第2話 2人で留守番

「結局、俺たちで留守番かよ」


 拳骨を食らった頭をキンキンに冷やしたタオルで可愛がりながら俺はぐったりしていた。このまま放っておけば体がスライム状になれるかもしれない。それにしてもなんで暇な時ってこんなに時間が遅く感じるんだろうな。テストの時なんか気がついたら時間になってるのに。


「若干、自業自得だけどお母さんもやりすぎ。ごめんね太一。痛かったでしょ。平気?」


 ついに店長と呼ばなくなった。まあ、当の本人はいないから別にいいのか。


「なんとかな。にしても痛ってえな」

「そうなんだよね。あたしも小さい時に悪いことしたらお母さんから拳骨くらってたなー。よく一日中泣いてたよ」


 今も小さいですけどとは言わないでおくことにした。母親直伝の拳骨を食らう訳にはいかない。学習してるな俺、偉い。


「苦労して育ったんだな」

「まあね。でも昔の話だよ? 最後に拳骨くらったのって多分小学生の時だと思う」


 俺には迷いもなくしたのに!? 


「お母さん、今頃人混みに紛れてるのかな」

「多分な。あんなところに行くやつの気が知れねぇ」

「そう言う太一もほんとは行きたかったりして」


 ギクリ。


 そんなことないと胸を張って言いたいが、実際のところ俺もあの群衆の中に紛れ込みたい。だって楽しそうだろ? あんなに騒いでキャッキャ、ウフフやってるなんて。外から見てるだけなんてたいしてつまらないからな。


合法的にあんな姿やこんな姿が間近で見れるんだからな。後で警察のお世話になるかもしれないけどさ。その時が楽しければよしって感じだ。


「べっつに、興味ないよ」


 俺はそっぽを向いた。


「ふーん、さっきテレビに映った可愛い子に一目惚れしたのに?」

「なんで分かった!」


 あ……。しまった。気がついた時にはもう遅かった。やはりと言いたげなジト目が飛んでくる。


「やっぱり。なんかぼんやり見ていると思った。あの子、とっても可愛かったもんね」

「ああ、ほんとにな」

「芸能人かな?」

「かもな」


 最近は俺と同年代、年下でも芸能界を脅かすほどの人気がある人達はいるからな。


「いいよな。あんなに美人だったら人生イージーモードだろ」

「イージー……モード?」


 俺の言葉に首を傾げる雪野。


 頭に?が浮かんでる。そういえばめちゃくちゃ英語に弱いって佐知子さんが言ってたような。


「中学生には難しかったか?」

「またそうやって馬鹿にして。今に見てなさい。直ぐに追い抜いてやるんだから!」


 むーっと小動物みたいに頬を膨らませた。


 成長期はもう終わったんじゃないのか? 少なくとも俺の身長に届くまでには人生をもう一度やり直さなきゃ無理だと思うけど。


 その後もギャーギャー言い合ってる間に時間だけが過ぎていく。とりあえずノルマの十個は売り上げたのだが、この時間帯は一時間に一組くればいい方だ。それに、変な酔っぱらいの客が来ても困るからな。


 閉店時間になり、後片付けをしている中、ベルが鳴る。


「すみません。今日はもう閉めちゃうんです」


 いつもの感じで退店を促す雪野。けど、入って来たのは客じゃなかった。


「はぁーい。みんなのアイドル店長が帰ってきましたよー!」

「店長……」


 今までどこをほっつき歩いてたんだか知らない店長が、ベロンベロンに泥酔して帰ってきた。


「おーう。たいちのぼーや。今日もクールでカッコいいねー! 雪野ちゃん! こいつを逃がしちゃ駄目よー! 大事な跡取り候補なんだからねー!」

「な、何言ってるの! もう、早く水飲んでベッドに行って! お風呂に入っちゃ駄目だからね」


 耳まで真っ赤に赤面した雪野が佐知子さんを無理やり奥の部屋に押し込んでいる。

 

 押しては引かれ、引かれては押して。均衡する綱引きのようにほとんど動いていない。流石にただ見ているのもなんだか気になるところがあり、


「手伝おうか?」


 と俺は声をかけた。


 俺はてっきり協力の要請が来ると思ったが、フリフリと首を横に振られた。


「ううん。太一はもう帰っていいよ。お母さんは、あたしがなんとかしておくから」

「いや、大変だろ?」

「そうよぉ、ゆきのちゃーん。せっかく太一君が手伝ってくれるって言ってんだからー。あ、そうだ。どうせなら三人で一緒にお風呂でも――」

 

 俺の目で追えないほどの手刀が繰り出され、佐知子さんの首にヒットした。

 

 プツリと糸が切れたように気を失った店長。


「て、店長?」


 反応がない。ただの気絶した大人のようだ。


「平気だから。今日はもう帰って」

「いや、やっぱり」

「いいから…………ね?」


 そう言って顔の近くで握りこぶしを作る雪野。顔は笑顔なのだが心は笑ってないことだけはわかる。いいからさっさと帰れよという内心の声が聞こえてくるようだ。


「そ、そう? じゃあ、お言葉に甘えて」

「気をつけてね。今日の電車は凄い混んでると思うから」


 嫌な予感しかしない。今度から雪野を怒らせるようなことは止めておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る