痴漢されている美少女を救った俺、仮装していたはずなのに正体がバレそうなんだが

@hatyoumiso

第1話 ケーキ屋「ゆきの」

「ありがとうございました。またお越しください」

「またくるねー」


 キャッキャ言いながら店を出て行く顔なじみの女子大学生たち。教えられたマニュアル通りにお辞儀して彼女達が退店するのを見届ける。外からガラス越しに手を振る彼女たちは俺が二、三回手を振ったところで満足したのだろう。笑いながらどこかへ行ってしまった。


 今日は10月31日。都会に人は多いと言うが、中でもさらに多くなる日だ。日本全国がハロウィンで浮かれている。そんな中で俺、夜闇よやみ太一たいちは渋谷のとある一角に位置しているケーキ屋で働いている。ようやくピークが過ぎ去り、暇な時間になった。


 それにしても今日はなぜかお客さんが多かったな。世の中の人はどんだけケーキを食うんだろ。大量注文した客は糖尿病になっちまえ。店員の立場で口には出せないから心の中で言っておこう。


 小さなケーキ屋だが、店長が言うにはハロウィンみたいなイベント日が絶好の稼ぎ時らしい。なんでも浮かれ気分で買って行く客が多いんだとかなんとか。データがあるのか知らないけど、店長が言うのならそうなのだろう。


 基本的に俺は調理をしないため、客が来なければ暇なのだ。余りにも退屈なのでテレビをつける。やはりテレビ局としてもこれほど取材が楽しそうなイベントはないのだろう。夕方の情報番組はどの局も渋谷を映している。


 街を練り歩く人々の格好は様々だ。お化けと一括りにするのは失礼だと思うので、簡単に紹介すると、化け物、ゾンビ、アニメ? のキャラ、などなど。傍から見る分には中々狂ってて面白い。日本人は真面目だと世界から見られているらしいけど、こんな姿を見たら驚くだろうな。


 普段、コスプレなんかに興味がない俺も今日ばかりは仮装している。コンセプトはドラキュラ。こんなひ弱そうなドラキュラなんているわけがないだろうけどさ。にしても動きにくいなこれ。特に羽織ってるマントが邪魔なんだよな。


 言っておくが、自分から進んで着たいなんて言ってないからな! これは店長の趣味だ。


「さっすが太一君。線が細いからこういう格好が一番似合うよねー」


 なんてことを言いながら俺にこの格好をさせた張本人は店の更衣室にいる。俺が働いているケーキ屋「ゆきの」店主の和泉いずみ佐知子さちこさん。元々親戚が商売していたケーキ屋なのだが、跡取りがおらず、彼女が受け継いだらしい。


 経営の才能があるのか、店内を新しく新装して以降、毎月黒字らしい。ここまで聞くと間違いなく天才なのだが、馬鹿と天才は紙一重という言葉があるように──


「ねえねえ、太一君! これなんかどうかな。めちゃんこセクシーじゃない?」


 シャーっと更衣室のカーテンが開いた。着ているのか脱いでいるのか分からない程の服をさっきから試着しているが、今度はナースときた。一体、何を目指しているのか。


 彼女はこういうはだけた服を着るのが好きらしい。本人いわく、捕まるギリギリを攻めているのが堪らないとのこと。きっと祖先は裸族を崇拝していた一族だったに違いない。


「似合ってますけど、それを来て外に出るのはやめておいた方がいいですよ」

「やっぱりそう思うー? じゃあ、これ着て歩こうかなー」

「あのー、佐知子さん?」

「やっぱりこれくらいの方が若く見えるわよねー。あ、そうだ。」

「聞いてます? いい加減にしとかないと、普通に捕まりますからね」

「あら、わたしのこと心配してくれるの? 見かけによらず優しいじゃない。このこのー」


 頬杖をついてぼんやりとテレビを眺めている俺の首にヘッドロックをかけると、頭をグシャグシャ撫でる。


 心配してる? そんなわけない。ただ俺は犯罪者の知り合いになるのが嫌ってだけだ。


 テレビ局の取材が来たら真っ先に情報提供してやる。まあ、俺の頬に当たる感触が良かったから、またの機会にしておこうかな。ああ、おっぱいさいこう。人類に栄光あれ。


「てんちょ~。お客さん来ないから今日はもう上がってもいいですか~?」


 俺が女性の感動している中、気の抜けた声が店の奥から聞こえてきた。調理机の奥で妖怪小僧のアンテナみたいにピョコピョコと髪の毛の先端が動いている。髪の毛が浮いてるわけじゃない。持ち主の身長が低いんだ。


