわけでさ」
にやり、と助手席で笑みを浮かべた菜津子の表情に、雪子は気付かなかった。
「今日は、宮島に泊まろう! 厳島神社にも行かない?」
「なんだってー!」
驚く雪子。
「ねえねえ、菜津子。知ってる? 今月は神無月で、神様は……」
「そう。出雲に旅行中よね? でも、考えてみて。広島と島根なんて、隣じゃない。だったら、ご利益のお
「そうかなー?」
「そうよ。それに、わざわざ遠出してきたんだから、近場の有名どころは観光したいじゃない?」
「言われてみると?」
「ってわけで、宮島決定ね?」
「はーい。目的地変更! 高速道路を走行中だから、進路は変わらないけど! でも、ホテルは?」
「ふふふ。それを調べていて提案したのよ。それでは、雪子。ここで二択問題です」
「おおっと、今度は菜津子の問題だね?」
「本日のホテルは、どちらが良いでしょうか。ひとつ。宮島には渡らないホテルだけど、夕食はクルージング。二つ目。宮島内のホテル。ただし、夕食はバイキング」
「むむむ。クルージングは魅力的だよね。でも、せっかく宮島に行くのに、宮島に泊まらないっていうのは味気ないかな? それに引き換え、宮島に泊まれるホテルは、サービスが普通なんだよね? しかも、バイキングかー」
「雪子はバイキング苦手よね?」
「うん。小さい頃にね、家族で旅行に行った先のホテルが、バイキングだったの」
その日のホテルは、満室だった。そうなると、夕食時のバイキングは非常に混み合う。
ホテルの誘導も悪く、人でごった返す食堂は、食べたい物は品切れ、店員を呼んでもこない、という最悪な状態だったという。
雪子はそれ以来、バイキング形式の食事をトラウマとしていた。
「うーん。悩むなー」
どちらが良いだろう、とハンドルを握りながらしばらく考え込む雪子。
奈津子は、雪子の判断を静かに待つ。
「宮島に泊まるか、クルージングか……。よし、決めたよ」
「ほうほう?」
「ここは、意を決して宮島のホテルにする!」
「あらまあ。雪子がバイキングを選ぶなんて、意外だわ? 理由を聞いても良いかしら?」
「うん。バイキングさえ我慢すれば、宮島に泊まったって亜希子や波瑠子に自慢できるじゃん!」
「あははははっ。なるほどね」
たしかに、夕食以外は「宮島宿泊」というプレミア感で満たされる。
雪子の判断に納得した奈津子は、さっそく宮島内のホテルに予約を入れた。
「雪子、良かったわね。私たちで満室だって。ギリギリセーフ」
「うっ……。満室のバイキング……」
「大丈夫、私が付いててあげるから」
「ありがとう、頼りになる菜津子お姉ちゃん!」
「お姉ちゃん言うな!」
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