第6話 俺のバイト先が大繁盛してるんだが
「これでも飲んでください」
俺は急いで近所のコンビニで栄養ドリンクを買ってきた。飲み過ぎるとあっという間に糖尿病になる話を聞いたことはあるが、今日くらいはいいだろう。そもそも店長は
「すまんね太一」
そう言って受け取った店長は勢いよく飲み始める。CMに出ている有名俳優が飲んで紹介してるよりも美味そうに見える。
「かぁー! うっまいなー!」
口からこぼれて喉に垂れる水滴。喉元の雫が胸元に落ちていくところで俺は慌てて目を逸らした。男子高校生には刺激が強いってことを自覚してんのかこの人は。
「ん? どうしたの? いきなり目線を逸らして」
「いや、別に。なんでもないです」
「なんか変なものでも……ははーん」
何かを察したようだ。この声はあれだ。間違いなく口角が上がってる。
「ひょっとしてエロいって思った? 高校生には刺激が強すぎましたかー? ほれほれ、もっと見てもいいんだよー?」
イラッときた。目が覚めた。完全に目が覚めた。ここにいるのはいつもの店長だ。数分前の自分をぶん殴ってやりたい。少しでも魅力的だと思った俺をな!
「ま、助けてくれたご褒美ってことで。あのままじゃ、一歩も動けなかったからね」
「けど、なんでそんなに注文が入ったんです? この店ってそんなに人気でしたっけ?」
ゴツン!
そう俺が言うや否や、店長から拳骨が飛んできた。まさか拳骨が飛んでくる予測などできるはずもなく、逃げる隙もない。もろに頭のいやなところに当たった。
「痛ってぇー!」
「失礼な! あたしの店が人気だってことなのよ」
それはそうかもしれませんけどね。
「全部で百個ならまだわかりますけど、全種類を百個ずつなんておかしな注文を受けたことが今まであります?」
「それは…………なかったと思うけど」
ほれみろ。俺もまだここに勤めて月日は浅いものの、そんなに大量の注文が入ったことなんて一度も聞いたことがないからな。明らかにおかしい。SNSでバズったのか?
けど、そんなに人気になったのなら間違いなく俺の耳にも入るはずだ。特に最近熱中している姉の話題になること間違いない。
「なら、奇跡ってことですかね?」
ゴンッ!
「痛ってぇー!」
「太一のくせに生意気ね」
どこのガキ大将だ。オレンジ色の服を着てから言って欲しいもんだ。
「それで、今日はどうするんです? 在庫ってまだあるんですか?」
「どうしよっか。臨時休業でもいいんだけど……せっかく太一も来ちゃったことだし」
それなら心配いりませんよ? 俺は全く気にしませんから。そう思って、何も言わずに帰ろうとした俺の肩が掴まれた。該当するのは一人しかいない。それ以外に掴まれたんなら怪奇現象だ。
「待った。こうなったら仕込みをやっていきなさい」
「仕込みって。俺、一回もやったことないんですよ?」
「まあ、そんなに難しいものじゃないから安心して。その内、ゆきのちゃんも返ってくるだろうからそうすればすぐに――なんか、外が騒がしいわね」
「え?」
言われてみれば確かに。なんだか外の方から声が聞こえてくる。そっか。表の看板が準備中になってるから待ってるお客さんが多いのか。
「ちょっと、見てきますね」
(嘘だろ)
店の外にはありえないくらいの長蛇の列ができていた。いつものお得意様じゃない。完全に新規ばかり。なんでこんなに並んでんだ?
急いで俺は店長の元に戻る。
「店長!」
「んー?」
「外にありえないくらいの客が来てますけど」
「うっそ!」
慌てて俺たちは入り口まで駆けて行く。やはり見間違いではない。どこまで列が出来てるんだろうか。
「太一君。あたしが何を言いたいかわかるよね?」
満面の笑み。優しさ百%のようなニッコリスマイルを向けられた。こんな顔を見ることなんて今年にはもうないだろうな。最初で最後に違いない。
(ああ……)
言わなくてもわかる。店長が笑顔で何を言いたいのかわかるなんて俺は将来メンタリストになれるのかもしれない。
(手伝えってこと…………ね)
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