 彼女は俺の一つ後輩の和泉雪野ゆきの。身長は俺の丁度半分ってところ。こんな見た目をしているが中学三年生であり、佐知子さんの一人娘だ。ケーキ屋の名前にしていることからわかるように溺愛している。


 彼女はこの店にとっての看板娘で日々の売り上げを担う広告塔。来店する男性客を虜にするのは勿論、一部の男子の間で絶大な人気を誇っている。きっとロリコン共が興奮しているに違いない。俺には当分、理解できないジャンルだ。


 しかし、本人にとってはかなりのコンプレックスらしい。買い出しに出かければ二分の一でおつかいを頼まれた小学生だと思われて褒められるし、俺と出かけた時には年の離れた兄弟だと思われる。からかっているのならまだしも相手からしたら全くの悪意がないから困ったものだ。


 いっそのこと頭の上からキョンシーみたいな札を貼っておけば良いと思う。「わたしは中学生です」って書いたものをさ。


「ん? どうかしたの太一?」


 なんて馬鹿なことを考えてたら彼女と目が合った。なんだか気まずくなり、明後日の方向に逸らす。


「別に、何でもない」

「ふーん。何か変なことでも考えてたんじゃないの?」


 勘が良いな。エスパーだ。ここに超能力者がいる。


「駄目よ、ゆきのちゃん。あたしだって仮装行列に行きたい気持ちを抑えて店を開けてるんだから。計算上、今日はあとケーキが10個売れるまで続けないとなの」

「その割には今の時点で随分、楽しんでますけどね」

「だってせっかくのハロウィンよ? 楽しまないと損でしょ! 今日は合法的な仮装ができるんだもの」


 その格好は流石に合法じゃないと思いますけどね。黒よりのグレーです。やれやれ。チャンネル回すか。


 局を変えて俺は息を呑んだ。めちゃくちゃ可愛い女の子が映ったからだ。腰までストレートに伸びた銀髪。年は俺と近そうだな。なんと表現したらいいか。例えるなら、地上に舞い降りた天使。うん、間違いない。


 気がつかない視聴者も多いだろうが、一度目につくと嫌でも視線が後を追うな。リポーターは何やってんだ! 俺だったら間違いなく、インタビューしに行くのに。


「じゃあ、あたし本気の衣装に着替えてくるからその間店番よろしくねん!」


 そう言って更衣室に入る佐知子さん。今までのは遊びだったのか。


「太一。おかあ……店長、反応してあげないとしつこいよ?」


 今、完全にお母さんって呼びかけたよな。まあ、そこは置いといて。


「本気の衣装もどうせ露出の多いやつに決まってるさ。そろそろ真面目になった方が良いと思うけどね」

「太一……」

「ていうかさ、佐知子さんはいい加減、自分の年を考えた方がいいと思うんだよ。もうアラフォーだし、いつまでも若いわけじゃないんだから、年齢に合った落ち着きを──」

「太一」

「ん?」

「後ろ」


 雪野に言われて振り向くまでもなかった。これでもかという殺気を背後に感じる。ゴクリと唾を飲み込み、恐る恐る振り返る。


「…………て、店長?」

「ふーん。たいちくん? 言ってくれるじゃない」


 パキパキと指を鳴らす店長。目が笑ってない。やばい。これはマジでやばい!


「いや、今のはですね。冗談ですよ? そんなこと思ってるわけないですって。とりあえず落ち着きましょ? 話せばわかります。話せばわかりますから」

「問答無用!」


 佐知子さんの背後に阿修羅像が見えたかと思うと俺の脳天に強烈な拳骨が降り下ろされた。


「いってぇぇぇぇぇぇ!」


 俺は彼女渾身の一撃を食らうことになったのだ。貴重な脳細胞が死んでないことを祈るしかない。心なしかテレビに映ってた美少女に笑われた気がする。

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