第20話 あれ? 俺の服は!?
顔に出ないよう頬を叩いて気を引き締める。あの日とほとんど変わらないシチュエーションだからな。確かに気付かれてもおかしくない。違うとすればケーキを持ってないってだけだ。けど、もしかしたら違う質問だった可能性もある。ハロウィンの日にどんな仮装しますか? 的な。
「なんだ、早かったな。少し休憩してから連絡入れようと思ったのに」
俺がそう言うとルイスは、ふん! と鼻で笑った。出会ってからまだ日は浅いけど、何回も見てるからそんなにムカつかない。いよいよやばいかもな。
「私を甘く見るな。お嬢の行き先はいかなる時でも──」
「おーーーーーーい!」
ルイスが自慢げにボディーガードの心得らしきものを述べている最中、今まで買い物を楽しんでいたに違いない小宮さんが走ってきた。あそこからだいぶ距離があったと思うのに息一つ切らしてないなんて余程の体力オバケだな。
「太一くんどうしたのその顔! 一体あたしたちが雑貨屋さんで夢中になっている間に何があったの!?」
「まあ、簡単な話をすると……不良に絡まれた結果こうなった」
「絡まれたって……殴られたの!? それもう事件じゃん! こういう場合どうしたらいいのかな……ええっと、そうだ! 警察に連絡した方がいいんじゃないの!?」
「しなくていい。大事にしたくないからさ」
「でも……」
頼んだと銀髪の番犬に目線を送る。仕方ないなと言わんばかりの顔で話し始めた。
「連中の身柄に関しては私が話を通しておきます。どこの誰に手を出そうとしたのか彼らは身をもって知ることになるでしょうね。ふふっ、楽しみです」
「目立つようなことにするなよ?」
表沙汰になったら面倒ごとになるからな。せっかく逃げてきたのがパーだ。
「決して表に出ないように最善を尽くそう。君が望めば連中を社会から抹消することもできるのだが」
「いや、しなくていいから!」
(おー、こっわっ! 権力ってすげー)
金さえあればなんでもできるってのは間違いじゃないのかもな。知りたくないことを知っちまったかも。
「しかし、君も無理をする。1発も殴り返さないで立っているなんて殴られ屋か? それとも人に殴られることに快感を感じる持ち主なのか?」
「どっちでもねえよ。殴ったらあいつらと同じってだけさ」
本当は殴る勇気がなかっただけってことは隠しておく。こっちの方がかっこよくね? 安心しろ、手出しはせん! みたいな。小ちゃい時、祖父と見た時代劇であった気がする。
「すまなかった。またしても私がいながらお嬢から目を離し、挙句の果てには面倒事に巻き込んでしまって」
「別に……殴られるのには抵抗ねえよ」
きっと数日後の俺も1発もらってるさ。
「……ごめんなさい。わたしが早くあの場から離れていればこんなことには」
「ノアさんも気にしなくていいって。とにかく、全員無事ならオッケーだろ?」
都会って怖いよな。世界から見て相当平和な日本でも人が多い分、こんな事件に巻き込まれる可能性が高いんだから。
「よくわかんないけど、一件落着ってこと? じゃあ、みんなでカラオケでも行ってパーっと全部忘れちゃおう!」
「カラ……オケ?」
「なんですかそれは?」
「カラオケはカラオケだけど……ノアちゃんもルイスくんも知らないの!?」
「ルイス……知ってる?」
「いえ、聞いたことがありません」
そりゃ金待ちはわざわざ行かないだろうな。
「なんて言ったらいいのかな。うーん、なんだろうね?」
「ジュースを飲みながら好きな歌を歌える場所でいいんじゃない?」
「楽しそう」
「お嬢、行ってみますか」
「決まり! それじゃあ、行こー!」
○
「ただいまー」
流石に疲れた。まさかあの後4時間もカラオケに付き合わされるなんてな。ほとんど小宮さんのソロリサイタル。不思議と俺以外のみんな上手いんだよな。
聞くに耐えないならどころかむしろ金を払ってでもいいくらいのレベル。素人目線でもわかるくらいの腕前だった。ノアさんもルイスも歌詞がわかんねえ洋楽を流暢にペラペラ歌うし、なんなの? 美人やイケメンで歌唱力があるって勝ち目ねえじゃん。
「おっかえりー。遅かったね……って、どうしたのその顔!?」
うわ。姉ちゃんにも言われるくらい酷いのか俺の顔。まだ鏡とかで見てないんだよな。腫れてんのは間違いないよな。
「別に。野良猫と戦ってただけ」
「おかあさーん! 太一が野良猫と戦って負けたってー!」
「ちょっと待てぇ!」
誰も負けたって言ってないだろ! ていうか負けねぇよ! 野良のニャンコに負けるほど弱くねぇよ!
「太一が勝てるはずないでしょー?」
失礼な。家族は俺をなんだと思ってんだ。俺だって本気を出せば野良猫くらいに勝てるってんだ。人間様を舐めんなよ!
ソファーに腰を下ろそうとしたところで俺が座ることを察したのか、アザラシのようにゴロゴロしていた姉が俺の分のスペースをとってくれた。どうしたんだ? 珍しい。いつもなら「あんたは床でいいでしょ? ここは私のゾーンだから」なんて言ってくるのに。
「その顔……だれかと喧嘩でもしたの? いくら野良猫と戦ってもそんな風にはならないでしょ?」
「ノーコメント。黙秘権を行使する」
「ふーん、やっぱりね。あとで湿布貼ってあげるね」
「そりゃどうも」
たまには優しいじゃん。明日季節外れの雪が降るかもな。
「で、どうだったの?」
「何が?」
「勝った? 負けた?」
スマホを置いてキラキラした目で俺をじっと見つめてくる。なんでちょっと嬉しそうなんだよ。弟が喧嘩したのがそんなに喜ばしいことなのか? 姉ちゃんの気持ちが全然わからねぇ。わかりたくもないけど。
あいつとの勝負は俺の勝ちでいいんだよな。うん。そうしよう。
「勝ったよ。俺の圧勝」
眠くなってきた。夕飯は……いいや。お腹空いてないし
「やるね! けど、ほどほどにしてよ? 警察のお世話になるようなことはしないでね」
「へいへい。先に寝るわ。夕飯はいらないって言っといて」
「はーい。ねぇ太一! 今度詳しく話を聞かせてねー!」
「気が向いたらな」
○
よろよろと亡者のように歩いて部屋に入る。
「ふーっ」
散らかった毛布を手に取り、転がり込むようにベッドへ横になる。すぐに寝れそう。
なんとも充実した休日だった。4人での買い物は色々あったけど楽しかったな。俺の服も選んでもらえたし……あとは当日を待つだけだ。今日みたいに楽しくなるといいな、林間学習。
(ん?)
なにか、重大なことを忘れてるような。いや、気のせいだよな。服だって選んで買った……し……。
(あれ? 俺の服は!?)
ガバッと身を起こして辺りを見渡す。買い物に行ったはいいけど、俺は何も買ってない。ただいろんな店を楽しんで、不良に絡まれて、カラオケに行ってきただけだ。
小宮さぁぁぁぁぁぁん! 俺の服を選んでくれるんじゃなかったのかよぉぉぉぉぉぉ!
やっぱりタイムマシンが俺には必要なのかもしれない。
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