第41話 告白!?
演劇は順調に進んでいった。1人の少女が道に迷って彷徨う中、怪しげな城に辿り着くところから物語は始まる。彼女を迎え入れたのは容姿の良い優しげな父と少年。しかし彼らの正体は訪れた人を襲う吸血鬼であった。少年の父は自分たちの城に訪れた少女を食べようとする。一方、城を案内する中の会話がきっかけで距離が近くなった少年は父の命令に反して彼女を城から脱出させるために尽力する。やがて少年は持てる力を振り絞り、父を気絶させることに成功する。しかし、力を使いすぎた反動により自身の正体が吸血鬼であることが彼女に知られそうになる。自我を保てる状態のうちに少年は少女の前から姿を消すよう頼み、少女は急いで城から出るとあれだけ大きかったはずの建物の正体は荒廃した城であったことが判明する。少女は無事に生き延びて終わる。俺は脚本でそう書いたはずだ。
そして今の場面はクライマックスが近い場面。少女に姿がバレる前に早く行くよう説得した後、俺は舞台袖に行くはずなのだが。目の前でスケッチブックが大きく左右に揺れ、自然と目がいく。俺の視線の先には黒須がスケッチブックを掲げ、そこに「ここで少年が少女に告白!」と書いてある。どうやら俺に対してここで即興のアドリブをやれってことらしい。少年が少女に告白するシーンなんて俺は書いた覚えがないぞ!?
このシチュエーションに関して俺は知らない。
(どういうこと!?)
俺が脚本に書いてないはずのストーリーが勝手に進行している。
そりゃあ、確かにそんな雰囲気はあるかもしれない。けど、女子に告白なんて生まれて一度もしたことないんだから冷静になったところで無駄だ。頭で考えるより思いつきで言った方が上手くいくって誰かが言ってたような。
「えっと……」
言葉に詰まった俺を観客たちは心配な眼差しで見てるだろう。目の前に立つノアさんも微かに首を傾げている。おそらくこの状況を把握してるのは黒須だけだ。いきなり主役を引き受けるのも無茶振りだってのにそれ以上のことを急にするなっての! あとで問い詰めてやる。
「太一くん? どうかしましたか?」
観客に聞こえないギリギリの声でハッと意識が戻った。とにかく今は演劇の最中だ。すぐにそれらしいセリフを言わねえと大事故になる。ええっと、そうだな。なんで助けたか。そうだ。俺はどうしてノアさんを痴漢から助けたんだ? 別に俺じゃなくても誰かが彼女に気付けば助け出されてたに違いない。けど、俺は放っておかなかった。自分よりも遥かに強そうな奴だったけど、目の前の現実から目を逸らすようなことはしなかった。なんでだ? 相手が金持ちのお嬢さんだからか? 助けた後に英雄的な扱いをされるのが楽しみだったからか?
「太一は好きな人いないの?」
姉に言われたことを思い出す。後で感謝されることを期待してないとかなんだとか今まで考えてたけど、全部違ったんだ。
(ああ、そうか……俺の気持ちはハロウィンの日。バイト先のテレビで初めて見た時からずっと変わってないんだ)
「初めて見た時から君が好きだった」
「……!」
びっくりして目を瞠るノアさん。彼女が言葉を発する前に俺は続ける。
「だから俺は、君を助けたい。できることなら僕も君と一緒にここから逃げ出したいけど、僕にはそれができない。君と、君たちとは生きている世界が違うんだ。僕は誰かを好きになることがこれほどまで素晴らしいものだったなんて知らなかった。あと数分もすれば俺は醜い姿になって君を襲うだろう。だから早く逃げてほしい。俺が俺のままであるうちに。1番大好きな君を襲いたくないんだ」
演じている感覚はなかったし、一体自分は何を言ってるのか理解しないまま口が動いてた。役に呑まれたといった方が正しあのかもしれない。ノアさんを助けたことが報道されて以降、ここにいる自分があの日助けた人物だと伝えられてないのに嫌気がさしたのかもしれない。演劇の中でなら自分の思っていることが告げられると思った。
「あ、あたしも……同じ気持ちです」
俺の前で少女の演技をしているノアさんもまるで何かが乗り移ったかのようだった。俺に向かって腕を伸ばしたかと思うとギュッと抱きしめられる。
一体観客はどんな気持ちで俺たちの演技を見ているのだろう。目を開けてチラリと横を見ればそれで済むはずだけどできなかった。俺たちが舞台上で抱き合ったまま照明が消え、ゆっくりと幕が降りていく。
(やっべ……やっちまったな)
後悔したのも束の間──嵐のような拍手が飛んできた。大成功のようだ。
「ちょっと2人とも! もう劇は終わったんだから離れて! 離れて!」
ルウェナさんに指摘されるまで俺たちは彫刻のように抱き合ったまま硬直していた。互いの顔が真っ赤になったのはずっと抱き合っていたからだろう。
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