第19話 この感じ、既視感がある!?

「ま、まて! 冗談に決まってるだろ? そんなムキになるなよ!」


 ただならぬ剣幕で近寄ってくる番犬にチャラ男たちのリーダーは完全にびびってる様子だ。その証拠に目を合わせたままじりじりと後退している奴の身体がブルブル震えている。なんとも情けない姿に見えるが、俺だってあんな顔した奴が近づいてきたらちびるな、絶対。


(だからって同情するつもりなんてない。あの脅しが冗談だって? ふざけんな。んなことが通用するほど優しい社会じゃないんだよ!)


「な、なんなんだ。なんなんだよお前ら!」


 目の前から迫り来るボディーガードと背後にいる俺を交互に見ながら叫んだ。


「言ったろ? ただの高校一年生だよ」

「ただのボディーガードだ」


 俺たちは何も嘘なんか言ってない。あいつはただの高校生じゃないだろうけどさ。ただのボディーガードってパワーワードはなんなんだよ。


 それからは一瞬だった。抵抗する気力すらなく、もはや勝ち目などないと悟ったのだろう。リーダーは観念して、地べたに座らされた。


「もういい。俺の負けだ。殴るなら好きにしろ!」


 口ではそう言うものの、目つきは俺たちを睨んだままだ。殴ったところで改心するような奴じゃないってことは俺でもわかる。


「言ったろ。俺はお前を殴らねえよ」

「けっ! カッコつけやがって」

「その代わりに一回、立ってもらっていいか?」

「あ? んだよ、だるいな。立ちゃいいのか?」


 やれやれとめんどくさそうに立ち上がるリーダー。


 ムカつくから1発だけ。


「ちぇすとぉぉぉぉぉー!」

「あ"あ"あ"ぁぁぁぁぁぁ!」


 金的に向かって渾身の蹴りを繰り出す。相手もまさか俺が攻撃してくるだなんて予想しているはずもなく、見事に直撃した。


「が……ぎ……お、お前……」


 蹴られた箇所を押さえてうずくまる。下から舐め上げるようにして俺を見上げる視線は狂気に染まっていた。


「俺を殴った分はこれで勘弁してやる。感謝しとけよ」


 俺は殴らないとは言った。けど、何も攻撃しないとまでは言ってないからな。日本語のいいところだ。


「テメェ……ぶっ殺して……や……る!」


 俺の全力攻撃をまともに受けたというのにまだまだやる気のようだ。俺が繰り出した不意打ちは確実に効いている。


 身体を支える足はおぼつかないし、心なしが声も震えている。チャラ男魂恐るべしだな。その負けず嫌いの気持ちだけは見習いたい。


 こいつの扱いをどうしたもんかと


 遠くの方から警察官がこっちにくるのが見えた。どっかの誰かが通報したに違いない。ていうか10人も道端にぶっ倒れてたら俺だって警察を呼ぶ。


(やばい、流石に騒ぎすぎたか! 急いでここから離れねえと)


 このまま動かなかったら間違いなく警察署に連れてかれて面倒ごとになる。俺たちに非はないとはいえ、事情聴取は避けられないだろう。せっかくの休日が警察署で過ごすなんてそんな悲しいことはしたくないからな。


(どうすっかな……)


 今から全力で逃げればなんとか撒けるかもしれない。見たところ向かってくるのは1人しかいないから、なおさら簡単かもしれない。


「ノアさん走るよ! ルイスもとにかく逃げてくれ!」

「えっ!?」


 まだ戸惑っているノアさんの手を掴んで俺は無我夢中に駆け出す。ナイスタイミングと言わんばかりに信号がちょうど変わった。


 これなら余裕だ。ちょうど昼時ということもあって人もかなり多いからな。遠くから確認しただけだと思うし、俺たちの姿はそこまで見えてはないはず。


 真っ直ぐ進んで曲がって曲がって曲がった先にある公園にひとまず駆け込んだ。


 てっきり置いてきてしまったと思ったルイスたちも俺たちの後を追ってこれたようで一安心。


「ここまで来れば……とりあえず……安心だと……思う」


 切れる息を整えながら彼女を安心させるために言葉をかける。正直、バレたかもしれない。痴漢犯から守った後、全く同じ攻撃方法なんだからな。けど、しょうがないだろ? 俺は人を殴れるほどの筋力を持ってないんだから。人を殴った代償に作用反作用の法則で拳の骨が折れちまうかもな。


「この感じ。それにこの手の感触」

「ん?」


 ノアさんがなにやら小さく呟き、彼女の目線がマジマジと俺の手を見つめている。そういえばあの日もこんな感じだったな。すっげえ既視感。痴漢犯から助けた後、手をとって向かった先が公園だったっけ。


「ねぇ、夜闇くん。聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「へ? 俺に?」


 まあ、休憩がてらいいか。会話を切り出すのは苦手だからその方が俺としても助かる。


「あの……わたしの勘違いかもしれないけど……もしかして、ハロウィンの日に──」

「お嬢ー! 無事ですか!」


 ノアさんの質問はルイスの声が重なってよく聞き取れなかった。また聞けばいいか。


「おー! 2人とも無事だぞ」

「君には聞いていない!」


(んだよ。せっかく投げ出してやったってのに。ここで感謝したら可愛げがあるのにさ)


「ごめんノアさん。えっと、俺に聞きたいことって何かな?」

「……ううん。なんでもないの」

「そ、そう」


 いつも見る透き通った彼女の目。俺にはどうも何か隠し事をしている風に見えた。気のせいかもしれないけどさ。


 ていうか今、ハロウィンの日って言わなかったか!?



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