第46話 願い事!?

 ツリーの前はガヤガヤ騒がしい。電気に引き寄せられる虫みたいに俺たちの足も自然と赴く。


 人だかりの中心に見えるのはカラフルな帽子を被った人間。その後ろには巨大な袋が置かれている。トナカイの作り物を引き連れており立派な髭を蓄えた老人の格好をした人が1名。


「押さないでー。みんなの分もちゃんとあるから」


 少なくとも老人とは思えない声で子供を中心に接している。一応、全人類に優しい老人であるというサンタのイメージを守っているつもりなのだろう。時折「フォッフォッ」と声が漏れている。とはいえ基本的な話し言葉は女子高生のもので見た目とは明らかにギャップがある。こんな可愛いサンタは発祥の北欧でもいねえよ。


「はいはーい! ツリー点灯の前にこちらの短冊に願い事を書いて吊るしてねー!」


 手作りだろうか。特製の短冊を多くの人に渡すサンタと目が一瞬合った。目線が合ったのは僅か数秒のはずなのにロックオンされた。


「お! そこの初々しいカップルもこっちに来なよ!」

「別にカップルじゃないですよ」

「そうかい? 私から見たら結構お似合いだと思うんだけどね」

「……そうですか」


 俺は気にしないけどノアさんがどう思うか。もしも彼女の機嫌が悪くなったらサンタは存在しないってそこにいる子供達にバラしますよ? 


「何してるんです?」

「見てわからないかい? ツリー点灯の前にみんなに短冊を配ってるんだよ」

「短冊? なんでクリスマスに短冊なんか配ってるんですか?」


 俺の知ってる限りクリスマスに短冊は聞いたことがない。笹に短冊を吊るすのは七夕の時だよな。


「おや、知らないのかい? クリスマスにも短冊を吊るす文化はあるんだよ?」

「え、そうなの!?」


 マジかよ、なんか意外。


「日本だと短冊は吊るさないんですか?」

「うーん。そうだな。俺の知る限り、聞いたことない。小さい時からクリスマスパーティーはしてたけど、一回もやったことないし」

「そうなんですね」

「ノアさんは知ってた?」

「はい。パ、わたしの父はこういったイベントは好きなので」

「へえ。文化の違いなんだな」


 世界的な大企業の社長さんにもなると家族に割ける時間は限られてるだろうに凄いな。当然、俺には子供がいないけどこんなにも可愛い子が娘なら頑張るかもな。それだけの価値はある! 


「はい。可愛いお2人さん」


 女子高生サンタから俺とノアさんそれぞれに短冊が差し出され、受け取る。筆記用具の類は近くの机に置かれているからそこで書けってことか。


(あっ……)


 この人どこかで見たことあると思ったら生徒会長じゃないか? 全校集会で冷静にスピーチしてる印象があるけどこの特徴的な声は間違いない。会長自らこんな大変な仕事を引き受けるなんて人望があるんだかないんだかよくわかんねえな。


「生徒会長も大変です──」

「ん? 生徒会長とか何かな? わたしは生まれも育ちも遥か遠くの北欧で今日初めて日本に来た生粋のサンタなんだが」

「夢は壊さないんですね」

「サンタはみんなの心にあるからね」


 いつか知ることになるかもしれないけど。何も今日じゃなくでいいか。


 会長サンタはコホンと小さく咳払いをして


「2人も何か叶えたい願い事があるなら書いてツリーに吊るすといい。ここだけの話、願い事が叶う可能性は脅威の90%なんじゃ」


 嘘丸出しじゃねえか。どっから9割の自信が湧いてきたんだよ。


「フォッフォッフォッフォッ」


 不気味な笑いをしながら会長サンタは別の子供達の方に行ってしまった。お菓子を配るのに忙しいみたいだな。


(願い事かぁ……)


 これといってないのが自分でも悲しくなる。小さい時は大金持ちになりたい、有名人になりたい、スポーツ選手になりたいとか思ってたな。けど、年齢を重ねるたびに現実が見えてきて勝手に幻滅していくんだよな。


「願い事ですか……」

「急に言われても難しいよな。ノアさんはあったりするの?」

「そうですね。今はひとつだけあります」


 机に置かれたペンを手に取り何やら短冊に書き始めたノアさん。一体彼女が何を書いたのかマジで知りたい。けど、近くまで行ってどれどれと覗き込むことができるはずもなく、俺も適当な願い事を短冊に書いて適当な場所に吊るしておいた。


「おや、2人とも終わったみたいだね」

「もう配り終わったんですか?」

「いやいや。君たちにプレゼントを渡すのを忘れていたからね」

「俺たちプレゼントを貰うような年齢じゃないと思いますけど」

「フォッフォッ。まあまあ、そう言わずに受け取ってくれたまえ」


 ノアさんにラッピングが施された小さな包みを渡した。この日のために一個一個手作業で準備していたんだと思うと目頭が熱くなる。


「ありがとうございます」

「フォッフォッ。どういたしまして。ツリー点灯までもうすぐだから楽しみにしておくれ」


(あれ? 俺にはないの?)


 ま、まあ別に。貰えなくても悲しくないし。俺、大人だし……正直欲しいです。


「君にはこれをあげよう」


 ノアさんに見えないようにこっそりと耳打ちしながら会長サンタが俺に何かを渡してくる。


「どこの鍵ですか?」

「屋上の鍵さ」

「なんで持ってるんです!? 校則で屋上に行くのは禁止されてたはずなんですけど」

「校則とは破るためにあるんじゃよ?」

「会長のあなたがそれを言ったら学校崩壊ですよ」

「とにかく、あの子と屋上に行ってツリーの点灯を見なさい」


 そうさせたい意図がわからない。


「告白には絶好な場所じゃないか?」

「こ、告白!?」

「後で返してくれればいいから。覚悟を決めろ少年!」


 バシンと背中を叩かれた。鍵をすぐ返してやろうかと思ったけど逃げ足が早すぎる。どうすんだよ。いや、どうもこうもない。覚悟を決めて誘うしかないだろ!


「あの……ノアさん」

「夜闇くん?」

「ちょっと、いいかな」

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