第39話 俺が主役!?

「来れないってなんで!?」

「それが、話すと長くなるんだけど」


 ノアさんの話によると事の発端は昨夜に遡る。文化祭初日の前日だというのにあのカチカチ騎士は晴れの舞台に立つノアさんのために栄養を蓄えておかなければと張り切った結果、食べ過ぎによりダウンしたらしい。


 バカかあいつは! ほんとに頭の使い方が極端なんだよな。そこまでする気持ちがわからないわけじゃないけどさ。限度ってもんを知らないのか。


「まじか……」

「ごめんなさい。わたしがルイスにちゃんと伝えておけばよかったのに」

「ノアさんが謝る必要はないよ」


 悪いのは全部あいつだからな。あとでこっぴどく叱ってもらうとしてだ。流石にこのタイミングでそれはヤバい。


「けど、どうすっかな……主役がいないんじゃ劇をやるどころじゃないよな」

「太一くん? どうかした?」

「小宮さん」


 深刻な顔をした俺を見た小宮さんが話しかけてきた。隠したところでいつかはバレるんだから話すことにしよう。


「実は、ルイスのやつが今日来れなくなったみたいなんだよ」

「え? えーーー!?」


 想像の十倍くらいのリアクションで反応した。教室にいた全員が「なんだ?」「どうした?」「何かあったのかな?」と口を揃えながら俺たちの方を見てる。恐る恐る黒須が小宮さんに訊ねた。


「なんかあったのか!?」

「みんな大変! ルイスくんが来れないって!」


 しばしの沈黙。みんなの脳内が一時的な思考停止したかと思えば


「えーーーーーー!?」

「それ本当!?」

「ルイスくん来れないの!?」

「おい、やべぇな、主役どうするよ?」

「そんなのここにいる誰かに代役を頼むしかないだろ」

「無理よ! みんな自分の台詞を覚えるのでいっぱいいっぱいでしょ?」

「んなこと言ったって主役がいないんじゃ演劇ができないだろ! 誰がルイスの代わりができほうな適任者はいないのかよ」


 慌てふためく教室。主役の適任者か。あいつが言うべきだったセリフを完璧に覚えてて、それなりに容姿が良くて衣装が似合う男子なんて俺のクラスにはいないよな。


 黒須が近づいてきて、俺に耳打ちする。


「なあ夜闇、聞いてもいいか?」

「ん?」

「脚本書いた夜闇ならルイスが言うはずだったセリフは全部覚えてたりするのか?」

「多分、大丈夫だと思う」

「話の流れはわかるよな?」

「そりゃあ、書いたのは俺だからな」

「なるほど……」


 なにがなるほどなのか。その理由を聞こうと思った矢先、黒須が俺の手を握りしめる。


「頼む夜闇! 来れなくなったルイスの代わりに主役をやってくれ!」


 黒須がバカでかい声で俺に頼み事なんかするからみんなの視線が一気に集まる。


(お、俺が!? 無理! ムリ! むり!)


 首を高速で横に振って拒否する姿勢を示すものの、黒須の説得は続いた。


「夜闇以外の男子に主役はできねぇって! 自信持てよ! カッコいいんだから!」

「そんなこと言われたって予行はおろか演技なんか脇役中の脇役しかしてないって! 流石に俺にはハードルが高すぎる」

「そう言われても夜闇以外に主役をこなせるほどの適任者はいないんだよ! 頼む! この通りだ!」


 深々と頭を下げる黒須。やめてくれ。そんなことしなくていいから! 俺が悪いみたいになるじゃん。


「けど、そんなに難しい台詞はなかったと思うから他の人に頼んだ方が……」

「開始までもう時間がないんだよ! わかるだろ?」


 今から覚えたところで、本番になったらグダグダになる可能性の方が高いってことか。この際、俺がやるしかないのか。なんで今日に限って休むんだよルイスのやつは! 無性に腹が立ってきた。この怒りをどこに向けたらいいんだよ俺は!


「わかった。やるよ」 

「よっしゃ! そうと決まれば、衣装担当! こっちに来てくれ!」


 観念して受け入れると劇の衣装を担当していた手芸部の方々が俺の元に駆け寄ってきた。


「んじゃ、頼んだぜ。できるだけ急いでくれよ!」

「もちろん! まっかせて! すぐに終わらせるからね!」


 手を振って俺から離れていく黒須。話した事のない人と一緒にしないでほしい。借りてきた猫みたいに何も


「さあ、夜闇くん。時間がないから急いでやるよ! 覚悟してね」


 ギラギラ目を光らせながら裁縫道具を手にする女子たち。逃げようとしたところで逃げ道など教室にはない。俺は観念して彼女たちに身を捧げることにした。

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