第5話 店長壊れる
面倒なことになったなと思いながら登校する。学校全体に昨日の事件は知れ渡っていた。
「今朝のニュース見たか?」
「ああ、昨日のハロウィン事件だろ?」
「あー、見た見たー。よくわかんないけど、助けられた人が世界的に偉い人の娘さんだったんでしょー?」
「そうそう。んで、助けた奴が誰だかわかんないんだってさ」
「この学校にもいるんじゃね? わりと利用する電車だろ?」
「確かにねー。けど、そんな度胸のある人なんていると思う?」
「いるわけねえだろ。そんな度胸を持ってる高校生なんてさ」
これらは俺が教室に着くまでに聞いたものだ。
噂している連中もまさか俺がその助けた奴だなんて思ってもないだろう。
高校生だってやる時はやるもんだ。ソースは俺。一人のデータだから参考にはならないと思うがな。
とにかく、自分から言わなければ公になることもない。面倒事には巻き込まれたものの、人の噂も七十五日という言葉があるように時間が経てば自然消滅していくもんだ。
なんてことを考えてたらいつの間にか放課後となる。
俺はいつも授業が終わり次第、バイト先へ行く。部活動に所属してないからな。友人と駄弁ってるのもいいけど、時間が惜しい。それならさっさとバイト先にいって稼いだ方がいい。ちなみに雪野は部活に入っているため、本人の気分次第で手伝っている。まあ、青春真っ只中の年代だから文句を言うつもりはない。
彼女と比べて俺の青春は紅葉を通り越してもはや枯れ始めているからな。
自分で考えて悲しくなりながらも向かう先はもちろん、あの店長がいるケーキ屋だ。
「こんちゃー」
客に対してのマニュアルは手厚いが、従業員の挨拶についてはガバガバ。まあ、俺含めて三人しかいないからガチガチに固めたってやりづらいってのが本音なんだろうけどさ。
(あれ?)
返事がない。いつもなら、「ういー」だの「はにゃー」とか「よーきたな少年」といった声が聞こえてくるのだが。それに店の電気が消えている。もしやと思った俺は入口へと戻った。
(あー、やっぱり)
表にあった看板は準備中となっている。スマホで猫の画像を見ながら店に来たため、目に入らなかったのだ。
いつもなら開店している時間帯のはずなんだが。誰もいないのかと思い、奥の調理場まで向かった。
やはり電気は点いていない。
「ひいっ!」
思わず腰が抜けるところだった。電気を点けた調理場には廃人のように力尽きている女性が一名。口を開けて虚空を見つめている。心なしか口から魂が出ているのが見えるような気もする。
見た目はいつもの店長で間違いない。間違いないはずなのだが、明らかに様子がおかしい。精魂ここになし、って感じだ。
「…………」
俺の声に気がついたのか半ば死体となっていた店長がゆっくりと動き始めた。なんか怖いな。
突然、森で熊に遭遇した登山家のように俺は後ずさった。
「あ、太一。よく来たね。今日はいい天気だねー」
「店長?」
「太一。なんだかとっても眠たいんだ」
「店長!?」
明らかに普通じゃない。俺は後ずさりを止めて、ゆっくりと俺の方に近づいてきた店長を椅子に座らせ、肩を揺する。一体どうしたんだ。
「落ち着いてください店長。俺が来るまでに一体、何があったんですか!?」
まさか作る分の材料が届いてない? それとも強盗が来て金を盗まれたのか? あ、ひょっとして予約限定ケーキのオーダーが全部キャンセルされたとか? それとも…………
「実はね。あたしの店に」
「店? 店がどうかしたんですか?」
「全種類のケーキ百個の注文があったの」
「…………は?」
俺が店長の言葉を理解するのに数分のラグがあった。時差はないはずなのにだ。
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